第四話「僕」

1年後…


ここ一年、俺は秋、冬、春、夏とずっと親に隠れて魔術を練習し続けた。

体は成長し、言葉も十分に話せている。(エリーシャも最近は良く喋る)


(今の俺なら中級魔法も出来るかもしれない)


だが、中級魔法の詠唱を俺は知らない。

物置部屋で中級魔法に関する本を見た事が今までにないからだ。

中級魔法がどの程度のものなのかを俺は全く知らないから、

無闇に試したら1年程前のあの事件をまた引き起こしてしまうかもしれない。

そう考えたら別に初級魔法のままでも良い。

着々と魔力総量は増えているんだ。

それに初級魔法さえ覚えていれば、大抵の事はできる。


「リアー!起きてるー?ご飯よー!」


アイリスが階段を登ってくる音が聞こえてきた。


「はーい。」


俺は返事をし、同じ部屋で眠っているエリーシャに呼びかけた。


「エリーシャ、おきてください」


「ねーむい!」


「朝ごはんのじかんですよ」


「…………」


「はぁ、」


俺はエリーシャを無視し、リビングに行った。


「エリーシャは?」


「よびかけても起きませんでした」


「分かったわ。教えてくれてありがとう。エリーシャを起こしに行ってくるわね」


アイリスはエリーシャを起こしに2階の子供の寝室へ向かった。


俺はそのまま椅子に座り、ご飯を食べ始めた。


「おはよう、リア!」


「おはようございます」


俺が朝ご飯を食べようとリビングへ行くとジェイルはいつも先に座っている。

ジェイルは朝ご飯を食べたら、すぐ仕事に行き、

昼頃にご飯を食べに一度、家に帰り、そしてまた、すぐに仕事に行って夕方に帰ってくる。


(以外と忙しそうなんだよな)


よし、食べるか。


「いただきます」


前世ヒキニートの美味しい食べ方解説ーーー!

まずパンをスープに浸し、食べます。

そして次はパンをスープに浸してからベーコンを乗せ、食べます。

最後にパンとベーコンとトウモロコシみたいなやつをスープに入れ、一気に口の中に放り込みます。

(うまーーい!!)

これを繰り返します。


毎日同じような朝ご飯なので、こうでもしないと食事は楽しめない。


(ていうか、エリーシャはまだ来ないのか?)


すると、アイリスがやっとエリーシャを抱っこし、戻ってきた。

アイリスはエリーシャを椅子に座らせ、自分の席に座った。


そして2人は手を合わせ、行儀良く、「いただきます」と言ってご飯を食べ始めた。


ジェイルはご飯を食べ終わると、身支度をし、すぐに玄関へ向かった。


「じゃあ、仕事行ってくるから!」


「ジェイル!行ってらっしゃい!」


アイリスはそう言ってジェイルの頬にキスをした。


「じゃあな」


アイリスはそして、席に戻り、ご飯を食べ終わると、食器を片付けた。


「母上!皿洗いてつだいますよ!」


「リアは優しいわねぇ」


「けど、今日は大丈夫よ」


「はい…分かりました」


俺は悪魔憑きか何かだと怪しまれないように前々から両親に少しずつ言葉を話すようにし、

今では平然に両親と意思疎通をしている。


言い方は悪いが、両親は以外と「バカ」かもしれない。

俺より2ヶ月年上のエリーシャがカタコトな言葉しか喋れていないのに

俺は敬語を使って平然と話している。

普通の親なら俺を怪しむだろう。

だが、アイリスは「リアは頭が良いのね!」と言って全く俺の知能に疑問を持たない。

ジェイルもそんなアイリスの考えに指摘したりせず、「リアは賢いなぁ」とか言っている。

この世界ではこんなもんなのだろうか?


(さて、魔術の練習でもするか…)


俺は階段を登って物置部屋に行き、土魔法の詠唱をした。


「世の理を支えし、力強き大地よ!その恵みは全ての原点を司る!」

「アース!」


俺は大きい土塊を出し、形を練り、大きな埴輪を作った。


(はぁ、やっぱりいつもと同じ魔法はつまんねーな)


だからと言って、炎魔法や雷魔法、氷魔法を使えば、

きっと俺は何かしら事件を起こす。


(はぁ…)


俺は初級水魔法の「ウォーターショット」を窓の外に向かって放った。

ウォーターショットは現時点で俺が使った事のある魔法の中で威力が一番高い。

だが、飛距離が短いため、使い勝手はあまり良くなさそうだ。

少なくとも俺が土魔法で作った大きい騎士の像を一瞬でバラバラにするぐらいにはエグい魔法だ。

だから基本的には使わないんだが、今回は少しヤケクソで窓の外に撃ってみた。


何か起こると思っただろ?

