第9話 襲撃

国暦28年6月3日午後 セヴェリア国西部 コサキア国境地帯


 この日、セヴェリアとコサキア王国の国境地帯には、数千人規模の将兵と数百両の車両が集まっていた。その部隊を率いる指揮車内にて、セヴェリア皇太子のノルファティ・ウラヴァ・セヴェリアは数人の将校達とともにあった。


「現在、このコサキア国境地帯には多数の魔物が発生しており、軍は現地の猟師及び魔導師と協力して駆除を進めております」


 陸軍第1狙撃兵師団を率いるウォロジミル・カロポトフ中将はそう言いながら、猪肉とジャガイモをトマトピューレで煮込んだスープが入った缶を持ち、スープで口に運ぶ。未知の新大陸との航路を独占しているミスルを経由して、これまでに見た事の無い様な野菜が入ってきて十数年。中でもトマトとジャガイモはセヴェリアの特産品として根付き、セヴェリアの料理に新たな彩をもたらしていた。


「しかし、その数はここ数年の間に急増しており、産業省では魔力ドーピングによる強化付与で人為的に作られたものではないかと推測を立てております。中には自然発生では説明のつかない様な個体もおり、可能性は高いです」


「人為的に、か…ヴェスタニアでも同時期に魔物が大量発生する様になったと聞くし、関りはあるやもしれんな」


 ノルファティはそう言いつつ、スープ缶を手に取る。厳しい環境でも安定して将兵に食料を提供するというティムジン大王の信念は、他国に比して先進的な軍用糧食を完成させており、この国の誇りともなっていた。特に狼人族は魔物を狩って食料にしていた時期が長く、魔物に対する耐性も非常に高かった。


 とはいえわざわざ駆除で得た魔物を調理して食べる事はせず、大半は素材として使用可能な部位を得てから肉類は焼却処分。僅かな分をサンプルとして首都リニスクの研究所に送る事としていた。建国当初ならともかく、今は普通の人間も軍に多数在籍している。魔物肉は味が良くなく、普通の人間はお腹を壊しやすいため、食中毒を予防するための措置であった。


「だが、魔物とはいえ肉の大半を処分するのは勿体ないな…父は狩りで得たものは無駄なく使う様に言っていただけにな…」


「そう言えば殿下、魔物肉を食された事がおありでしたね。どんな味でしたか?」


「アレは日常的に食べたいとは思わないよ。父もあくまで普通の獣が狩れなくなった時の予備策として狩っていた事が多いと仰っておられたしな。アナの奴、ヴェスタニアでその様な事を話して、学友から遠ざかられていないといいのだが…」


・・・


大陸暦1568年6月4日 ヴェスタニア王国首都ボーンシュタット市内


 この日、ボーンシュタット市内の邸宅に、一人の男の姿があった。


「ホーエンハイム先生、お久しぶりです…!来て下さったのですね…」


 女性が不安そうな様子で話しかけ、ホーエンハイムは笑みを返しつつ屋敷内に入る。そして部屋の一つに入ると、そこには手足を縛られて椅子に固定されているカールの姿があった。


 ホーエンハイムは防音魔法を展開し、彼に近付く。


「随分と情けない姿じゃないか。一体何があったんだい?詳しく聞かせてもらおう」


「先生…!アイツらが、アイツらが悪いんだ…!アイツらさえいなければ、俺は…!」


 カールは呻く様に呟き、これまでの事を話す。ホーエンハイムは口角を吊り上げ、彼の頬に手を当てる。


「では、私から一つ贈り物をあげよう。これがあれば君は、望むものを手に入れられるだろう」


 そうして数分後、ホーエンハイムは部屋から出て来て夫人の方に向かう。


「如何ですか、先生?」


「大分、よろしくありませんね。時間をかけて回復を待つしかありませんでしょう。シュタイナー伯爵には私からも進言致しましょう。心神喪失状態の彼を厳しく処罰する事は有益な事ではない」


「ああ…ありがとうございます、先生…!」


 夫人は感謝の言葉を述べ、ホーエンハイムはにこやかな笑みを浮かべながら玄関の方に向かう。と、その時視線を感じ、目を向けた先にはアドルフの姿があった。


「おや、アドルフ君じゃないか。勉強頑張っているかい?」


「ホーエンハイム先生…兄は、大丈夫なんでしょうか…まるで、噂に聞くブラウアドラーの貴族みたいになってしまって…本当に不安です。病院に連れて行った方がよろしいでしょうか?」


「…君は優しいね、アドルフ君。だがセヴェリアはともかく、この国の病院はこの手の病には十分に対応できないだろう。今はそっとしてあげるといい。それが今の君に出来る事だ」


