第16話 魔人凱歌

大陸暦1568年8月5日 ブラウアドラー帝国西部


 ブラウアドラー帝国の悲劇は、本国への後退を始める直前、4日の時点で幕を開けていた。


「な、なんだこの魔物どもは!一体何処から湧いて出てきやがった!」


「魔法を使ってくるだと…!?」


 皇帝オットー3世が直接率いる6万の軍勢は、2日近くに渡って繰り広げた戦闘で3万近くの将兵を喪失。他の戦線や後方の予備兵力から数千単位で部隊を引き抜きながら侵攻を進めようとするも、4日頃になって魔物が大量発生した情報が本陣に到達。流石のオットー3世も後方が魔物で脅かされると思い、直ぐに兵を後方へ下げる事としたのだ。


 だが問題はここからだった。その軍勢に対して魔物の集団が襲撃を仕掛けてきたのだ。それも野生動物の群れにあるまじき統率の取れた『攻勢』であり、しかも魔法を用いて戦闘を仕掛けてきたのである。この時ブラウアドラー軍はヴェスタニア軍との戦闘で弓兵や魔導師といった遠距離攻撃が出来る戦力を多数喪失しており、生き残っている者の大半が機動力の低い歩兵であった。その多くも手足を銃弾で射抜かれ、砲撃の爆発で多数の傷を負った状態であり、まともに戦える状態ではなかった。


「くそ、畜生どもめが!これ以上好き勝手にされてたまるか!」


「弓兵、迎え撃て!奴らは生意気にも魔法で攻撃してきやがる!」


「この…!魔導師が殆どいないとキツイなんてものじゃねえぞ!」


 兵士達は悪態をつきながら剣を振り、弓矢を飛ばす。しかしヴェスタニア軍との戦闘で多大な損害を負ったばかりの帝国軍には、魔物の大群は余りにも厳し過ぎた。しかも魔法を用いて遠距離から致命傷を叩き込んでくる個体もおり、遠距離攻撃の要である従軍魔導師を多数喪失していた帝国軍は、一方的に攻撃され、将兵の数を減らしていった。


 そして悲劇は、遥か東の帝都ブラウスタットでも起きていた。市街地を守る城壁は難なく突破され、巨大な魔物が市民を一方的に蹂躙していく。民間の魔物ハンター達や魔導師の資格を持つ市民が抵抗するも、その数は膨大で、かつ能力も非常に強力だった。


 至る所で悲鳴が響く中、屋敷の一つでは一人の男が、怪我の治療を受けていた。全身には包帯が巻かれ、ところどころ赤く滲んでいる。だがその表情はいたって平然としていた。


「ホーエンハイム閣下、帝都は完全に我々の掌握するところとなりました。ご命令通り、帝都市民は全て『処分』する様に仰せつかっておりますが…」


「ええ…どのみちブラウアドラーの王侯貴族は全て根絶する予定でしたから。さて…彼女が例の『第二案』ですか」


 お付きの女性に対してホーエンハイムはそう呟きながら、ベッドの傍に佇む一人の少女の頬を撫でる。白い肌にルビーの様な紅い瞳、そして銀色のロングヘアを持つ少女は、小さく頭を下げながら距離を取る。


「『アルチミエ』は良い仕事をした様です。後は、邪魔なものを全て処分するのみです。メリア、彼女に色々と教えて差し上げなさい。彼女は戦う術は持っているが、それ以外はまだ有していない。この先多くを手伝ってもらうのですからね」


・・・


ブラウアドラー帝国北部 ユートラント半島某所


 ブラウアドラーの北部一帯を成すユートラント半島のある場所。その施設内では代表が部下から報告を受けていた。


「代表。庇護を求めてきた市民の志願は順調に進んでおります。『手術』も進捗状況は良好であり、ホーエンハイム閣下も喜ばれる事でしょう」


「すでに国内四か所にある『工廠』は本格稼働を始めている。我々の庇護を求める国民達も、生きるために死に物狂いで協力してくれる事だろう。もっとも、これは余りにも酷だとは、私も思うがね」


 代表はそう呟きながら、眼鏡のずれを直す。彼らの上司たるホーエンハイムは、ブラウアドラーの住民について詳しい指示を出していた。曰く王侯貴族と聖職者は赤子に至るまで処分か実験材料として再利用。平民も『工廠』で労働者として最後まで利用せよと指示を通達していた。


「…代表、東部方面軍団司令部より連絡です。『西の貴族』は武装蜂起を開始したとの事です。これにて我々は労せず領土と兵力を得る事が出来ましょう」


「ああ…間もなくこの国は傲慢な貴族のものではなくなる。青い鷲は地に墜ち、代わりに『造られたもの』が導く事となるのだ」


 代表はそう言いながら、『プロジェクト・アインツベルン』のタイトルが振られたレジュメに視線を移すのだった。


・・・


大陸暦1568年8月19日 帝都ブラウスタット


 ブラウアドラーの誇る帝都ブラウスタットは、オットー3世以下帝国軍が戻った時には廃墟にも等しい状態となっていた。青い屋根瓦に覆われた街並みは黒煙に燻されて黒ずみ、道路上には多数の死体が瓦礫とともに散らばっていた。


