第18話 合同訓練

大陸暦1568年9月2日 ヴェスタニア王国首都ボーンシュタット 高等魔法学院


 新学期が始まった直後、『双頭の鷲』の教室にて、エッケナー先生は随分と緊張した面持ちで私達と向かい合っていた。理由は明白だ。


「先程、王国政府から学院に通達があった。今のところホーエンハイム一派からは国家の状態に関する詳しい声明が無いため、ヒエラノス教会からの呼びかけに応じて各国が連携してブラウアドラー領を監視するという事で話が進んでいるが、高等魔法学院の生徒達も有事に備えて実力を向上させる事が求められている」


 旧ブラウアドラー帝国領内には多数の魔物が跋扈しており、特に国境地帯は既存の兵力では太刀打ちできない程に厳しい状態と化している。さらに弓矢程度では貫通できぬ防御力を持つ装甲車両を主体とした機甲部隊が、この機に乗じて占領した街の防衛に当たっているため、迂闊に手を出す事も出来ない。


 これに対してヴェスタニア政府は、国境地帯付近の都市・街に対して、軍の駐留する城塞都市への疎開を指示。一部からは『魔物に対して消極的過ぎる』との声が上がったが、祖国由来の自動車による新聞配達やテレビジョン技術を活用する事でより発展したメディアは、ブラウアドラーの実情を具体的に知らしめ、例外的な事態が起きている事を周知させる事となっていた。


「よって、騎士養成学院と合同訓練を行う事が決定された。我が王国軍の次代を担う若者達に後れを取らぬ様に、是非とも励んでもらいたい」


 そう締めくくってエッケナー先生がその場を後にすると、アルは中々に複雑そうな表情を浮かべる。此度の戦争は単なるヴェスタニア一国の危機ではなく、ブラウアドラー周辺の国々の存亡にも大きく関わる事態であり、一国の政治利用ではないとして賢者アルバートからの許可を取った上で軍事作戦に参加する事となる。そもそもこの学院の卒業者たる国家魔導師とはそういう存在であり、有事には従軍魔導師として戦争に参加するものだ。


 と、ここで私はアル以外にも、多くの同級生が微妙そうな表情を浮かべている事に気付く。これはどういう事かしら?


「皆、何か微妙そうな表情を浮かべているけど…どうしたの?」


「ああ…アナは魔法学院と騎士学院の関係性を知らないのか。エーリカ、話してやってくれ」


 ヴィルが促し、エーリカが説明を始める。これはかなり訳アリの様だ。


「あのね、アナ。魔法学院の生徒って魔法をメインに研鑽に励むでしょう?だから身体を余り鍛えないの。対する騎士学院は身体の強化をメインにしているから魔法を軽んじる傾向にあるの」


「はい。なのであちら側は魔法学院の生徒を『若木わかぎ』と馬鹿にしてくるんです。身体の線が細い人達ばかりだと。まぁこちら側も騎士学院の生徒を『岩人いわびと』なんて蔑称で呼んでいる人が多いんですが」


 つまりはかなり仲が悪いと。まぁ祖国も魔導師と科学者とで折り合いの悪い関係はあるから分からなくもない。とここで、祖国とこの国との教育制度の違いに私は改めて気付く事となる。


「となると、私の国では魔導師と軍人との仲は険悪、って感じじゃないかもね。そもそも魔法と身体は中等学院で入念に鍛え上げて、高等教育で様々な進路に進む、という感じだから」


「魔法と身体の両方を入念に、ですか?これはどうして…」


「私の国の魔術はね、結構体力を使うの。鎧に匹敵する重さの道具を見に纏い、長時間儀式を行いながら川の流れを変えて、村全体に大きな結界を張って、時には武器を手に巨大な魔物を狩りとっていたの。狼人の魔術師って特殊な猟師だとか戦士でもあるの」


 鉤爪に魔力を貯めて、振り下ろすと同時に斬撃を投射する熊や虎の魔物が、遊牧生活の脅威であった狼人族ならではの事情である。それに従来の魔法具の総合的な性能もヴェスタニアのそれに大きく劣り、魔物に対して単身で挑める装備を見に纏うと、西方の重装騎兵もかくやという程の重装備になるという。


 銃火器で負担を大幅に減らせる様になった今もなお、研究道具の持ち運びやら実験設備の組み立て・解体とかで力仕事が必要となるため、セヴェリアでは『魔法の研鑽と身体の鍛錬は両立する』のが常識であった。そしてその常識の極地とも呼べる存在が『空間騎兵』である。


「まぁ私の場合、父上とその友人という偉大な教師達がいたお陰で、魔法のセンスとか魔法具の製作技術、そして戦闘技術は並みの人より出来る様になったんだけどね。アルだってそうでしょ?」


「ああ…まぁ、な…」


 アルは頭を掻きながら答える。何せ養親がこの国の英雄と謳われた賢者と導師で、小さい頃からかつてヴェスタニア軍で名を馳せた退役軍人やら魔導師から教えを乞うてきた存在なのだ。そういう点でも私に似ていると言えよう。


「とりあえず、翌日から合同訓練が始まる。魔物は非常に危ない存在だから、気を抜かない様にな」


・・・


 そして翌日、私達は王都ボーンシュタットから東に100キロメートルの地点にある森に来ていた。参加するのは高等魔法学院の生徒120名と騎士養成学院の生徒120名、そして監督官を務める従軍魔導師達である。


 我が祖国自慢のガレキフ自動車工場謹製のトラックに揺られること2時間、私とアル、ヴィル、エーリカの四人は騎士学院の上位成績者とともに森の深部に来ていた。トラックから降りると、一組の男女が出迎えてきた。


