第7話 学院での日々

大陸暦1568年5月2日 ヴェスタニア王国首都ボーンシュタット 国立高等魔法学院


 国立高等魔法学院は、主に国家資格に認定された魔導師を目指す者達が学ぶ場所で、国家公務員として働く魔導師のうち戦闘に優れる者は、戦争時には従軍魔導師として徴発される。無論戦争以外の目的でも魔法が使われる事が多く、平和的な手段としての魔法行使を学ぶ事も、この学院の役割であった。


 その中でもSクラス学級『双頭の鷲ツヴァイコップフ・アドラー』の生徒は王家直属の魔導師の登竜門とでも言うべき場所であり、中々に腕の立つ魔導師の卵が集まっていた。


 とはいえ、教師を務めるエッケナー先生の影はやや薄く見えた。先生もSクラスの担任を任せられる程には優秀な魔導師であったが、今回は不憫だった。何せ、王族一人だけならまだしも、英雄の弟子と言っても過言ではない賢者の養子と、北の大国から来た皇帝の愛娘がいるのだから。


「す、すごいですねアル君…無詠唱で攻撃魔法を放つなんて…!」


 室内訓練場にて、ヒルデが驚いた様子でアルに話しかける。アルは無詠唱で強力な火球を投射するのがスタンダードな攻撃魔法で、威力は普通のファイアボールとは比べ物にならなかった。成程、入学式でフリードリヒ2世陛下が『規格外』と呼んでいたわけだ。


 さて次は、私の番だ。目の前には幾つもの標的が置かれ、エッケナー先生は私に目を向ける。


「次は、ウラヴァ君。君の要望通り、的を複数設置した」


「的を複数用意してくれてありがとうございます。では…!」


 私は即座に空中に氷の槍を生成し、投射。実技試験で見せた攻撃を披露する。アルのそれとは異なり、的の数だけ氷の槍を現出し、急所目掛けて正確に叩き込む精密攻撃には、当然ながらアル自身も驚いていた。


 私は続けて、15歳の誕生日にもらった得物であるカタナ・メーチを空間収納魔法から取り出す。それを見たアルは大きく目を見開いていた。


「アナ、その武器は…!?」


「試験では、一般的な攻撃魔法のみと規定されてたからね。本当は得物を使って戦うのが得意なの。皆にもそれを見せてあげる」


 私はそう言いながら、刀身に魔力を通す。ピキピキと氷が刃に張る音が聞こえ、そして私は両手で柄を持って構える。そして的に向け、縦にメーチを振り下ろした。


 刃より三日月型の波形が放たれ、10メートル先の的を一刀両断。その遠距離攻撃に多くが唖然とする。まさか魔法と剣を組み合わせて遠距離攻撃を仕掛けるなんて思いもしてなかっただろう。


「す、すごい…!これが、セヴェリアの魔法…」


「というよりも、その剣は何ですか?片刃の様ですが…」


 質問を投げかけてきたのは、同じ『双頭の鷲』に入る同級生のエドワード・フォン・フッテン。彼は王国騎士の家系に連なる名門の出で、主たるヴェストバルツ家に長らく仕えてきた関係上、ヴィルの御付きとして入学してきた。もちろんその関係性を利用するのではなく、護衛として相応しい力量で合格してきた実力者だ。


「セヴェリアの民は元々騎馬民族だったからね。馬上から剣や槍のみで遠くの敵を倒せる様に使われていたものを、父上がより多くの兵士が扱える様にしたのよ。貴方もしっかり訓練を積めば、使いこなせる様になると思うわ」


 セヴェリア軍のメインウエポンが銃へと変わっていく過渡期、既存兵力を如何に活かすかが父の悩みだった。その答えとして空間騎兵の様な『魔法を使える歩兵』を大量に用意するというもので、武器タイプの魔法具はその象徴だった。


 特に『月光ルチー・ルヌイ』と名付けられているタイプのこの剣は、魔力の刃を投射する能力を持っており、最大射程は20メートル。槍兵相手に先制を叩き込むには十分すぎる距離だったが、私はこれを独自に改良。拳銃並の50メートルにまで伸ばしている。


「まぁ、カタナ・メーチを使う人は軍では少数派になっちゃったけどね。そう言えばこの国はまだ銃が一般的じゃないんだっけか」


 ヴェスタニア軍の軍事力は、主に従軍魔導師で構成される部隊『魔導師団』と、騎士階級や平民からの志願兵からなる歩兵部隊、そして沿岸警備を主とした海軍からなる。歩兵部隊の攻撃手段は刀剣に弓矢と前時代的であったが、100メートル以上の遠距離攻撃には魔法の方が手っ取り早いし、射程距離も最大1000メートルと、コサキの攻撃魔法の比ではなかった。


 また、仮想敵国であるブラウアドラー帝国が同様の装備体系にあるためにわざわざセヴェリアから銃を導入する必要性が薄く、魔導師戦力の充実で十分足り得ると考えていた。まぁ祖国も海外に兵器を売り捌く事はザラで、コサキアやダキアが自衛程度に少数取得している程度だしね。


