第4話 入学

大陸暦1568年3月23日 ヴェスタニア王国首都ボーンシュタット 留学生用アパートメント


「アナスタシア様、特別市民証です。紛失にご注意下さい」


「はい、ありがとうございます」


 翌日、ボーンシュタット市内にあるアパートメントのロビーで、私は留学生達に混じり、受験票と特別市民証を受け取る。この特別市民証は外国からの留学生がボーンシュタット市の行政サービスを利用する際に用いられるもので、祖国セヴェリアでは電気エネルギーと磁力で代替したものの開発が進められている。個人の魔力パターンで識別・認証するタイプはコサキア辺りで偽造技術が開発されてしまっており、不法移民の侵入に多用されているからだ。


 だがここヴェスタニアでは、より優れた魔法技術によって偽造防止措置が取られている。私はそれを片手に―と言いつつ船旅の最中に覚えた空間収納魔法でしまう―、バスで郊外の高等魔法学院に向かう。


 大使館員によると、高等魔法学院の創建は120年近く前に遡るという。その頃のヴェスタニアは小国で、王家は実力のある魔導師を欲していた。それから90年以上経ち、怪物となり果てた魔導師の討伐で活躍した賢者アルバートと導師エヴァの力添えにより学院は急成長。今の規模になったという。


 その歴史を物語る正門の立派な玄関を潜り、試験会場へ向かう最中、その場には見慣れた顔があった。


「おや、アナスタシアさん。おはようございます」


「アルさん、おはようございます。昨日は色々とありましたね…一緒に受験、頑張りましょう」


 アルとそう挨拶を交わし、会場を探す。とその時、背後から声がかけられる。


「おはよう、アル。彼女が、君の言っていた『留学生』かな?」


 それは、黄色みがかった茶髪に青い瞳の青年だった。そして周囲は彼を見て、ざわざわとざわめき立っていた。対するアルの方はと言うと、何故か平然としている。


「ああ、そうだよ。彼女の名前はアナスタシア。セヴェリアっていう国から来たんだってさ」


「アル、彼は何方どなたなの?」


「おっと、私とした事が、淑女に対して名乗りを忘れていたとはな…私の名はヴィルヘルム・フォン・ヴェストバルツ。この国、ヴェスタニア王国王家の第一王子だ」


 自己紹介を聞き、私は先程の生徒達の様子と周囲の空気感の理由を察する。王族の、しかも王位継承者第1位が入学してきて、こうも軽々しく話しかけてきたのだから、こうなるわよね。


「それじゃ、俺は先に受験会場に向かっているよ」


 そんな『お偉いさん』相手にアルは軽く応じ、その場を離れていく。するとヴィルヘルム殿下は私に話しかけてきた。


「…お初にお目にかかります、アナスタシア皇女殿下。貴方の話は父上より聞いております。まさか北の狼の国の皇女様が、我が国の魔法を学びに来られるとは、一人のヴェスタニア人として感激の至りです」


「…それはどうも。今は彼らに黙ってておいてくれるかしら?どうせならサプライズで明かしたいところだから」


「成程、貴方も随分と驚かす事がお好きな様で。ああ、同じ尊き血を持つ者なのですから、私の事は『ヴィル』と呼んで下さい。アルも、顔馴染みなので許しています」


「そう…私の事もアナ、と呼んでくれていいわよ。そっちの方が楽に過ごせるわ」


 そう語り合い、私とヴィルは小さく微笑んだ。


・・・


 さて試験は筆記試験から始まった。


(…『賢者』さん。ヒントだけでもくれますか?)