「久しぶりだな、アナ。ここでこうして会えるとはな」


「あっ、ザハロフ少佐!お久しぶりです!」


 監督官の一人としてやってきたのは、大使館の武官として派遣されているセヴェリア陸軍将校のセルゲイ・マスコワ・ザハロフ少佐。建国直後に起きたコサキアとの戦争で二等兵として従軍した後、現場からのたたき上げとして出世してきた実力者であり、さらに親がコサキアから移住してきた騎士の家系でもあるため、教養も高かった。恐らく父か兄が『お目付け役』を任せてきたのだろう。


 対するもう一人、黒髪の女性は初めて見る人だ。でも目元だとか、誰かに似ている様な気が…。


「あっ、モルガねーちゃん!」


「こら、アル。今私は仕事中なの。軽々しく呼ばないの」


 モルガと呼ばれた女性はアルに注意をする。そして私に向けて歩み出し、自己紹介をしてきた。


「初めまして、アナスタシア殿下。私はモルガ・ポーター。ヴェスタニア王国軍魔法師団に所属する魔導師よ。弟がお世話になっています」


 成程、賢者アルバートと導師エヴァの間に生まれた娘か。確かにアルが何かやらかした時に対処できそうな人選だ。そしてモルガさんはアルに尋ねる。


「ところでアル、『双頭の鷲』の皆とは上手くやれているかしら?授業ではどういう事をしているの?その内容によってやり方を調整するわよ」


「基本的に、基本的な事を学習しているよ。後はたまに皆で『魔力制御』の訓練をしたり、アナがセヴェリアの学問とかを少しだけ教えてくれてるよ」


「…たまに学院のお偉い学者さんが聞きに来る事もあるけどね。私よりも科学に詳しい人がいるんだけどね…」


「…その詳しい人がいるのはセヴェリアでしょう?誰しもが貴方の国に行ける訳じゃありませんからね」


 モルガさんの言う事もごもっともだ。ちなみに魔力制御の訓練とは、より多くの魔力を用いてより強力な魔法を使える様にするためのもので、アルが提唱したものだ。何せ24年前とは異なり、複数人の魔人やより強大な魔物と対峙する事になるのだ。使える魔法も強化しなくてはならない。


 なおこの持論は文章として体系化し、魔法具をより効率的に利用するための民生技術としての価値が高いという事で、アルは早速論文にまとめて、夏休みの期間中に発表している。これはアルの開発した魔法の直接的な軍事利用を回避するための措置でもあり、早速ヴェスタニアのみならず祖国セヴェリアや、南のダルマチアでも参考にされ始めている。


 私も、『セヴェリアとヴェスタニアの魔法体系の違い』についてレポートを一つ書き上げた。論文はまだ完成していないが、これまでの経験は確実に私にとって利となる筈だろう。


・・・


 さて、合同訓練は始まったのだが、案の定騎士養成学院の人達は苦戦していた。何せ、魔力で身体能力を大幅に増強している魔物の大群相手に、ただの剣術やら身体能力は無駄にも等しかった。


「く、くそ…!たかが魔物が…!」


「剣を振っても、直ぐに斬れないなんて…!」


 騎士の何人かが苦悶の表情で呻く中、私とアルは彼らに襲い掛かろうとした魔物を瞬時に斬り伏せる。突進を仕掛けてきた猪の魔物は、空中に浮かべた氷の壁に激突し、同時に真上に氷柱つららを多数生成。そのまま叩きつける様に降らせて串刺しにする。と別方向より突撃してきた狼の魔物がいたが、私は回し蹴りでぶっ飛ばし、氷の斬撃波を飛ばして真っ二つにする。


「…と、こんなものかな。それにしても、魔物がこんなに発生しているなんて…ホーエンハイム一派は魔物を作る魔法を持っているらしいし、それも混じっているのかな?」


「可能性はありそうね。貴方達、しっかり覚えておきなさい。魔法を軽んじればこの様にして窮地に立たされるのです。そしてセヴェリアには、騎士と魔導師双方の長所を使いこなす精鋭達がいます」


 モルガさんが言っているのは、空間騎兵の事か。確かに将来的にヴェスタニア軍が参考にしそうなのは彼らだろう。そうして魔物を狩り続ける事3時間。私達は遅めの昼食を野営のスタイルで取っていた。


「しかし、この空間収納魔法って便利よね。父もこの国と国交を結んで直ぐにマスターしたのがこの魔法だし。そこからアルはよく転移魔法なんて思いつけたわね」


 私はそう呟きながら、キャンプ用具で簡単に調理し、食事を進める。ちなみにメニューは前以て準備したハムとかベーコンをメインにしたサンドイッチで、アル達に振舞っている。というのも私は私で、別のものを食べているからだ。


「…アナ、君の国では魔物の肉を食べるのが一般的なのか?普通魔物の肉は、魔力で変質して食べられないものなのだが…」


「あくまでも狼人族と、そのハーフの間でのみ、といった感じよ。大昔には魔物の肉を食べる事で自然の力を身に付けようとする儀式もあったそうだし」


 そう説明すると、アルやヴィルはもちろんの事、騎士達も相当に引いた様子を見せる。流石にここまでドン引きされる事になろうとは…。


 なお、かなり後の話になっていくけど、今回の事態に直面した多くの国々では、食料不足を魔物で補う動きが盛んになっていき、特にとある国が魔物食によって大きく変貌を遂げていく事となる。

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