「まぁ、いつになるかは分からないけれど、いつか我が国においでよ。陸軍の砲兵隊、アルの攻撃魔法並の火力を出せるんだから。きっと皆驚くよ」


「…アナさんの国って、本当に凄いんですね…よく他国を侵略しようとしませんね」


 ヒルデの言う事も最もだ。私も以前、父に純粋な好奇心で聞いた事がある。問いに対して父はこう答えた。


「私は、カンガンやコサキアの様な間違いを犯したくはない。国土はすでに十分に手に入っているし、私達のやり方が見合わない地域を無理やり侵略しても互いに利益が出ないことだってある。無理やり一つの国の形に纏めようとしなくていいんだ」


 そう言って父は、昔の話をたとえ話として語ってくれた。西方の国々でもかつては大陸の半分を支配する大国があったそうだが、内部での対立が積み重なって幾つもの国々に分裂してしまったという。結局バラバラになってしまうのなら、敢えてその状態であった方がそれぞれにとって心地よいだろう。


「まぁ、ここにはセヴェリアにも迫る事の出来る可能性を秘めた者がいるのだがな」


 ヴィルはそう言って、アルに目を向ける。まぁ遠い場所を一瞬で行き来する転移魔法なんて『反則技』を使いこなす人なんて初めて見たわ。父が見たらさぞかし羨ましがるんだろうな。


「ところでアナ、留学生は卒業論文も学位取得に含まれていると聞いたが、その議題は決まっているのか?かなり難しいものが求められると聞くが…」


「それは入学の時点で決めているわ。ずばり『セヴェリアとヴェスタニアの魔法の比確』ね。特に魔法を行使する際、わざわざ魔法陣を形成してから魔法を具現化させるヴェスタニアと、魔法陣を使わずに自然現象を意図的に発生させる狼人族伝統の魔法は比べ甲斐がありそうでしょ?」


・・・


 この日は、他のクラスの生徒との模擬試合が行われた。戦争での戦闘では従軍魔導師同士での攻撃魔法の撃ち合いは珍しくなく、時には接近戦で死闘を繰り広げる事もあるという。それを想定した授業がこの模擬試合であり、導師エヴァ謹製の魔法具を身に付けた上で戦う事となる。


「…で、私の最初の相手は貴方ですか…厄介な…」


 私は小声で呟く。相手の名前はカール・フォン・シュタイナー。ボーンシュタット周辺の土地をヴェストバルツ王家より下賜され、政府の官僚として忠誠を勤労の形で示す騎士シュタイナー伯爵家の嫡男であり、入学早々アルやヒルデとひと悶着を起こした件の者だ。


「頑張って下さい、カール様ー!」


「誇り高き王国騎士の実力、思う存分見せつけちゃって下さい!」


 お付きみたいに引っ付いている生徒達が声を投げかける中、カールは小さく鼻を鳴らし、掌に魔力を集中させる。すでに臨戦態勢にあるという事か。


「僻地の国の王女と言えども、この学院では実力が全てだ。怪我しても知らんぞ?」


「随分と自信があるのね。私も本気でやらせてもらおうかしら?」


 私はそう呟きつつ、合図を待つ。そして試合の判定も行う教師が、高く上げた手を一気に振り下ろした。


「始めっ!」


「食らえ!」


 相手は即座に無詠唱で火球を放ち、私は即座に周囲に霧を展開。火球が命中した直後に水蒸気が発生し、白煙が私を包み込む。父や中等学院の人達から物理学の何たるかを教えられてて正解だった。


「やった…!」


 相手は笑みを浮かべて勝利を確信。だけど何故目に見えて分かりやすい氷の壁ではなく、蒸気で視界が遮られる霧の壁を張ったのか、理解できていない様だ。すでに私は無数の細かい氷の結晶を鏡の様に反射させ、光を操作。私を普通の視界では捉えられない状態にする。その名も『霞の外套ドゥィムカ・マンティーヤ』ってね。


「…あれ、何処に行った!?」


「アナさんの姿が、消えた…!?」


 やっぱり、相手は驚いてる。アルだけは索敵魔法で大体の位置を把握出来ているみたいだけど、対するカールは全く気付いていない。そうして私はカールの背後に回り込み、そして彼の手足に氷魔法を叩きつけた。


「えっ…」


 気付いた時には、彼の四肢は氷漬けになっていた。そこで私は『霞の外套』を解除し、姿を現す。そうして一瞬で勝敗を決めた私に、その場にいた全員が驚いた。


「そ、そこまで…!」


「な…」


「お疲れ様です、カールさん」


 私は指をパチンと鳴らし、氷を一瞬で破砕。彼の四肢を自由にする。彼はその場に膝をつき、唖然とした表情を浮かべるのみだった。彼が子分の様に従えている者達も、私の戦闘スタイルを見て腰を抜かしている。これで私や、私の親しい人達に余計な真似をする事は無くなるだろう。


「す、すごいですね、アナさん!」


「留学生の代表としても侮られる訳にもいかなかったからね。少し本気を出してみたのよ」


 私はそう言いながら、自身の髪を撫でた。


 余談だけど、この模擬試合の後、学院内では私個人のファンクラブが密かに結成されたという。その多くは模擬試合の時間を使って私の使う魔法について聞くというもので、私は懇切丁寧にやり方を教えるのだった。全く、教わる側が教える側になるなんてね。

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