第21話 マジャリア危機①

大陸暦1568年9月14日 旧ブラウアドラー帝国帝都ブラウスタット


「スーデントール代表、統括官への着任おめでとうございます」


 ブラウスタットの王宮の一角にて、旧帝国軍諜報部部長のハイドリッヒ・ベルナーは白衣姿の男にそう話しかける。スーデントールは本を閉じつつ顔を向ける。


「何…ホーエンハイム閣下に国を治める意思が無いが故の面倒ごとだよ。まぁ国家そのものに裏切られたのだから仕方のない事だが」


「国家に裏切られた、ですか…それは同感ですな。情報の要である我らを『ネズミ』だと蔑んで使い潰す様な無能貴族の集まりでしたしな。して、今後はどの様に政を進めるのでしょうか?」


 ベルナーの問いに対し、同じ部屋で書類作業を進めているエレナが答えた。


「…現在、行政システムは帝都ブラウスタットを中心に再構築している最中であり、『第一案』に協力する者達の住まう旧貴族地区と、『第二案』の者達が管理する旧平民地区は都市機能を回復させております。閣下より力を授けられた者達の大半は出身地に戻って軍閥の構築を進めておりますが…」


「軍閥、か…所詮は軍人の何たるかを知らぬ平民どもの集い。適当に支援を施し、支援に暴れ回らせてやりなさい」


 スーデントールはあしらう様に言う。現在ブラウアドラー帝国の旧領内はホーエンハイム派閥の統制が行き届いている北部地域と、ホーエンハイム派閥に付き従う東部地域、中小の魔人グループで構築された西部・南部地域に分かれている。ホーエンハイムによって魔人化された者の数は数十万人に達するが、その半分以上が西部・南部地域に点在し、軍閥を形成し始めている。


 だが、その多くは従軍経験のない平民ばかりであり、魔導師としての資格も有していない。故にホーエンハイム派閥の兵力で対応できると考えられたのである。他にも理由はあった。


「それに、冬が訪れるまであと2か月と少し…魔物とて一部の種類以外は」


・・・


帝都より南に200キロメートル離れた地点


 かつてこの地方の「首都」であった都市の館で、十数人の魔人が集う。目的はもちろん、世界征服のための会議である。


「だが、まさかホーエンハイムの野郎がここまで腰抜けだとはな…」


 白髪の男はそう呟きながら、空になった酒瓶を投げ捨てる。その様子を見つめつつ、茶髪の青年が地図を広げる。


「ですが旦那、閣下は何もしないつもりじゃなさそうです。先程腕木通信テレグラフで、南部派閥に対して武器を大量に供与するとの連絡が来ました。で、俺達はまず、マジャリアを陥落させるとしましょう」


 青年はそう言いながら、駒を置く。


「マジャリアには良質な鉄鉱山があります。そこと付近の工業都市を占領すれば、俺達は立派な拠点を得られます。これを用いれば、ホーエンハイムから玉座を奪い取る事も不可能じゃないでしょう」


「成程な…新入りにしちゃ、頭が回る様だな。マジャリアを俺達のもんにした暁には、盛大に褒美をくれてやろう!」


「諸君、ここからだ!我らの強化されし力で。我らはマジャリアを落とすのだ!」


『うおおお!!!』


 魔人達は叫び、それを見つめていた茶髪の青年は口角を吊り上げた。


「さて、どこまで踊るかな?」

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