『…提案。この試験は自らの持つ知識のみで攻略するべきです。陛下もその様に申されています』


(あっはい)


 父が日々の助けになればと貸してくれた能力『賢者』にズルを咎められつつ、筆記を進める。座学は苦手な方だったが、こうして留学を許してくれた父の顔に泥を塗るわけにもいかないので、船旅の間はずっと船室にこもって予習を続けてきた。父の友人達から教わってきた事も感謝すべき事だろう。


 そうして退屈な時間を過ごし、実技試験へと移る。校内の室内練習場には的が設置されており、これに攻撃魔法を当て、防御魔法で防ぐのが試験内容だった。


『炎よ、焼き尽くせ!ファイアボール!』


『水よ、斬り裂け!ウォーターブレード!』


「…成程ね。詠唱を含めてイメージを具現化させているんだ。じゃ、やってやりますか」


 私はそう呟きつつ、試験の監督官に話しかける。


「先生、複数の的を使ってもよろしいでしょうか?」


「え?いいですよ」


 そう回答を頂き、私は早速無詠唱で氷の塊を空中に現出させる。それには大勢の受験生が驚嘆する。


「む、無詠唱で氷の塊を…!?」


 驚かれる最中にも、氷の形状を変化させて、鋭い槍の形状に仕立て上げる。あとは指を振り、投射するだけ。何せ相手は身動きしない的、狩猟で狙って来た鴨の群れや猪の大群に比べれば容易いものだ。


 そうして全ての的をズタズタに引き裂いた直後、遠くから爆発音が聞こえてきた。今の轟音、昔演習場で見た砲兵部隊の一斉砲撃に匹敵する大きさだったけど、何が起きたのかしら?


 と考えに更けていたその時、複数の水の塊が飛んでくる。染色されたそれは防御魔法で防ぐ試験用のもので、私は無詠唱で風魔法による伝統の防御結界を展開。びしょ濡れは当然回避した。改良に携わった父曰く、44年前のコサキアとの戦争を機に、村規模のみならず個人でも使用できる様にしたものだそうで、空間騎兵に属する者は必ず習得している。気配を察知して回避する方が手っ取り早い気もするけど、試験内容は『魔法で魔法を防ぐ』だからね。


「し、試験はこれにて終了です…皆さん、お疲れ様でした…」


 監督官がかなりドン引きした様子で伝えるのに対し、私は手加減というものの大切さを身に染みて理解するのだった。


 なお後で聞いた事だが、あの時の轟音はアルの攻撃魔法で的を全て吹き飛ばしたもので、防御魔法試験でも相当な成績を叩き出したという。私以上に加減というものを理解するべき人がいる様で安心したわ…。


・・・


 時は流れて5日後。試験発表の場に向かうと、アルとヴィルの姿があった。


「おっ、俺の名前があった」


「私の名もな」


「三人とも合格、か…やりましたわね」


 三人は笑みを交わし、特別市民証のデータを基に製作された制服を受け取る。この制服には防御魔法が付与されており、時には実験で危険な作業も行う生徒の身を守っているという。父は『前の人生』について話す時によく、『こんな服が昔にあったらどれだけ良かった事か』と泣きそうになりながら言ってたけど、まぁ頑丈な狼人族でも死に追いやる怪我や病を治す事が出来なかった時代を経験しているから、しょうがないよね…。


 と、制服を渡してくれた教員さんが私達に話しかけてくる。


「ポーター君とヴィルヘルム殿下、そしてアナスタシア様は皆さんSクラス学級『双頭の鷲ツヴァイコップフ・アドラー』になります。それと…ポーター君とアナスタシア様は入試首席及び次席となりますので、入学式でそれぞれ新入生代表、留学生代表の挨拶をお願いします」


『…え?』


 ここでアルと言葉が一致したのは初めてだ。その後ろではヴィルが愉快そうに笑っている。生まれが王族じゃなかったら思いっきりどつき倒しているところだ。


「ははは、二人とも大変栄誉な事を仰せつかったじゃないか。実力主義社会たる我が国に相応しい新入生として、挨拶を頑張ってくれたまえよ?」


「ヴィル、てめ…!」


 この時ほど、収納魔法に隠している得物を取り出したくなる事はなかった。そしてその思いはアルも有している様だった。


 そうして夜を迎え、私は大使館で祖国に向けて電報を打つ。その内容はもちろん『ヒマワリが咲き誇る』、受験合格の報告だ。同時にタイプライターでしたためた手紙を渡し、私は必死に挨拶の内容を考える。