「こ、こんな事が…」


 城門の下でオットー3世は唖然とした表情で立ち尽くし、他の将兵も同様に絶望の表情を浮かべる。帝都への帰還の間、連続して魔物の襲撃を受けた結果、皇帝直属の部隊は歩兵が僅か5000人足らずというところまですり減り、殆どが負傷をこさえていた。とその時、彼の目前に一人の少女が現れる。


「おい、そこのガキ!さっさと余の前からど―」


 オットー3世は叫びながら剣を真上に振り上げる。が、少女は即座に手を突き出し、魔法を投射。彼の右腕を吹き飛ばした。


「ぐああ…!?腕が、腕が…!?」


 消し飛んだ右腕を抑えてうずくまるオットー。近くにいた将兵達が皇帝を守ろうと展開しながら少女に攻撃しようとするが、少女は瞬時にドーム型の防壁を展開。刀剣と攻撃魔法を弾いた瞬間、幾つもの光の槍が降り注いだ。


「ぎゃああああ…!」


「うわぁぁぁぁぁ!!!」


 次々と光の槍に射抜かれ、絶叫が響く。そして地面が赤く染め上げられていく中、一人の男がオットーの前に現れた。


「これはこれは、久しぶりですね、オットー」


「な…貴様…!?馬鹿な、死んだ筈では…」


 オットーは驚愕を露わにする。が、彼の両足に光の槍が突き立てられ、鮮血が舞う。


「ぐあっ…!?」


「ええ…確かに『人間』として死にました。そして今、私は『魔人』として蘇った。それだけの事です」


 そう言葉を返し、ホーエンハイムはオットーの顎を蹴り上げる。それはオットーの下あごを砕き、声を潰すには十分だった。


「フム…ただ殺すだけではつまらない。直ちに四肢を捥いで『工廠』に送り、代表達に使ってもらうとしましょう。エレナ、彼の手足を全て吹き飛ばしなさい」


「承知しました、閣下」


 その直後、声にならない声が響く。ホーエンハイムは鼻で笑いながらその場を去って行った。


・・・


大陸暦1568年8月20日


「前方より、多数の集団が接近してきます!しかも、多数の魔物を引き連れて迫ってきています!」


 部下からの報告を聞き、ザイドリッツは険しい形相で睨む。ブラウアドラー軍は撤退したものの、代わりに魔物の大群が攻め込んできたのだ。その数は多く、中には熊に匹敵する巨体の狼や、体長10メートルはあろうかという熊に虎の姿もあり、並みの従軍魔導師では対処しきれないだろう怪物ばかりが揃っていた。


「迎撃せよ!我らはブラウアドラーを攻めるのではない、侵略を防ぐ側なのだ!」


 ザイドリッツはそう指示を飛ばしつつ、剣を抜く。が、戦闘はたちまちのうちに苦境に陥る事となった。森の中から数両の装甲車両が現れ、そして空には数十羽もの巨大な鳥が現れる。それらは明らかに、ブラウアドラー軍の兵力とは思えなかった。


「なんだ、あの兵器は!?セヴェリアの戦車に似てるぞ!」


「空飛ぶ魔物、だと!?あんなの見た事もない!」


 未知の敵を前に、動揺が広がる。魔物は弓矢や攻撃魔法を耐えながら突撃し、逆に咆哮で衝撃波を叩き込み、風魔法を纏いながら突進し、兵士達を吹き飛ばしていく。巨大な鳥は羽ばたく度に鎌鼬かまいたちにも似た斬撃を飛ばし、兵士を切り倒していく。


「撤退、撤退せよ!」


 これにはザイドリッツも面食らい、撤退を指示する。とその時、彼の傍に1台の自動車が駆け付ける。


「将軍!撤退は我々が援護いたします!」


 指揮車で駆け付けたクラーヴィチはザイドリッツにそう言い、そして無線通信機を手に取る。


「戦闘団各位、傾注!これより戦闘団が敵集団に対して応戦を開始。ヴェスタニア軍の撤退を援護する!」


『了解!』


 命令と同時に、工兵が土魔法で地面を隆起させ、土塁を構築。それを壁にしながら歩兵達は小銃の引き金を引く。大型の魔物に対してはT-54戦車が連続で85ミリ徹甲弾を叩き込み、魔物は全身から鮮血をばらまきながら倒れていく。


 ZSU-64自走対空機関砲も、その名に違わぬ働きを見せていた。4門の30ミリ機関砲が唸りを上げ、敵怪鳥を次々と撃墜していく。これらセヴェリア義勇軍の奮闘により、ヴェスタニア軍はどうにか後方へ撤退を進める事に成功していた。

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