第10話 血塗られた名声

 戦闘の後、私達は校舎内を移動していた。外では未だにざわめきが聞こえてくる。無理もない。つい数分前まで私達は、魔人と殺し合いをしていたのだから。


「大丈夫ですか、アナさん…」


「ええ…大丈夫よ。祖国では割り切る事の出来ない人は死に方を選べないと、よく言われてきたから。どのみちあんな姿になったのよ。人として死ぬ事が出来なくなる前に、せめて人として最期を迎えられる様にするのが正しいわ」


 ヒルデは私に向けて優しく声をかけてくれるが、生憎私は生半可な思いで父から剣と銃をもらった訳じゃない。大地を力で制する大国の皇女に生まれた以上、この手を血で汚す覚悟なんてとっくの昔に出来ている。多くを救うために時には非情を以て覚悟を示す事も、皇族の務めであった。


「皆、大丈夫か…!?」


 すると、エッケナー先生が不安そうな表情で駆け付けて来て、私達に声をかけてくる。いち教師として心配になるのも無理はない。


「大丈夫です、先生。皆無事です」


「そうか…本当に良かった…」


 エッケナー先生は安堵しながら胸を撫で下ろし、しかしアルは厳しそうな表情のまま話しかける。


「…先生。それに皆、聞いてほしい事がある。先ずは教室に戻ろう」


 そうして一度教室に戻り、一同は席につく。とアルが演台に上がり、話を始めた。


「皆、聞いてくれ。今回の騒動、最初から最後まで違和感ばかりを感じた。まずカールの行動自体が過去の様子から見ても不自然過ぎる。学院での権力行使が禁止されているのは誰だって知っている事。なのに、何度もそういう事をしてきたのは皆も知っている事だと思う」


 確かに。あれだけ身分に拘る者が、忠誠を示すべき相手であるヴィルから何度も注意を受けていて態度を改めようとしないのは違和感がある。それに中等学院では他国の王族にも敬意を払う様に教えられるという。であれば皇女たる私にも貴族として誇れる姿勢をする筈だ。


「…で、ここからが俺が一番感じた違和感。謹慎中だったカールがあそこに現れたのも謎だけど…あんなに簡単に魔人化なんてするものなのか?」


 アルの言葉に、一同ははっと目を見開く。24年前にヴェスタニアに災禍を招いた魔人は、長年鍛錬を積んだ高位の魔導師が難易度の高い魔法の実験と行使に失敗して魔力が暴走。その果てに生まれたと言われている。もしも単なる魔力の暴走であれば、その事故でこの国は魔人だらけになっている筈だ。


 そこで私は、以前父や知り合いの魔術師から聞いた、狼人族に伝わる昔話を思い出す。それはある戦士と魔術師が、魔物を倒すために自らの身体を魔法で改造したという話。そしてその技術は30年近く前に完成し、軍で試験的に導入されたという。とそこで、私はアルが何を言いたいのかを察した。


「…まさかと思うけどアル、『そう思った』の?」


「ああ…アレは自然に魔人になったんじゃない。誰かに意図的に魔人に変えられた。しかも、人体改造の類が施された可能性が高い…!」


「なっ…!?」


 その言葉に、皆は驚く。魔法で失敗して魔人になるぐらいなら分かる。しかし魔力を増やそうとして腕が増えるなんて想像すら出来ない。となれば腕が増える様に意図的に仕組まれたと見るのが妥当だ。


 となると、後は犯人が誰なのかを調べてもらうべきだ。そこで私はアルに提案をした。


「…アル、直ぐに陛下とアルバート氏の下に行って、この推測を伝えよう」


・・・


「大使館から大体の話は聞いたが、大分大変な事になった様だな」


 アルトゥル君より教えてもらった転移魔法で早速駆け付けた俺は、王宮の応接間でフリードリヒ国王やアルバート氏から、高等魔法学院で起きた『事件』について聞いていた。


 24年前、ヴェスタニアを混乱の最中に陥れた存在である『魔人』。それが今年になって突如として学院生徒の中から現れたというのだ。これ以上の混乱を避けるために箝口令が敷かれているというが、『留学生が学院生徒を殺した』なんて噂が沸いて出てきたら大事おおごとなので、表向きでは『学院内に魔人が現れ、生徒に危害を加えようとしたため留学生が応戦。これを退治した』と伝えられている。


