第5話 常識外れの二人

 入学式の翌日、私は高等魔法学院のSクラス学級『双頭の鷲』に与えられた教室でアル達と会話をしていた。


「しかし、入学早々大変な目に巻き込まれたわね。まさかあの男が、ヒルデにここまで絡んでくるなんて…」


 エーリカの言葉に、ヒルデはやや視線を下に向け、アルも苦々しい表情を浮かべる。


 登校の時に遡る。私はいつもの通り学院に到着し、アルやヒルデ達と合流して教室へ向かう最中、ヒルデはエーリカに促される形でアルに相談を持ち掛けてきた。曰く、『有力貴族の息子でヒルデを一方的に婚約者だと言い張っている輩が嫌がらせを続けている』というもので、実際に私はその光景を目の当たりにしていた。


 貴族出身の生徒である件の輩は、自身の父親がヒルデの父の上司に当たる者であり、その権威を借りて圧力をかけようとしたが、この時はアルとヴィルが止めに来てくれたおかげで何とか退ける事が出来た。だが今後も似た様な事が起きる可能性はあった。


 すると、アルが提案を持ち掛けてきた。


「そうだ、俺のウチに来ないか?親父とお袋が色々と助けになるだろうしさ」


「アル君の、家ですか…!?」


 ヒルデが面食らう顔になるのも仕方のない事だろう。何せ賢者アルバートと導師エヴァの住まうポーター家の邸宅に招くというのだ。魔導師を目指す者にとってこれ以上の誉れ高い事はないだろう。


 …ん?待って。そう言えば今日、ポーター夫妻のところには…でも、これも丁度いいだろう。


「…あ、そういえば今日は…でも、むしろ丁度いいかもしれない」


 その言葉に、アルを含めた面々が首を傾げる。何故『丁度いい』と言ったのか、計りかねるのも当然だ。そうして授業を終え、アルは『転移魔法』という私の見た事も無い様な魔法で私達を連れていく。離れた場所を瞬間移動できる魔法とか、父が見たらさぞかし欲しがるんだろうな…。


 そうしてアルに案内されて、私達はポーター家専用に用意されたという邸宅に入る。この豪邸は24年前の武勲に対するヴェスタニアの『礼儀』そのものであり、これまでは夫妻の娘が一人立ちするまでの住居として使われていたという。そしてアルが16歳を迎えた頃になり、ボーンシュタットの国立高等魔法学院に通う間の生活の場所として再び利用される事となったそうだ。


「おや、アナ。ご学友を何人も連れて来てどうしたんだ?」


「お久しぶりです、父上。私の新しくできた友人の皆様がたです」


 応接間に入ると、そこには父をはじめとした数人の大人達の姿があった。うち金髪の男性は祖国での迎賓パーティーで何度かお会いした事がある。現国王のフリードリヒ2世陛下だ。


 そしてその傍にいるのは、ローブを羽織る黒髪の男性と眼鏡をかけた赤毛の女性。舞台を何度も見ていれば分かる。この国の英雄である賢者アルバート・ポーターと、その伴侶である導師エヴァ・ポーターだ。


「改めて、自己紹介をさせてもらおう。余はセヴェリア国皇帝、ティムジン・ウラヴァ・セヴェリア。娘のアナスタシアが世話になっていると聞く。これからも余の娘と良い関係を築いてほしい」


「ど、どうも初めまして!俺、自分はアルトゥル・ポーターと言います!あ、アナスタシア…殿下とは受験直前に知り合ったばかりでして…!」


 アルはすっかりガチガチになってしまってる。まぁヴィルはともかく他国の王を見た事があまりない人は、噂程度に耳にするイメージで接するしかないからね。彼の後ろを見れば、ヒルデとエーリカも同様の状態だ。


 信じがたい武力で大陸北方を征服し、騎兵大国コサキアを屈服させた大王ティムジン。狼の姿と力を持ち、不可解な武器と魔法で多くの敵を屠った異形のおう。一代で大国を築き上げた皇帝が、ヴェスタニアの元首や英雄達と気さくに会話を交わしている光景は中々に見れない。


「しかし、無事に入学式を終えて早々、どうしたのかね?話してごらん」


「そうね…アル、ヒルデ、自分で話せる?」


 私は二人に話す様に促し、この日に起きた事の説明が始まる。セヴェリア伝来の茶葉と薬草を用いたお茶を飲みながら、私とアルは父とポーター夫妻に説明した。ヴィルも、件の輩の父親に対して色々と話を聞く様に国王陛下に頼み込む。


「そう、そんな事があったのね…」


「フリード、この国にはまだ、そんな古臭い考えを持つ者がいるのか?」


 アルバート氏の問いに対し、フリードリヒ国王は小さく唸りながら答える。どうやら本人も初めて耳にした様だった。


「確かに、一部では選民思想の残る者はいますが、我が国の貴族の意識改革は順調に進めている筈です。それに、大蔵省で第二大蔵卿を務めるシュタイナー伯爵は、貴族官僚としては公正明大な人物。その息子があの様な成長を遂げているなど考えもつかんが…」


 後でヴィルから色々と聞いた話だと、今のヴェスタニアの政治が健全化していったのは24年程前、魔物化した魔導師との争いで多くの犠牲が出てからだという。不足する人員を補充しつつ国力を増強させるために、有能な下級貴族や平民を官僚や軍人として公正に登用するべく、当時はまだ王太子だったフリードリヒ2世陛下は意識改革を尽力なされたそうだ。故に国家の政権にある者達は官僚として相応しい人格者揃いであった。


