第8話 謎の教師

大陸暦1568年6月2日 ヴェスタニア王国首都ボーンシュタット


 この日、国王フリードリヒ2世は王宮内部にある政府閣僚会議の場にて、各所から報告を受けていた。


 この国の政治は、立法・行政・司法の三権が分立して出来ている。ブラウアドラー帝国を直近の脅威を感じた諸侯が糾合して築き上げたヴェスタニアは、当初は糾合の提唱者だったヴェストバルツ家の専制政治でまとめられていたが、富国強兵政策で新たな魔法技術を開発する魔導師や、彼らのアイデアを基に魔法具を生産する工房、工房に投資を行って経営権を握った商人の発言力が高まり、被支配者層に配慮する必要が出てきたのだ。


 そして今から24年前、賢者アルバートと導師エヴァに協力した者達の手で最初の国民議会が設立。国家をより良く発展させるための方策を集団での議論で作り上げる政治スタイルが確立し、やがて司法も国家権力として独立性を確保。今の形になったのである。


 中でも国王を議長とする政府閣僚会議は行政権の代表で、立法権の代表たる王国議会、司法権の代表たる大審院とともに相互的に権力を監視し、バランスの取れた清廉な政治を達成していた。


「さて次は軍務省からの報告だが…」


 フリードリヒ2世は言いながら、王国軍の政治面でのトップである第一軍務卿を務めるグレゴール・フォン・カイテル将軍に尋ねる。しかし、対するカイテル将軍の表情は余りにも暗く見えた。


「率直に申し上げます、陛下。魔物の出現件数がここ数年で大幅に増えている事が判明しました。すでに東部地方の農村では魔物を原因とする獣害が多発しており、軍はハンターギルドとともに魔物駆除を進めておりますが、被害の減少には至っておりません」


「何だと…!?」


 その報告に、フリードリヒは目を見開く。他の官僚達も動揺を隠せぬ様子を見せ、カイテルは小さく咳払いをしてから説明を続ける。


「また、魔物自体が変容を起こしております。例えば知性が通常型の動物を凌駕しており、中には魔法を行使してくる個体も確認されました。魔法に対する耐性を有する個体も増加しており、早急な調査と対応が必要です」


「魔法を行使してくる個体、だと…!?」


「それとは別に、東部国境地帯ではブラウアドラー軍の陸軍歩兵部隊が演習を繰り返しており、示威行為を増やしております。我が国が魔物対策に集中している隙を狙って攻めてくる可能性もあるという事です」


 状況は想像以上に酷いものとなっていた。今はまだ対応できる範囲だが、いずれは対処しきれない程になるかもしれないのだ。流石のフリードリヒも顔色の悪化を隠す事無く、しかし冷静に尋ねる。


「…しかし、直ぐに気付く事が出来なかったのはもちろんの事だが、魔物はどれだけ増えているのか?出現件数に関する情報は?」


「は…手元の資料によりますと、ここ数年で凡そ8倍…過去には前年比で倍に増えた年もありましたが、増加ペースが異様です」


 魔物の繁殖能力は従来型の動物と同等とされる。また魔物同士の戦闘や魔力の過剰な蓄積による中毒障害で死ぬ事も珍しくない。故に数年で大幅に増えている事にカイテルは違和感を覚えていた。


「個人的な意見を述べますが、私はこれが人為的に行われている印象を受けます」


「人為的に魔物を増やせる、というのか…!?一体誰が…?」


 これには国王も愕然とするしかない。だが荒唐無稽と切り捨てるには確かに不自然だった。よりによってブラウアドラーが侵略の兆候を見せてきている時にだ。


「…分かった。直ちに大規模調査を実施し、真相を突き止めよ。この事は極秘事項とするが、賢者アルバートと国立高等魔法学院の学者には開示し、共同で調査に当たれ」


「御意に、陛下」


・・・


ボーンシュタット市内


 アドルフ・フォン・シュタイナーは中等学院に通う若き少年である。彼は王国の誇り高き騎士であり、今は剣を筆に代えて首都ボーンシュタットの王国政府で膨大な業務を前に戦う官僚貴族シュタイナー伯爵家の次男たる彼は、公正明大の評を持つ父ヨハンと、嫡男であり中等学院時代は王太子に次ぐ秀才だと持て囃されたカールを誇りに思っていた。


 だが最近、その兄カールの様子がおかしく見えた。入学試験直前から苛立ちを隠さずにいる事が多くなり、子分の様に従えている同級生に感情をぶつける事も珍しくなくなった。聞けば、『双頭の鷲』の席を英雄ポーター夫妻の養子と、北の大国セヴェリアの皇女殿下に奪い取られてしまい、それ以来荒れる事が多くなったという。


 しかも模擬試合では、よりによってその二人に敗北を喫し、多数の生徒の前で醜態を曝け出してしまったという。こうして名門の嫡男である筈の自分が落ちぶれていく一方で、英雄の養子ポーターと皇女アナスタシアは多くの同級生から支持を得て、ファンクラブまでもが出来る始末。それに納得など出来ないと、兄はよく呟いていた。


