第14話 夏休みと義勇軍

大陸暦1568年7月1日 ヴェスタニア王国首都ボーンシュタット 高等魔法学院


『…先の痛ましい事件がありましたが、私達はこの悲劇を繰り返さぬ様に、優秀な魔導師を目指している事を、今一度改めて理解するべきなのです』


 魔法学院の講堂にて、学院長は生徒達に対して講談を述べる。7月始めから8月末までの約2ヶ月は夏休みの期間であり、私達一年生には故郷への帰郷が許される。まぁ私は少しでもヴェスタニアの事を学ぶために、このままボーンシュタットに残るんだけどね。


『…また、最近ではブラウアドラー帝国が軍事侵攻を目論んでいるとの噂も耳にしている。君達生徒が徴用される可能性は低いが、この学院にて魔導師を志した者は、有事には国家に尽くす義務を果たさねばならない事を努々自覚する様に』


 その言葉を結びに学期終業式が終わり、私達は校舎の廊下を進む。とその時、アルが数人の人々の集まりに気づいた。


「あれ、狼人族の人がいる。誰だろう?」


 アルが指さしたのは、黒い髪に耳、そして黒い尾を持つ男性だった。そして彼は私にとって見知った存在だった。


「あ、兄上!お久しぶりです!」


「む、その声はアナスタシアか。久しいな、元気にしていたか?」


 そう挨拶を交わすなり、ノルファティ兄上は私の頭を撫でる。私の17歳年上の兄であるノルファティ・ウラヴァ・セヴェリアは、セヴェリア皇太子に陸軍少佐と複数の肩書を背負っている多忙な人だ。故にこの場にいるのも、仕事の都合だろう。


「兄上は如何様な理由でこちらに?父上に代わって私の様子でも見に来られたのですか?」


「いや、それとは違う。アナもニュース等で耳にしている筈だが、ブラウアドラーがヴェスタニアに対して戦争を仕掛けようとしているらしい。お前が徴用される事のない様に釘を刺しに来ただけの事だ」


 兄上はそう説明してから、アルに握手を求める。そう言えばこうして顔を合わせるのは初めてだっけか。


「君が英雄の息子アルトゥル・ポーター君だね。私はノルファティ・ウラヴァ・セヴェリア。腹違いの妹が大分世話になっている。父から聞いたよ、転移魔法の発明者なんだって?」


「は、初めまして…皇帝陛下から俺について聞いているんですか?」


 握手を終え、ノルファティ兄上は頷いて答える。兄は父に並んで新しいもの好きで、ヴェスタニアと国交を結んだ後は大使館経由で多くの魔術書を購入。この国の魔法を独自に研究して論文までも出している『魔法ヲタク』としても知られていた。恐らく父経由で転移魔法も会得している筈だ。


「しかしだ、アナ。お前がこの国で叙勲を受けるとはな…やはり辛かっただろう?魔人と化したとはいえ、同級生を手にかけたのだから…」


「…兄上、私がその様な悲劇で屈するとでもお思いでしょうか?魔導師は時には危険と接する事もある職業です。兄上だってご存じの筈でしょう?」


 兄の気づかいの言葉に、私は答える。それにこの直後、同級生を魔人に変えた犯人とも戦っているし、今思い悩み続けていてもしょうがない。それぐらい割り切る事が出来なければ、祖国では寒い大地の雪の中に埋もれる事になるのだから。


「…それと、恐らくですが犯人は取り逃がしてしまいました。アルと共同で魔法攻撃を仕掛けた際、空中で大爆発が起きました。あの光を用いた攻撃ではありえない現象です。今頃は何処かへ身を晦ませている可能性も…」


「そうか…私はこの後、再度政府と会談をする予定となっている。軍に徴用される事はないと言えど、用心しておけよ」


 兄上はそう言って、その場から立ち去っていく。私はそれを見送りながら肩をすくめた。


「…皆、いきなりごめんね。まさか兄上が学院に顔を覗かせに来ていたとはね」


「いや…しかし、君の兄上は本当にティムジン陛下にそっくりだな…本当に兄妹なのか?」


「腹違いの、だけどね。しかも兄上の上に姉が一人いるし、私もこう見えて弟が一人いるからね。実際に家族と出会ったら皆、びっくりするんじゃないかしら?にしても、戦争か…」


 父曰く、大陸西方で最後に国家間の戦争が起きたのは10年前だという。魔人との争いや、祖国とコサキアとの間で繰り広げられた戦争は、これ以上の戦火拡大を思いとどまる契機となったからだ。その平和な時が再び破られる可能性が出てきたのだ、父に兄も気が気でならないだろう。


「私も一応アルから転移魔法を教えてもらっているけど、同級生の皆を見捨てて祖国に戻るというのも嫌ね…どうか直ぐに戦争が終結するといいんだけれど…」


・・・


大陸暦1568年7月11日 ヴェスタニア北西部 港湾都市フリードリヒスハフェン


「やれやれ…まさかこんな形でこの国に来る事となるとはな」


 港湾部でアレクサンドル・クラーヴェチ大佐はそう呟きながら、ヴェスタニアの街並みを見回す。


 今回、セヴェリアは遠き友邦ヴェスタニアを助けるべく、非公式ながら義勇軍を派遣する事を決定。数日の議論の結果、中でも機械化の進む第1狙撃兵師団と、新編されたばかりの第10戦車師団から諸兵科混成の戦闘団を抽出・編制。最新型貨物船を用いて4000人規模の『義勇軍』を送り込んでいた。


 近代的な埠頭に錨を降ろす貨客船と貨物船から、クレーンを用いて大量の物資が降ろされていく。近くの浜辺には4隻の戦車揚陸艦が着岸し、艦首のランプハッチを開いて多数の車両を降ろしていた。


「しかしあの揚陸艦、この後直ぐにリニスクにとんぼ返りして、義勇軍部隊の残りを運んでくるのだろう?大変だねぇ」


「我が国とヴェスタニアの間には鉄道が通せないですからね…まぁここまで装備でバレバレなんです、敢えて開き直っていきましょう」


 ブラウアドラー帝国の海上戦力は確かに強大だが、全力で逃げるセヴェリアの貨物船に追いつける程の速力は出ないし、何なら運んできたのは自衛用の装備を有する揚陸艦である。そしてセヴェリアを攻めようにも、その間にあるコサキアをどうするのかが問題となるし、コサキアがブラウアドラーと手を組む可能性は非常に低い。


「にしても、少数とはいえT-54が2個大隊に、自動車化狙撃兵が2個大隊か…これと相対する事になる帝国軍、発狂する者達も現れるのではないかな?」


「船を用いて外征する事の出来る、最大規模がこれだそうです。まぁ『銃1丁で魔導師5人分は働ける』でしょうし、砲兵部隊も含めてやり様はありますよ」


 『銃1丁で魔導師5人分は働ける』とはセヴェリア流のジョークである。これは従軍魔導師が攻撃魔法で一人倒すのに10秒は掛かるところ、セヴェリア製のボルトアクション式小銃であれば10秒で5発撃てるため、当たれば5人は倒せるというものである。狙撃兵大隊に属する歩兵が1個当たり400人程度なので、2個大隊で4000人は確実に倒せるだろう。


「まぁ、鉄道はヴェスタニアから借りれるし、通信手段も確立している。私達はただやるべき戦いで勝ち、勝利を導くのみだ」


 クラーヴェチはそう呟きながら、1本の紙巻タバコを咥えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る