第13話 迫る戦争の気配

大陸暦1568年6月22日 セヴェリア首都リニスク リニスク城東部区画 軍統帥本部


 この日、俺はリニスク城の東部区画にある軍統帥本部で、軍上層部や国家保安局から報告を受けるべく御前会議に臨んでいた。


 前世の日本でいう国家安全保障会議に類するタイプの御前会議は、基本的に軍務省と隣接する軍統帥本部の施設で行う事が多い。基本的に軍隊が活躍する事になる事案を取り扱うからな。そしてすでにロケットの打ち上げ実験は成功し、この世界をより深く知るための人工衛星を打ち上げる計画も進んではいるが、生憎高空から地上を常時観測する技術は完成していない。


 よって仮想敵国の情報収集は、軍の情報本部と国家保安局の調査部隊に行ってもらっているんだが、今回はかなりヤバい情報を得たらしい。


「現在、ブラウアドラーに潜入させている諜報員からの報告によりますと、国内にて物資の徴発と特定地域での生産の拡大、そして自国民の徴兵が活発化しており、戦争の気配を察知したとの事です。また第三国より密輸したと思しき自動車を用いた、物資の大量輸送も確認されており、準備はこちらの想像以上に進んでいる模様です」


「事態は想像以上になってきている、という事か…」


 ブラウアドラーの動きは、割とバレバレだった。我が国とヴェスタニアが船舶を用いて盛んに交流している事にイラつきを覚えたのか、我が国が安全保障の観点からコサキアに売った大砲を載せた軍艦を、領海付近に展開させて威嚇をしてきていた。とはいってもその大砲は前装式の古臭いカノン砲で、こちらは自動で砲弾を装填できる速射砲を実用化させているのだから、技術流出しても十分に対処できるのだけどな。


 だがその軍艦は、北方向に突き出ているユートラント半島の西側に優先的に配備されているという事が問題だった。兵員や物資を大量に運べる上に、重量物を運べる大型ボートも積載可能な輸送艦も大量に配備しているという時点で、ヴェスタニアを武力で征服する魂胆が見え見えだった。


「ヴェスタニアはこの動きに対して、どう対応している?」


「はっ。先ず沿岸部の『攻撃塔』を増強し、迎撃能力を強化しているとの事です。さらに西部方面軍の一部も移動させ、迎撃準備を整えているそうです」


 ここで、ヴェスタニアとブラウアドラーについて、比較をしておこう。先ず人口であるが、ヴェスタニアは凡そ3900万人に対してブラウアドラーは4200万人。ちなみに我が国は3300万人だ。次いで兵力はと言うと、ヴェスタニアは18万人でブラウアドラーは36万人と倍もの差がある。


 しかし全方位に向けて平和的な関係を維持する事を努力しているヴェスタニアと違い、ブラウアドラーはコサキアや南の国々に対しても敵対心を見せており、その分いち方面に差し向ける事の出来る兵力は少ない。特にコサキアは『コサキア騎兵は高貴なブラウズ騎士に討たれるよりも、野蛮な狼人族の戦士に討たれる事を誇りとする』という格言が生まれる程にブラウアドラーを敵視している。


 だが、問題はブラウアドラーの海上戦力が急激に発展しているという点だ。軍情報本部の調べでは、ヴェスタニア海軍の戦力が大型バリスタで武装したブリッグ船が24隻に対し、ブラウアドラー海軍は武装をバリスタからカノン砲に換装したガレオン船16隻、同様に大砲で武装したフリュート船32隻を配備している事を公言している。揚陸艦も含めれば100隻には届くだろう。


 そのため海上からの侵攻に備える形でヴェスタニア軍は、巨大な魔法の杖ともいうべき攻撃魔法投射設備『攻撃塔』を沿岸部に設置。数人の魔導師によって運用される塔からは、帆船を火だるまに出来る火力の攻撃魔法が投射でき、その射程距離は1000メートルを超える。だがカノン砲の性能も地道に強化されていると考えると、不安材料は残る。