 そしてこの日の午後、いつもより早く帰ってきたヨハン・フォン・シュタイナーは、大分苛立ちの籠った表情でアドルフと対峙した。


「お帰りなさいませ。父上、如何致しましたか?」


「いや…お前が気にする事ではない。それよりもカールはいるか?」


「はい。今自室で自習をしているところです。呼びましょうか?」


「ああ…頼んだ」


 ヨハンに頼まれ、アドルフは2階へ上がる。そして自室で予習をしていたカールを呼び、リビングへ連れて行った。


「何でしょうか、父上」


「今日、陛下からまた呼び出しを受けたぞ!お前、他のクラスとの模擬戦で平民出身の生徒に対して暴言を吐いたそうだな!しかもその際身分を振りかざす様な事を言っていたとも聞いたぞ!」


 ヨハンは険しい形相で問い詰め、言葉を続ける。その形相は険しかった。


「学院内にて身分を振りかざす事が厳禁である事は分かっているだろう!」


「チッ…お言葉ですが父上、それはその法がおかしいのです。我々は王家に選ばれた崇高な民です。平民などと同列に扱われる事の方がおかしいのです」


 その言葉に、ヨハンもアドルフも同時に愕然となる。ヴェスタニアの貴族として出てくる筈のない言葉が出てきたからだ。


「私は特別な人間です!なのに皆が私をコケにし、逆らう!そんな事が許されていいはずがない!」


 荒い息を立てながら、形相を険しくする。その様子は正気を失いかけていた。


「そうだ、アイツだ…たかだか賢者に拾われた程度で調子に乗っている孤児みなしごに、僻地からのこのことやってきた白髪女が現れてからだ…女も思い通りにならないし、殿下もアイツらと手を組んでいつも邪魔を―」


「…!カール、貴様!」


 ヨハンは目を見開き、そしてカールを殴り飛ばす。その様子を遠巻きに見つめていた執事達は驚き、しかしヨハンは直ぐに指示を出す。


「その発言を看過する事は出来ん!お前への処分を検討する!誰か、カールを部屋に閉じ込めておけ!」


 その様子を、アドルフはただ遠巻きに見つめる。そして内心で、兄の豹変に疑問と不安を抱えるのだった。


・・・


 この日、私はアル達とともにいつも通り、学院に通っていた。すると教室でヴィルが、カールが自宅で不敬罪にも等しい発言をしたため自宅謹慎となったと連絡してきた。


「謹慎、ですか?」


「ああ。今朝学院に『暫く自宅謹慎とし反省を促す』と連絡があったそうだ。まぁ以前より平民出身の生徒とも揉めていたそうだからな。だが変だ…」


「変、ですか?」


 すると、エドワードが説明を始める。


「私と殿下は同じ中等学院に通っていたのですが、そこにはカール氏もいました」


「ああ…アイツは確かに自信家ではあったが、今ほど身分を笠に着た様な態度ではなかった。だからこそ、あそこまで変わってしまった事に戸惑っているんだ」


「そう、ですか…」


 ヴィル達も首を傾げる中、一人の生徒が口を挟んでくる。彼の名はエルウィン・モルトケ。平民出身の軍人を父に持ち、ヴィルと同じ学院に通っていたという。


「そう言えば、関係あるかは分かりませんが…これまでのカールの言動を見てて思い出したんです。中等学院の頃、ある教師に声をかけられていましたよね?」


「ああ…あったな、そう言えば。私は胡散臭いと思って辞退したが、確かに彼の下で学び始めたカールは実力が上がっていってたな」


「成程…でもどうしてその様な事を?」


「はい…その教師は隣国、ブラウアドラーから亡命してきた魔導師だそうで…あれほどの実力者なら亡命せずとも重宝されると思うのですが…」


 成程ね…。確かにブラウアドラーは平民を見下す風潮が強い。その影響を受けた可能性は否定できない。しかし、知ろうとすればするほどに疑問は尽きない。これからさらに面倒な事になってきそうだなぁ。


・・・


 さて放課後、私は数人の同級生とともにアパートメントへの帰路につこうとしていた。するとその目前に、一人の男性が現れた。


「お初にお目にかかります、アナスタシア殿下。私は中等学院にて教師をしております、ホーエンハイムと申します」


 ホーエンハイムと名乗った、金髪に眼鏡が印象的な細身の男は恭しく礼をし、私に視線を向ける。


「高等魔法学院でのご活躍、度々お聞きしております。私のかつての教え子も貴方に大分お世話になっているという事も…」


「私に一体、何の用事でしょうか?」


「いえいえ、ただの御挨拶ですよ。この高等魔法学院には、多くの教え子が入学してその実力を余すところなく発揮しております。その者達は今どうしているのか、学院長にお尋ねしに来たという次第です」


 ホーエンハイムはそう言いながら、学院への道を歩み始める。と私の真横に立ち、小声で呟いた。


「しかし、北の国より来た留学生に、これほどまでの秀才がいらっしゃるとは…私も勉強不足ですね。是非とも、貴方の用いる魔法を学びたいところです」


「…そうですか」


 私はそっけなく返し、再び帰路についた。

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