 ホーエンハイムは優しくアドルフの肩を叩き、邸宅を後にする。そして小声で呟いた。


「さて…上手く踊れよ、カール君?」


・・・


大陸暦1568年6月5日 高等魔法学院


 この日、私達は昼食の席にて雑談を繰り広げていた。


 国立高等魔法学院は政府より委託を受けた法人によって運営される官民一体型の教育施設であり、備品や施設の維持管理には政府の予算やOB・OGからの献金などが用いられている。食堂で出される食事も同様に、かつてここの卒業生だった貴族が、自身の領地で生産された農作物や畜産品を提供する事で、良質な食事を安価で食べられるのだ。


「そう言えばアル君とアナって、移動中いつも索敵魔法を使っているよね。あれはなんで?」


 エーリカの問いに対し、私は牛肉のシチューを口に運びながら言う。


「…ないとは思うけど、皆は魔物を狩った事はある?魔物って普通の獣と違い、明確に害意を向けてくるのよ。人の殺意がそれに近いかな?それに立場が立場だしね。用心に越したことはないわ」


「…アナさんって、魔物を狩った事があるんですか?」


「私は12歳の頃に、父と一緒に虎の魔物を狩った事があるわね。アルはどうなの?」


「俺は10歳の時に、一人でデカい熊の魔物を狩ったな。親父がかなり仰天してたよ」


 これには皆も絶句するか。というかアル、一人で熊の魔物を狩るとか、本当?これは確かに『規格外』呼ばわりされる訳だ。ついでに私は魔物の肉を食べていた事を話そうと思ったけど、魔物肉は食用には適していないという事を思い出して


 そうして昼食を終えて、私達は授業を受けるために講堂に向かう。とその時、索敵魔法が『害意』を拾った。アルの方も同様に、私とアルに向けて放たれる強烈な殺意を感じ取った様で、その方向に目を向けると、そこには今ここにはいない筈の人物がいた。


「アレは…カール…!?」


「えっ…」


 ヴィル達が呆気に取られる中、カールは即座に大きな火球を生み出し、そして私達に向けて飛ばしてきた。そこから私とアルの取るべき対応はすでに決まっていた。


「きゃあああああ!?」


「あ、アル、アナ!?」


「大丈夫、何とか防いだ!」


 私は即座に氷の壁を築き、攻撃を防ぐ。そうして改めてカールに目を向ける。その双眸は赤く染まり、瞳は金色に輝いている。この様な目つきの人など普通はいない。そして発せられる魔力は、余りにもまがまがしい。


「おいヴィル、アレは魔力の制御が出来ていると思うか?」


「…いいや。それに、あの姿は…まるで話に聞く『魔人』そのもの…!」


 魔人。24年前、ヴェスタニアを混乱に陥れ、ポーター夫妻によって討伐された怪物はその名で呼ばれていた。そして目の特徴は歴史の授業で聞いた魔人のそれだった。


「ヴィル、皆を避難させて!流れ弾が飛んでくる可能性もある!」


 私がそう指示を出した直後、新たな火球が飛来。私は氷の壁で防ぎ、しかしそこにカールが突っ込んできて、壁をパンチで砕いて来た。


「ツブスツブスツブスツブスツブス!!!」


「人の言葉など、意味を持たなくなったか…アル、挟み撃ちで気絶を狙うわよ!」


「ああ…!」


 合図を交わし、私は直ちにカールの手足に氷魔法を叩き込む。そうして四肢を拘束して魔法を使えない状態にする。アルもそれを確認すると一気に距離を詰め、気絶を試みた。


 が、突如として服の背中側が破け、そこから何本もの腕が飛び出してきた。ちょっとその攻撃は反則よ!?


「腕…!?これはどういう…」


「一体、何が起きたというのよ…!?」


「コロス、コロスゥゥゥゥゥ!!!」


 カールはもはや獣の咆哮に近い叫び声を上げながら氷を粉砕し、四方八方へ火球を飛ばす。無論それらは校舎の外壁を破壊していき、窓も割られていく。しかも魔力は急激に増大しており、このままでは暴走で大爆発を起こしかねない。


「アナ、このままでは…!」


「分かっているわ…ごめんなさい、カール。これ以上貴方が人でなくなる前に…殺すわ」


 父によると、人には『スイッチ』と呼ばれる思考の切り替え方があるという。中でも狼人族と、その血を継ぐ者は、狼としての本能を主軸に据えた切り替えを成せるという。


 この後、アルから聞いた話だと、私は瞬時にカタナ・メーチと拳銃を取り出し、瞬間移動にも等しい速度でカールへ斬撃。腕全てを切り落としたという。そして蹴りで壁へ蹴飛ばして叩き付け、拳銃を発射。鉛玉を叩き込んだ。


 心臓を射抜かれたカールは前のめりに倒れ、私は大きく息をついた。その姿をアルは、寂しそうな視線で見つめるのだった。

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