第11話 セヴェリアの魔法と科学

大陸暦1568年6月7日 ボーンシュタット市郊外 高等魔法学院


 この日、私とアルは何とか『双頭の鷲』の教室に辿り着いていた。何せ24年振りに出現した魔人を討伐した『英雄』なのだ、他の生徒達がサインやら握手やらを求めて来てくるのである。


「ポーター様、こっちを向いて下さいまし!」


「アナスタシア殿下、この私めに剣術の指南を!」


「アル様、私と結婚して!」


 私とアルの周りを、百人超の生徒達が取り囲み、揉みくちゃにしてこようとする。まさかこんなに大人気になるとは、予想外としか言いようのない。ただこちらにとって嬉しい誤算だったのは、いい方向で私達に味方してくれる人達もいた事だ。


「貴様ら、皇女殿下のご登校を邪魔するつもりか!尊敬するなら邪魔をするな!」


「アルトゥル様の行く手を阻みたければ、私を倒してからにしなさい!」


 ファンクラブを名乗る生徒達が文字通り盾となってくれたお陰で、どうにか無事に入る事が出来たものの、これは流石に面倒過ぎるわね…。と教室に入ると、そこには二人の見知らぬ男女の姿があった。


「あっ、おはようございます!本日よりAクラス学級から『双頭の鷲』に移りました、ゲオルグ・クラップと言います!よろしくお願いします!」


「同じく、オルトリンデ・ビルケと言います。これからよろしくお願いします」


 二人は挨拶をし、私も応じる。まずゲオルグはヴェスタニア随一の工房であり、今ではボーンシュタットを走る鉄道やバスの修理と整備を担う企業となっているクラップ社の御曹司で、近年ではフリードリヒスハフェンの造船所と合併して、蒸気船の試作やら鉄道の国産化に挑んでいるという。


 次いでオルトリンデの実家は、ボーンシュタット市内にあるレストラン『白樺亭』の店主の娘で、元王国軍従軍魔導師だった店主の魔法で絶妙に焼かれたハンバーグステーキが名物だという。近年ではミスルより伝来してきた野菜や果物を用いて新メニューを開発しており、この国の食の進化は止まりそうにない。


「あの、アナスタシア殿下、よろしいでしょうか?殿下の国では『科学』という学問と、それを用いた技術が盛んだとお聞きしました。殿下も科学について詳しいそうですが、本当ですか?」


「へえ、そこに興味を示す人なんて初めてね。まぁ、せっかくだし、魔法と絡めた話でもしようかしらね。今後のヴェスタニアにとってかなり必要になってきそうだし」


 という事で今回は、教室の皆に対して、私が特別講義を行う事とした。それは『光学迷彩魔法』の授業だ。特にこの技術はアルが興味ありそうだし、何より今後必要になりそうだからね。


 手始めに氷魔法でプリズムを作り、机の上に置く。そして窓のカーテンを閉めて暗くすると、光魔法でレーザー光を照射。光は分散し、虹色の輝きを放つ。


「凄い…光が様々な色に…」


 氷のプリズムから虹色の光が発せられるのを見て、ヒルデが目を丸くする。その表情を浮かべる者は多かった。


「凄いでしょ。光って一つの眩しい色なんじゃなくて、様々な色が組み合わさっているの。虹が様々な色で輝いて見えるのも、元々はお日様の光は色んな色が集まって出来ているからなのよ」


 西側では『全ての理は魔法で成せる』という考えが強いが、魔法はあくまで日常生活の補佐であった狼人族では異なる。魔法に依存しない生活を長く続けていた遊牧民族が祖先である狼人族では、『森羅万象は神々のもたらした事象』だと考えている。そして父は一歩踏み込んで、『我々は神の事象をより深く理解し、文明として利用していく事が出来る』と主張した。


 そこから、セヴェリアの科学は始まった。父が元々は『魔法の存在しない世界』に生きていた事も大きいが、父は自然現象の具体的な仕組みや、科学で起こせる事を説明するのも上手かった。建国から28年が経ち、かつて父から教えを乞うていた者達は祖国の学校で科学を教える立場にある。祖国は確かに魔法では西に劣っているものの、ヴェスタニアをも圧倒的に凌駕する分野として誇れる学問と技術がこの科学であった。


「こんな事、中等学院は愚か、初等学院でも教えてもらいませんでした…!日の光なんて当たり前にあるものなのに…どうしてこういう事に詳しいのですか?」


「私の国では初等学院で簡単に学んで、中等学院で本格的に学ぶのよ。特に私は父があの大王だからね。友人も父と一緒に蒸気機関や飛行機を開発した技術者が多いし」


 父曰く、ヴェスタニアに『科学』の概念が定着し始めたのは本当にここ数年前からだそうだ。これまで魔法で何でもできると思っていたところに、蒸気機関車や自動車といったこれまで思いつきもしなかったモノがセヴェリアより流入してきたのだ。それらを万全に使いこなせる様になるために、科学を学ぼうと努力する者達が増えてきたという。