「ブラウアドラーがここまで派手に動きを見せてきているとすると…コサキアの方はどうだ?」


「コサキアの方は静観を決め込んでおります。西部方面に多少は軍を移動させている様ですが、ブラウアドラーと事を構えるには少ないので、あくまで牽制でしょう」


 コサキアの人口は凡そ2700万人で、兵力も15万人と人口に比して多いが、この国は我が国はもちろんの事、ブラウアドラーや南のダキアとも領土問題を抱えている。我が国との貿易で多少は軍事力を増強させていると言えども、兵数で圧倒しているブラウアドラーに対して『不意打ち』を仕掛けられる程の余力はない筈だ。


「参謀総長、此度の戦争は単なる小競り合いで終わると思うか?」


 俺は国軍統帥本部長のジョチ・ウラヴァ・トロズ大将に問う。彼はセヴェリア建国以前より現役を貫いている狼人族の戦士で、同じウラブ出身であるためミドルネームに『ウラヴァ』を含んでいる。


「ワシはそうは思いませんな。ヴェスタニア国内で魔物が大量発生し、挙句の果てに魔人が再出現したこのタイミングで戦争の準備…強欲な青鷲の王は西の広大な地を呑み込むつもりでしょう」


 俺は小さく唸りつつ、統帥本部付き士官として参席している息子のノルファティに目を向ける。ノルの奴にはすでに、アルトゥル君発明の転移魔法を教えてある。


「ノルファティ少佐、会議が終わり次第セヴェリアに向かってくれ。いち友邦の存続に関わる事だろうからな」


・・・


ブラウアドラー帝国 帝都ブラウスタット


 青い屋根瓦の街並みが印象的な帝都ブラウスタットの中央、宮殿の存在するルドルフ城の会議室で、皇帝オットー・フォン・グロムシュタインは臣下達を集めて会議を開いていた。


「偉大なる皇帝陛下、間もなく我が軍はヴェスタニアの腑抜け共に対して進軍を開始いたします。兵力は予備役及び新規徴兵により6万を追加で確保し、計24万をヴェスタニア征服に動員致します」


「フム…これならば忌々しいヴェスタニアも一瞬で併呑できよう。しかし、南と東は大丈夫なのか?」


「そちらは予備役より招集した軍を張り付ける事で十分に対応可能です。またダルマティア・コサキアはヴェスタニア同様魔物の被害で手をこまねいており、我が国にちょっかいをかける事は出来ないでしょう」


 軍人の一人が、円卓に広げられた地図に置かれる駒を魔法で操作しながら、皇帝に説明を行う。何せ過去最大規模の大兵力でヴェスタニアを征服するというのだから、気合の入り具合は半端なものではなかった。


「まず、国境線全域に張り付ける形で21万の兵力を展開。さらに別個に1万5千の兵力を海上より侵攻させます。余る1万5千ですが、こちらは皇帝陛下直属の戦力となります。対するヴェスタニア軍は18万の貧弱な兵力を国境線全体に展開せねばならず、戦線各所での会戦で間違いなく磨り潰せることでしょう」


「クックックッ…余の偉大なる親征を彩るには十分たる兵よ。我が帝国の威光を此度の征服で見せつける事が出来れば、フラリアの老人どもも腰を抜かすだろう」


 グロムシュタイン帝は薄気味悪い笑みを浮かべながら呟き、周囲の者達も同様に笑う。その様子を一人の男は、随分と白けた表情で見つめていた。


・・・


「義勇軍、か…」


 ボーンシュタットの王宮にて、フリードリヒ大王は呟く。その目前にはノルファティ皇太子の姿。


「此度の危機、父は深刻な危機だと捉えております。故に貴国に対して少数ながら義勇軍を派遣し、貢献を形で示そうというという運びと相成りました」


「ふむ…表だって参戦は控え、しかし的確に我が国の助けになれる形で支援するか…肝心の兵力は?」


「はい。先ず第1狙撃兵師団より1個狙撃兵連隊を抽出。先発隊も向かわせ、貢献を示す予定です。重装備は直ぐには持ち込めませんが、必ずや援軍に足る働きを見せましょう」

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