第15話 開戦

大陸暦1568年8月1日 ヴェスタニア王国東部 ハイデン地方


 ヴェスタニア東部の広大なハイデン地方に、多数の人々の姿があった。ブラウアドラー帝国軍の布告なき国境侵犯を確認したヴェスタニア王国軍は、セヴェリアの支援で整備された鉄道を用い、ある程度の時間的余裕を以て軍を展開させていた。


 兵力は歩兵が30000、弓兵が3000、騎兵が6000、従軍魔導師が1200の合計40200名。他にも二つの地域に3万前後の軍団を配置して戦線を構築しているため、総兵力は10万程度となる。


 しかも今回、セヴェリア国からは義勇軍の名目で軍事支援が行われており、2個戦闘団を構成する兵員4000と戦車62両が戦列に加わっている。数は非常に少ないが、全員が従軍魔導師並みの攻撃力を持っている上に、これとは別個に走攻守全てで魔法を使いこなす空間騎兵も2個中隊200名が存在しており、ここからどれだけセヴェリアがヴェスタニアの存亡に気をかけているのかが伺えよう。


 そして本陣では、ザイドリッツ将軍が数人の将兵を集めて会議を開いていた。そこにはパウエルにクラーヴェチの姿もあった。


「敵の兵力は如何程だ?」


「魔力探知による計測では、推定6万…複数地域に3万程度の反応があるため、我が軍と相対する総兵力は12万と思われます。ですが距離に大分開きがあるため、事前に計画された作戦書に従って西進し、国境線全体で攻勢を仕掛けるつもりでしょう」


「随分と出してきたな…搦手の類も確認されておらず、力押しで攻めてくるつもりか…しかも部隊間の距離を離しての攻勢とは、複数地点での会戦を前提としているのか?」


「可能性はあります。この地域はなだらかですが、森林や河川に遮られずに大軍を運用しようと思えば、3万までが限界。そして進撃に最適な地点が複数あるのなら、大兵力を分散させて個別に進めさせるのが上策です」


 ヴェスタニアとブラウアドラーの国境地帯であるハイデン地方は、森林と河川が点在する場所であり、軍隊が戦闘を含めた大規模な行動をするにはやや入り組んだ地形となっている。しかも森林を切り開き、河川を改造しようにも、そこには強大な魔物が複数生息しており、この地方の資源開発の障害となっている。


「よって、魔物との交戦を避けつつ進撃するには限られたルートを通る事となるが…クラーヴェチ大佐はどの様に捉えますか?」


「そうですな…先ずは敵の最も大きな集団を引き入れ、左右より我が軍が挟撃を仕掛けましょう。工兵部隊は土魔法が必修ですので、即席の陣地を築く事が出来ますので、半包囲の陣を敷けます。空軍も参戦させる事が出来れば、より楽に戦える様にはなるのですがね…」


 空飛ぶ魔物というものが存在しないこの世界において、セヴェリアの航空機は大きな驚きを持たれていた。国境を接するコサキアでは、旧型機の購入によってパワーバランスの維持に努め、その上で近代兵器の国産化に勤めているという。だがブラウアドラーにはその様な兵器は無く、兵站に掛かる負担も考慮して航空機を持ってきていなかった。


「だがまぁ、相手は自己顕示欲が高いだけの無能として知られる皇帝オットー3世が、『ご親征』などと称して直接率いているんだ。数でごり押ししてくる前提で歓迎してやろう」


 ザイドリッツがそう呟く一方、ブラウアドラー軍の本陣では、オットー・フォン・グロムシュタインが不敵な笑みを浮かべていた。


「くふふ…これで余はさらなる領土を得られよう…『ネズミ』どもの話によればヴェスタニア軍は魔物の対策で多くの兵を回せないという。そしてヴェスタニアを我が偉大なるブラウアドラーの一部とした暁には、世界征服も夢ではない」