「話を戻すけど、以前の模擬試合の事を覚えてる?私は一瞬で姿を消して、一瞬でカールの背後に現れた時の事を。アレも光の魔法が関与しない特性を使う事で、目で見る事が出来なくしてたの。それを維持するための魔力でバレやすい欠点があるし、炎魔法で簡単に剝がされるけど、視覚ばかりに頼る相手に対しては有効的よ」


「あの魔法、そんな仕組みだったのか…アルは気付いていたか?」


「索敵魔法で何とか、といったところだな。しかもご丁寧に、広範囲に魔力を帯びた雪の結晶サイズの氷をばらまく事で、アナの位置も大まかにしか把握できなくされてたよ。何気に索敵魔法に対する対策も万全だったのが驚いたな」


「ええ。元々はコサキアとの戦争で、相手の将軍を暗殺するために開発された魔法だからね。特に私の祖国は雪国だから、雪原に紛れて周囲の雪に魔力を帯びさせ、魔法で起こした吹雪で姿を隠しながら奇襲を仕掛けるために、ジャミング魔法に注力していたのよ」


 今日こんにちでは流石にコサキアも、索敵魔法の探知範囲と精度を向上させる、レーダーに似た魔法具を開発した事でその優位性は崩れてきているけど、これにはヴェスタニアの皆もただ驚愕するばかりだった。思えばセヴェリアの魔法って基本的に、戦闘で如何に敵を上手く殺すかの方向に発展しているかもしれない。


「なんというか…アナさんの国って戦争に慣れているんですね…」


「戦わないと明日を掴めない様な場所にある国だからね。だからこそ父はこの国と平和的に国交を結べた事を素直に喜んでいたわ。確かに科学ではどの国よりも先行しているけど、全てが科学だけで解決できるわけじゃないから、先進国であるヴェスタニアと良好な関係を築ける事は、祖国にとって非常に有益な事なの」


 私はそう返しながら、魔力で状態を維持しているプリズムを一瞬で消し、カーテンを開けた。


・・・


同日 ボーンシュタット市内


 所変わって市内にある邸宅の一つ。内務省警邏局けいらきょくに属する警邏局員のパウロ・マルクスは部屋の一室で一人の男と対峙していた。


「息子さんの事…心中お察しします、シュタイナー伯爵。奥様は今どちらに?」


「今は心労で寝込んでいる。私も寝込めるものなら寝込みたいが…そうもいくまい。事情聴取だろう?…始めてくれ」


 そう答えるヨハンの表情は暗い。無理もない。自身の嫡男が魔人となって同級生を殺そうとしたというのだ。しかもその際、腕が6本に増えるという異形の姿になり果てたのだ。事件の翌日、ティムジンとアナスタシアの親子二人が謝罪をしに参ったが、それでも家族の傷が癒える事はない。


 そのため、マルクスは慎重に聴取を進める事とした。幾つかデリケートな部分に触れながら調べる事となるためである。


「では、失礼を承知でお聞きしますが、息子さんは昔から横柄な性格だったのですか?」


「馬鹿を言うな…多少、気位は高かったが、『民は守るもの』という騎士としての意識は持っていた筈だ。あの様な態度、先日が初めてだった」


 この話は中等学院の教師達や、同級生だった者達からも聞いている。故に入学直後のあの変貌ぶりにはほぼ全員が驚いていた。そしてマルクスは高等魔法学院に入学した直後のカールの様子について、思うところがあった。


「そう、ですか…ですが高等学院入学直後の息子さんの様子は、まるでブラウアドラーの貴族の様な印象が強く思えました」


「…確かに。ブラウアドラーの貴族にとって民とは搾取の対象…『貴族に非ずんば人に非ず』という様な輩ばかりだからな…」


 大陸北西部のうち、未開の大地と極寒の雪原ばかりが広がる辺境セヴェリアに最も近い場所とされたオストボーデン地方は、数百年前までは多数の小規模国家が入り乱れる場所だった。その中でも有力な貴族達が糾合して出来上がった貴族共和制国家がブラウアドラー帝国の前身である。


 やがて時が流れ、有力な大貴族の中から持ち回りで『選帝侯』が選ばれる政体となり、これら国家成立を最大の成果と誇る貴族達が『自分達は神に選ばれた偉大なる存在だ』と国家の支配者として君臨する事となった。そのため貴族に従う事を強制される立場に置かれる平民や農奴はまともな扱いをされず、貴族の生活の為だけに働く事を強制されていた。


 その振る舞いは大陸西部の多くの国々の顔をしかめさせるものであり、大陸西部で広く信仰される宗教であるケレウス教会の総本山からも度々破門をちらつかせて態度を戒める様にしていた程である。カールのこれまでの言動はそのブラウアドラーの貴族を彷彿とさせるものであった。


「…息子さんがブラウアドラーの者と接触した事は?」


「…中等学院の教師に、元ブラウアドラーの者がいたな。受験の時にも家庭教師をしてもらった事がある。それに、妻から聞いた話なんだが…カールの死んだ日の前日にも、その教師がカールを尋ねてきていたらしい」

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