 そういう点では、祖国も同じか。父は『かつての仇敵の者だろうと、忠誠とそれに足る奉仕を成す者は公正に恩に報いる必要がある』と言いながら、コサキアから移住してきた貴族や平民の官僚も重用し、優秀な行政を達成させてきた。実際の例としては西方の国からやってきたミヒャエルという人が、国立航空技術研究所でグローヴィチさんを師と仰いで航空技術の研鑽に勤め、空軍の新型戦闘機の開発を共同で進めているそうだ。


「で、話を戻すけどさ。多分今後も彼女に嫌がらせが続けられる可能性があるから、自衛用に我が国の魔法具を貸してあげたいの。父上、いいかな?」


 祖国とヴェスタニアの魔法技術の比較とか交流の面でも利がありそうだしね。後は父が認めてくれるかどうか、だけど。


「…分かった。丁度、国立工房で試作していた自衛用魔法具を持ってきている。ヒルデガルド嬢には無償で貸与してやるとしよう。余の娘と仲良くしてもらっているのだ、『双頭の鷲』の皆にも同様に、入学祝という形で貸与する。こういう問題は我が国の高等学院でも珍しくないと聞くしな」


 父の太っ腹な言葉に、多くが驚きを露わにする。まぁ姉達やノルファティ兄上も学院内では生まれを理由としたいじめや嫌がらせがあった事を良く話していたし、二人の母も父の下に嫁ぐまでは似た様な境遇にあったと語ってくれている。故に父はヒルデの悩みを真摯に受け止め、そして彼女だけが特別扱いとならない様にこういう形で渡す事としたんだろう。使用データをより多く集められるだろうしね。


「それと、後で学院長にも話を通しておこう。学院生活にて身分や学年を気にすることなく、悩みを真摯に聞いてくれる施設を設けておくべきだ。恐らくヒルデガルド嬢の様な悩みを抱えている者が他にもいるかもしれないからな」


「…成程。それは一理ありますな」


 如何に西方諸国で魔法技術が一番進んでいるからといって、全てを魔法で解決できるわけではない。特に人の心の問題や、他者との関係については。その辺りでは祖国は考えと対策が進んでいると言える。100近くの部族を結集させて築き上げた国なのだ、他者との対話による融和や、対立の問題となる要素の理解と対処には人一倍敏感である。


 この後、アルが『ヒルデの制服にも色々と強化魔法を加えてあげる』と言い出し、その優しさに彼女が大泣きしてしまったのはまた別の話。まぁこのアルの『魔法』、私の想像を遥かに超えたものである事が分かって来るのはもう少し先の事だけど。


・・・


 さてひと悶着があったにせよ、ヒルデガルド嬢は我が国謹製の魔法具と、アルトゥル君の用いる魔法で守られる事となったのだが…制服の能力を強化する魔法が使われた後、俺はポーター夫妻から許可を取り、別室でアルトゥル君と対面する事とした。


「一つ質問いいかな?『いつ頃』自覚した?日本での記憶は何処まであるか?」


「…!?陛下、どうしてその国の名前を…」


 『当たり』か。彼の所持する魔法具に漢字―セヴェリアではそのルーツである甲骨文字に準えて『コスチ文字』と呼称している―で文章が書かれているのを見て「もしや」と思ったんだ。まぁ我が国の航空技術の三賢者が俺と同じ転生者なんだし、ヴェスタニアにもいてもおかしくないと踏んでいたけどな。


「やはり、か。実は今はこんなナリだが、生前は日本人だったんだよ。事故で死んだと思えば、狼の耳と尾を持つ子供に生まれ変わってた。いわゆる転生という奴だな」


「なんと…まさか、俺以外にも、かつて日本人だった人がいるなんて…」


 アルトゥル君は大分驚いている。まぁ俺自身もかなり驚かされてるからな。あと帰国する前に、彼がヒルデガルド嬢の制服を強化した方法について聞き出しておくとしよう。


「積もる話も大分あるが…ここに来てどれぐらい経つ?」


「そう、ですね…今年で16年は経ちます。貴方は?」


「俺はもう68年も経つよ。狼人族の間ではおっさん扱いされる歳だが、俺も随分と染まったものだ。ともかく俺の娘の面倒を任せる事になるが、大丈夫か?」


 その問いに対して、アルトゥル君は苦笑を返す。アナからの話に聞けば彼も中々の規格外だそうで、互いに学ぶ事は多そうだ。にしても、前世の記憶を持つ賢者の養子、か…。


 昔、日本人だった頃に小説で読んだ事があるな。あっちは確か『息子』ではなく『孫』だったか?まさか昔夢中になって読んでいた小説に似た世界に生まれ変わる事になろうとは、前世の俺に話したら『夢と現実の境が分かるか?』と疑われそうだ。とそんな下らない事を考えていると、アルトゥル君が尋ねてくる。


「ところで、親父から聞いたんですが…陛下の国では、銃や大砲が軍の武器として大々的に使われているそうですね。何故、その様な危険なモノをこの世界に持ち込もうと?」


 この質問をしてくる者は、初めて見るよ。まぁ日本人からすれば理解しにくい事かもしれないが。


「…俺はこう見えてミリタリーのヲタク、それも旧ソ連などの東側の兵器が好きなヲタクだったのでね。人というものは一度何でもできる立場に立つと、その欲を抑えきれるかどうかが難しくなる。君も十分に気を付けておいてくれ」


 まぁ俺の国が武力を国力のステータスとして重視する地域にあるのも大きいが、やはり俺自身の趣味が一番の要因だろう。相手はそれにやや引いていたが、こればかりは価値観の違いと割り切るしかない。


 さてこの後、俺はアルトゥル君から色々と魔法を教えてもらう事とした。そして俺も、狼人族の間に伝えられる魔法や魔術を彼に教えるのだった。

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