残念だったな。

前にも窓の外に「ウォーターショット」を撃った事があるが、庭に1秒間雨が降るだけだった。


(あぁ暇だー)


(そうだ、氷魔法に挑戦してみるか)


氷魔法は俺が危ないと判断して今まで使ってこなかった基礎魔法の一つだ。

俺が危険だと判断した基礎魔法の中ではたぶん一番安全だ。


(使ってみるか…)


安全にはなるべく気をつける。

俺は窓の下に椅子を運び、

その上に立って外に魔法を放てるようにした。

えーと、詠唱は…


「あらゆる生物を殺し、眠らせる冷たき氷よ、その冷徹で残忍な心は怨念をも深き眠りに落とす!」

「アイス!」


その瞬間、庭にドデカい氷塊が出来た。


(やばい!思ったよりデカいのを作ってしまった!)


すぐさま俺は氷をどうにかする方法を模索した。


(炎魔法で氷を溶かせばいけるか?)


(けど、あんな氷塊を炎魔法ですぐに溶かせるのか…?)


俺があれこれ考えていると、とうとうアイリスが庭の氷塊に気付いてしまった。


「な、何よこれ!?」


「どうしてこんな氷が…」


「魔物じゃ、、、ないわよね…」


「どうしましょう…」


「溶けるのを待ちましょうか…」


「それにしてもどこから…?」


アイリスは辺りを見回した。


「魔法かしら…」


「一体、どこの誰ががいたずらしたのかしら…」


「全くもう!」


アイリスは家の中に戻り、家事を再開した。


(ふぅ…バレなくて良かった…)


よし、練習の再開をするか…

バレずに使えそうな初級氷魔法はないか…?

俺は懲りずに初級氷魔法の欄を一通り見た。

えーと、

「アイスショット」:複数の氷の塊を狙った方向に勢い良く放つ

「アイスシールド」:丸型の氷の盾を近くに展開する

「アイスキャノン」棘状の大きい氷の塊を前方に放つ

「フリーズ」氷で相手の足を捉える

なお、この本に書いてある魔法は下に行く程、使用魔力が高い。


(アイスショットか…)


これならアイスキャノンのような後処理に困る大きな氷を出さないので、

さっきのような事を起こさずに済む。


(いっちょ、やってみるか…)


俺は窓の外に魔法を放つため、窓の下に椅子を置き、

本を見やすい所に置いて、詠唱の書いてあるページを開いた。

詠唱の欄は……これか。

よし、準備万端だ。


「小さくか弱き氷よ、触れようとするも、溶けて儚く水となる。ならば一群となりて、敵を射て!」

「アイスショット!」


太陽の方向に無数の小さい氷が放たれる。

氷は光を反射し合い、輝く。


(綺麗だ)


俺はその美しさに感動した。


「あ、あともう一回だ」


俺はアイスショットを繰り返した。


「アイスショット!」

(綺麗だ)

もう一回!


「アイスショット!」

(綺麗だ!)

もう一回!


「アイスショット!」

(綺麗だ)

もう一回!


俺は久しぶりに魔法を心の底から楽しんだ。


「アイスショ…」


ふと、俺は気付いた。気付いてしまった。

俺の背後の存在に。


「リア…?」


そこにいたのはアイリスだった。


(バレた。100%バレた)


俺の頭には中学時代、部屋でコソコソと自○行為をしていたら

母親が部屋に乱入してきて、自○行為を見られた苦い思い出が蘇った。


「リア…もしかして…」


やばい…

非常にヤバい…

多分、この世界ではこの歳で魔法を使っていると、悪魔憑きだと思われ、怪しい研究所に送り込まれるんだ。


(終わった……)


「リア、もしかして魔法を使ったの?」


もう誤魔化しようが無い。

せめて何とか少し言い訳をしよう。


「こ、この本をよんでいたらいきなり氷のつぶがでてきたんです」


(研究所送りは嫌、研究所送りは嫌、研究所送りは嫌)


「まさかこの歳で魔力を使いこなせるの!?」


「リア!あなたは本当に天才だわ!」


「今すぐにも魔術専門学校に行くべきよ!」


(え…?)