「ですが陛下、何もここまでの兵力を向けなくともよろしいのでは?東と南には9万ずつ兵を置いているとはいえ、その間魔物対策もおざなりになってしまうのでは…」


 臣下の一人がそう言った直後、オットー3世は腰から剣を抜き、その臣下を切り倒す。他の者達が震え上がる中、オットー3世は死体に向けて唾を吐く。


「くどいぞ。何故にその事を今更気にするのか!貴様ら下級貴族は黙って余の言う事に従えばよいのだ。此度の戦争で勝利した暁には、戦功を挙げた者に褒美をやろうぞ!」


 皇帝がその場に集う者達に向けて言う中、天幕の裏に立つ男は小声で呟く。


「小汚い裏工作で他者を蹴落としただけの愚物が。せいぜい派手に踊っているがいい」


・・・


 戦闘は、夜明けとともに始まった。仕掛けたのはもちろん、侵略側のブラウアドラー軍だった。


「突撃せよ!ヴェスタニアを蹂躙するのだ!」


 指揮官の号令とともに、何万もの将兵が槍を前に構え、騎兵部隊を先頭に立てて進撃を始める。その様子はヴェスタニア軍も目の当たりにしていた。


「来たぞ!魔法師団、攻撃開始!突進を阻止した後に弓兵隊は射撃!第2軍団は敵左翼、第3軍団は敵右翼の側面に回り込み、横に陣を広げる形で迎え撃て!」


 ザイドリッツは即座に指示を出し、従軍魔導師は一斉に攻撃魔法を放つ。その射程は500メートルを超え、騎馬を数騎吹き飛ばした。しかし大半は騎兵に混じって突撃する従軍魔導師の防御魔法によって弾かれ、ぐんぐんと距離を詰めていく。


 敵はまるで波の様に押し寄せ、騎兵が先陣を切って突撃を仕掛ける。ブラウアドラー騎兵は高名な貴族と魔導師がその役を担うといい、恐らく戦功を欲して勝手に突撃してきたのだろう。


「騎兵及び従軍魔導師、こちらに向けて突撃を仕掛けてきました!」


「第2小隊、遠距離攻撃で迎撃!敵魔導師を撃破してから歩兵への援護を行う!」


 魔導師達は攻撃魔法を投射して、突撃を仕掛ける敵魔導師を騎馬もろとも吹き飛ばす。その軍勢の両翼では、セヴェリア軍の戦闘団が自動車で展開していき、圧倒的兵力でヴェスタニア軍を呑み込もうとしていたブラウアドラー軍の歩兵部隊と騎兵部隊を待ち受けていた。


「な、何だあの軍勢は!?」


「撃て!」


 クラーヴェチの号令一過、T-54中戦車は横並びで進み、一斉に砲撃。数十発もの85ミリ榴弾が歩兵軍団に叩き込まれる。旧ソ連軍のT-44中戦車に酷似しているこの戦車は、分厚い皮膚を持つ大型の魔物を狩るのに長けた火力を有していた。


 しかもその中には、ZSU-64自走高射機関砲もいた。この自走砲は4門の30ミリ機関砲を装備しており、敵航空機を一撃で撃墜出来る火力がある。そして今回の場合、数千もいる歩兵を薙ぎ払うのに有用だった。


「中隊、突撃!魔導師を優先して殺せ!」


 さらにそこに、空間騎兵も突撃を敢行し、至近距離で短機関銃をばらまいて数人を薙ぎ倒し、カタナ・メーチより光波の斬撃を飛ばして斬り伏せる。そして先頭を進む戦車の車上に軍旗が翻り、そこでブラウアドラー軍は敵兵に多数の狼人族も視認して理解した。


「な、セヴェリア軍だと!?こんな話、聞いてないぞ!」


 この日、戦線全てにおいてヴェスタニア・セヴェリア連合軍とブラウアドラー軍は前面衝突。しかしセヴェリア軍の砲火力は12万もの大軍をたった一日で半分にまで減らし、史上稀に見る大勝を果たしたのだった。


・・・


大陸暦1568年8月4日 ハイデン地方


 その日の深夜、ヴェスタニア軍の陣地は、騒乱に包まれていた。


「な、何だ…!?」


「て、敵襲ー!」


 突如として各地に魔物が出現し、ヴェスタニア軍の野営陣地に襲い掛かる。


「何だ、あの魔物は!?魔法を撃ってきやがったぞ!」


「背中に載せているモノは何だ!武器なのか、アレは!?」


「くそっ、魔物が一体何処から湧いて出てきたんだ!」


 パウエルは悪態をつきながら、攻撃魔法で狼の魔物を吹き飛ばす。その魔物達は背中に旋回式機関銃を背負っており、迎撃する将兵に多大な出血を強制させていた。


 この夜の襲撃により、ヴェスタニア軍は1万人近くが死傷。兵力の1割を失う事となる。しかしその一方で、ブラウアドラー国内ではそれ以上の惨禍が起き始めていた。

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