 だが、俺はこれがカバーストーリーである事を知っていた。実際は学院の生徒が突如として魔人に変質し、アルトゥル君とアナを狙って襲撃。二人はこれを撃退したという事だ。


「しかしだ。これに対して政府はどの様に対応するつもりか?」


「うむ…過去の慣例ではポーター夫妻に対し、『双頭鷲長剣勲章』を授与した。よってこの流れでいけば、アナスタシア殿下にも同様の勲章が授与される事となるが…あの場所にはアルトゥル君もいたし、彼も戦闘に参加していた…ここが難しいところなのだよ」


 そう答えるフリードリヒ国王の隣では、アルバート氏が険しい顔を浮かべている。魔導師としては規格外の実力を持つアルトゥル君が政治利用される事を憂いているのが分かるが、かといって何の功績も与えずにいれば、『国は英雄の子を軽んじるのか』という批判が噴出するのも確実。為政者として難しいものだ。


「これは…厄介な事になってきたな…フリードリヒ国王、授与の際にはアルトゥル君を政治利用する事はしない事を公言してもらいたい。私の娘も言うまでもない。特にフラリアはこの事を気にするだろうからな」


「承知しました。フラリアは貴国をまだ国交がありませんからね…私も一国の王として、然るべき態度を示しましょう」


 相手がそう答えてきた直後、転移魔法の『門』が浮かび上がり、アルトゥル君とヴィルヘルム君、そしてアナが現れてきた。彼らの表情は真剣だった。


「親父、それにリッヒおじさん。少し話がある」


・・・


「人為的に、だと…!?」


 アルトゥル君とアナの説明に、フリードリヒ国王は驚く。まぁ魔人が他者によって人為的に発生させられたものなど、想像もつかないだろう。だが俺は、建国直前の計画で、過去の魔術師が試みた事を再現した事がある。それは『愚行』の二文字が似合い過ぎる結果を招いたために凍結したが、同じ発想に至った者が西にいた様だ。


「魔力ドーピング、か…別種の魔力を注入させて身体能力を増強させる、手術の類に入るものだが…少なくとも西の国々ではやり方すら知られていない様な手段だ。しかもアナからの話によれば、人の姿を半ば失いつつあったと聞く。自然的に起きたとは考えにくいだろう」


「成程…しかし、一体誰がその様な非道を働いたというのか…重要なのはそこになるだろうな」


 フリードリヒ国王の言う事は最もだ。そして俺はアナの方に目を向ける。彼女もこの場に漂う空気から、自身の行いの重要度を理解していた。


「…アナ、お前は祖国セヴェリアにとって誇るべき人物となりつつある。しかも留学先で勲章をもらう事となった。だが、その勲章には魔人の血がこびりついている事を自覚しておいた方がいい」


「…承知しておりますわ、父上」


 娘はしっかりと覚悟を決めてくれていた。全く、強い娘に育ったよ。とはいえ、娘が手を汚す事となった今回の事態が『事故』ではなく『事件』だとしたら、これは厄介な事になってくるだろう。


「…分かった。軍と魔導協会に転移魔法のやり方を教えた者がいる。彼らを派遣して調査に協力させよう。それと箝口令も徹底しなければならん。シュタイナー伯爵家にも、我が国から色々と支援の手を回しておこう。大蔵省を辞めた後の身の振り方は彼らが最も求めている事だろうからな」


 今回の一件で、ヨハン・フォン・シュタイナー伯爵は我が国の財務省事務次官に当たる職である第二大蔵卿を辞任するという。家全体での失態だと見ての決断だろう。彼らには当面の生活を支える財産と、王家からシュタイナー家に与えられた領地からもたらされる収入があるが、それらは永遠に続くわけではない。俺は最も理不尽な目に遭っている者達を救いたかった。


 しかし、一つの家族を不幸にし、俺の娘に害を成そうとした真犯人は誰なんだ…?


・・・


 ヴェスタニアとは異なる場所、薄暗く広大な空間で、二人の白衣姿の男は話し合う。


「ある程度、データは揃ってきたな。しかし、『第二案』を優先して進めてくれなどとは…それ程までに『第一案』に信頼を持てないのか、彼は…」


「代表もご存じでしょう?彼の『過去』を…彼はこの世界の全てに絶望を抱いております。であればこの国だけでも理想的な『人類』によって支配されるべきだと…今彼が求めるのは、既存の人類を超えた人類なのです」


「そして、それらに適した技術も、か…『魔獣』の生産も進んでいる様だし、後は彼にこの『試作型』を届けるだけか…」


 代表と呼ばれた男はそう呟きながら、半透明の液体で満たされたカプセルに視線を移す。その内部には、一人の少女の姿が浮かんでいた。

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