「は、母上、お、怒ったりしないんですか?」


「そんな事する訳無いわよ!」


「ジェイルが帰ってきたら急いでこの事を話して魔術学校に通わせましょう!」




「はぁ…」


これはストレスからの溜息じゃ無い…安堵の溜息だ…

今まで魔術を使える事を秘密にしてきたが、それが今、認められた。

「天才」って言われた。誰かに褒められた。素直に嬉しい。

前世で誰かに褒められるなんて事、俺には全然無かったから…


「う、う、うぁぁぁあああ」


俺は泣いてしまった。

この世界に来て、俺は結構頑張ってきたつもりだ。

それが報われた。

「俺」という存在が認めらた気がした。

誰かに必要とされたような気持ちがした。

このままで良いのだと思えた。


「リ、リア!何で泣いてるの!?」


「え、えっと…」


「大丈夫だよーよしよし」


そう言ってアイリスは俺の頭を撫でた。


「リアが泣くなんて初めて見たわ」


俺はアイリスに運ばれ、一階のリビングに座らせられた。


「りあだってごはんおくれてる!」


エリーシャが突っかかってきた。

どうやら、俺がアイスショットに夢中になっている間に昼食ができたようで、

アイリスは一階で俺にリビングに来てご飯を食べるよう呼びかけたが、

俺はアイスショットに夢中になってその呼びかけに気付かなかった。

そして、アイリスが俺を呼ぶ為に物置部屋まで来たのだ。


「リアは魔法を使っててご飯に遅れたのよ。むしろ誇るべきよ」


「まほう?」


「そうよ、リアは魔法を使ってたのよ」


「エリーシャもリアに教わったらどう?」


「うん、わかった」


「けどやっぱりずるい」


「まあそうよね。リア、次は呼んだらすぐ来るのよ」


「はい!母上!」


俺は昼食を食べ始めた。


「いだだきますは言った?」


「いただきます!」



ーーーー



昼食後…


エリーシャが話しかけてきた。


「ママがいってたのおしえて」


「あーーけど難しいですよ?」


「おしえて!」


「はい!分かりました!」


(あっさり引き受けてしまったが、エリーシャに魔術を教えるのは結構手がかかりそうだな…)


俺は物置部屋から本を持って来て、

エリーシャのために魔術の授業を開始した。

授業を始めると、キッチンからアイリスが微笑んでこっちを見ていた。


(親としては珍しく俺がエリーシャと仲良くしてるのが微笑ましいのか?)


(まぁいいや)


(エリーシャにはまず最初にどの魔法を教えてあげよっかなー)


よし、これに決めた!


「今から僕の言うことをまねして続けて言ってみて下さい」


「うん!」


「この世の全ての生命の原点を司る水よ、その流れるような美しさと優しさは我に生きる素晴らしさを説く!」

「ウォーター!」


俺の手の先からサッカーボールぐらいの大きさの水が現れる。

俺は魔力をたくさん込めて、いつもより大きい水を生成したのだ。

何でかって?


(エリーシャの前でぐらい見栄張りたいじゃん)


すばらしさをとく!」

「ウォーター」


すると、エリーシャの手の先からは何も出ない…


「うぅぅ」


「ま、まぁそんなに落ちこまないでください」


「きっとまりょくが手にあつまるかんかくを掴めばいけます!」


「うん!わかった!」


「では、まず目つぶってふんばってみて下さい」


「うーーーーん」


「何かかんじますか?」


「うん、なんかある」


「それを手に集めてください」


「うーん」


「からだのなかでぐるぐるしちゃう」


「もっとゆっくりまりょくを手にあつめるんです」


「わ、分かった」


「うーん、やっぱりむり…」


「そ、そうですか、まずはなれですよ」


「まりょくを感じられるなら他のことができるかもです」


「ちょっと待って下さい」


俺は物置部屋から魔力循環の本を持ってきた。


「まりょくじゅんかんならできるかもです」


「ぼくはぶきようで今までにせいこうしたことはないですが」


「からだのなかでまりょくを楽なじょうたいでできるかぎり早くぐるぐるさせてください」


「わかった、やってみる」


「うーーーー」


「なんかあつくなってきた」


「え?もしかしていけたんですか!?」


「そのじょうたいでいったん、僕をなぐってみて下さい!」


「え、うん、分かった」


「おりゃぁ」


そして俺はエリーシャにぶん殴られ、1mぐらい吹き飛んで頭を打った。


「いってーー!」


「ごめん!」



「だいじょうぶですよ!エリーシャ!」


俺はエリーシャが不安にならないように取り繕った。

そして、一部始終を見ていたアイリスが俺に駆け足で近づいてきた。


「大丈夫!?リア!」


「大丈夫です。自分で治せますから。」


「エリーシャ、あの本をとってきてもらっていいですか?」


「うん、わかった」


俺はエリーシャに1歳の時の誕生日に貰った本を取ってきてもらい、自分に治癒魔法をかけた。


「これで大丈夫です。心配しないでください」


「す、すごいわね!リア!」


「あ、はい、ありがとうございます」


「治癒魔法は魔術師の10人に1人しか使えないのよ!」


(え、?そうなのか?)


「そうなんですか?」


「そうよ、やっぱりリアは天才だわ」


「あぁ、ジェイルが帰ってきたらどんな風に話そうかしら?」


(そうか、俺は10人に1人の逸材なのか…)


(グヘヘ、学校に入るその時が来たら周りの奴らにめちゃくちゃ自慢しよう…)


(ああ、いかん、いかん、調子に乗ると痛い目を見てしまうからな。平常心を保たなければ…)


「では!エリーシャ、授業のつづきをおこないますよ!」


「うん!」

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