第19話 青い鷲は墜ちた

大陸暦1568年9月4日 ブラウアドラー帝国帝都ブラウスタット


 魔物が荒らした後の帝都は、余りにも無残だった。


 市民の大半は魔物の餌となり、大通りには膨大な数の骸骨が転がる。死だけが残された都市の中心にある宮殿では、ホーエンハイムが玉座に腰を据え、少女から報告を受けていた。


「ホーエンハイム閣下。旧帝国軍の残存兵力を全て拘束し、『改造』を施す計画が完了いたしました。それと、帝都を中心とした周辺の主要都市に整備した臨時工廠は稼働を開始。『アルチミエ』管轄下の工廠も本格的な稼働を開始し、翌年の3月までには十分な兵力を調達する計画です」


「ご苦労、エレナ。流石は『アルチミエ』の傑作だ。私利私欲のみで動く貴族どもと違い、国家の利益のために忠実に働いてくれる。ジルメンも鼻が高い事だろう」


「それと…閣下より力を授けられた者達が騒いでおります。『魔人による世界征服はいつ頃始めるのか』と。シャイダー殿が必死に抑えておりますが…」


「フム…好きにさせておきなさい。私は彼らの横暴について全く興味がありませんので。『第一案』に参加した者達以外は適当に扱っておく様に。貴方も知っての通り、『第二案』が順調に進んでいるのですから」


 ホーエンハイムはそう言い、エレナは踵を返してその場を去ろうとする。と、ホーエンハイムが呼び止めた。


「…待ちなさい。せっかくの機会です、話をしましょう。この場に集う者達全員聞いて下さい」


「…はっ」


 再び振り向くと、ホーエンハイムは天井に視線を移す。だがその見る先は全く違った。


「…一つ、昔話をしましょう。10年前、帝国の今はなき公爵領に一人の貴族がいました。その男はブラウアドラーとしては珍しく開明的で、民の事を愛していました」


 多くの官僚が、目を丸く見開く。このブラウアドラーにその様な人物がいたとは。だが過去形という事は、その末路は察せられた。


「…ですが、その男を妬ましく思う者達が多くいました。その中にはグロムシュタインの当主もいました。グロムシュタインの当主はその男と選帝侯の座を争う立場にあり、卑劣な裏工作で他の対立候補を蹴落としていました」


 一同はそこで察する。何故ホーエンハイムがかつての皇帝をより残酷に生かす事に拘ったのかを。話は続く。


「ある時、当主は偽の情報を流布し、民衆を扇動しました。植え付けられた怒りはある男の妻と、生まれる筈だった子供へ矛先を向ける結果となりました。男は嘆き、そして魔力を暴走させ、魔人へとなり果てました」


 そこまで語り、ホーエンハイムは玉座を立つ。そうしてその場を立ち去っていく途中で、エレナに向けて話しかけた。


「…エレナ。詳しい事はスーデントール博士から聞くといい。彼はここの醜さを良く知る人物です。この世界に相応しい存在となるべくして作られた存在である以上、繰り返してはいけない愚行を知らなければなりません」


・・・


「…どうしたのかね?エレナ」


 ブラウスタットの郊外にある施設で、エレナは眼鏡に白衣姿の男に会いに行っていた。


「代表。ホーエンハイム閣下より話を伺いました。代表は閣下の過去をご存じだと…」


「…ああ。かつてフース公爵領という領地がユートラント北部にあった。その後は民衆の反乱で灰燼に帰したというのが公式の歴史だが、実際はグロムシュタインの謀略が大きく関わっている。グロムシュタインの制圧作戦は覚えているな?即刻処刑が当たり前だったところであの家だけ生かしたまま一族郎党を捕えたのは、『そういう事』だ」


 代表はそう話しつつ、本棚から一冊の本を取り出す。そしてページをめくりながら言葉を続ける。


「…そして『第二案』…『プロジェクト・ジェネシス』は、新たなる人類種によってより良い文明が築かれる事を願ったものだ。当初より魔人と同等の能力を持ち、より優れた国家を担える資格を有する新人類…此度の戦争などその前座に過ぎないのだよ」


「…だから『第一案』よりも優れていると?」


「…魔人の出現条件に関しては、ある程度知る事が出来ている。だが魔人の血と力は受け継がれていくのかが判明していない。魔物でも同様に、だ。故に計画に参加する者達には特別な『施術』と『施策』を施しているが…」


 代表はそこまで言って、本を閉じる。そして窓の外へ視線を移す。


「…近々、市内の工房にて兵器の本格的な量産が開始される。現状は魔物で事足りるだろうが、攻勢を仕掛けるには数が足りんし、冬眠もある。今年の冬は工廠を全力で稼働させねばな」


 そう語る代表の横顔には、一言で言い表す事の出来ない悲哀がこもっていた。

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