『殿下、提案します。こちらの節は如何でしょうか?陛下も多用されています』


「…時間はまだあるわ。自分でしっかり考えておく」


『…正しい選択だと思います』


・・・


大陸暦1568年4月3日 ヴェスタニア王国首都ボーンシュタット 国立高等魔法学院 中央講堂


 1週間もの時間が流れ、私は入学式に臨んでいた。生徒達が集う場所に向かうと、その視線の先ではヴィルがアルをいじり倒していた。一国の王太子が知り合いをからかう様子に、私はただ呆れた様子でため息をつく。


 噂によれば、英雄ポーター夫妻の息子がここ高等魔法学院に入学するという。私の見立てでは疑わしい人が一人いるけど、父から聞いた話では、娘が森の中で、魔物に襲われた馬車の中で生き残った赤子を拾ってきて、夫妻が養子として育てたというが、活躍が舞台化もされている様な英雄の養子だからだろう。余り衆目に晒される事の無い様に配慮されている様だ。


「二人とも、大変仲がよさそうで何よりですね」


「おや、アナじゃないか。スピーチ、アルともども楽しみにしているぞ」


 ヴィルがニヤニヤと笑いながら言う中、ヒルデとエーリカの二人もやって来る。どうやら二人も無事に合格した様だ。


「あ、アル君にアナスタシアさん…!」


「あら、ヒルデガルドさんにエーリカさん。二人も合格したんですね」


「おや、二人は確か…」


 ヴィルが気付いて話しかけると、二人は恭しく礼をしてくる。その所作は貴族のそれだ。


「あっ、ご無沙汰しております、ヴィルヘルム殿下。レワルデン子爵クロドベルン家のヒルデガルドでございます」


「伯爵メッシンゲン家のエーリカでございます。まさかアル君にアナさんとお知り合いだったなんて…」


 二人の名乗りを聞いた私は驚く。名字からして平民じゃなかったとは。


「二人とも、貴族のご令嬢だったんだ…意外だね。最初に出会った時はそんな感じには見えなかったし」


「貴族だと堂々と名乗って歩いていると、変な目で見られちゃうからね。ブラウアドラーはともかく、私達には似合わないよ」


 確かに、父もよく言っていた。父の建国までの苦労を知る者達は、生まれによる格差と区別の域から外れた不当な差別をなくす事に力を入れていた。いくら親が平民だとしても、下手な貴族より財力のある商人や、騎士を圧倒する武力を持った軍人なんて珍しくないからね。そういった努力と実力で公正に立場を手に入れる者達のための社会が、今のセヴェリアなのだ。


 そして私達は講堂の中に入り、万雷の拍手喝采で出迎えられる。その中を見てみれば、以前より父から話を聞く賢者アルバート・ポーターと、この国の国王フリードリヒ・フォン・ヴェストバルツ2世の姿もある。そして来賓席には、父の姿もあった。無事に着いたのね。


 入学式の式典は粛々と進み、学院長と上級生のスピーチを終え、今度は入学式の目玉である、新入生代表のスピーチが始まる。


『今年度入学試験首席合格者、アルトゥル・ポーター君』


「はい」


 やっぱりか。平民っぽい服装しているくせにやけに大量の魔力を持っているなと思えば、有力な魔術師の下で育ったから。しかも名字から分かる通り、その養親は例の賢者と導師である。それは悪目立ちしたくない訳だ。そしてヒルデとエーリカの方に視線を向けてみれば、思った通りの驚愕した顔だ。


 そしてスピーチが始まる。彼はポーター夫妻の娘に拾われ、夫妻の養子として山奥の別荘で育ってきた事。夫妻の親友である国王や、今は第一線を退いた騎士や魔導師と親しく知り合って来た事。社会と直接触れ合う事が無かったために世の中の常識を知らなかった事。何故に彼がこれまで知られてこなかったのか理解する事が出来たよ。


『続いて、留学生代表、セヴェリア国第三皇女、アナスタシア・ウラヴァ・リニスク殿下』


「はい」


 さて次は私の番だ。席を立ち、演台に向かう。この時点でざわめきは良く聞こえるが、自分が座っていた席に目を向ければ、席に戻ったばかりのアルや、ヒルデ達の驚いた顔が良く見えた。


「えっ…!?」


「あの留学生、セヴェリアの皇女だと…!?」


「で、殿下…あの方が…!?」


 未だにざわめきが残る中、私は演台に立つ。そして一同が静かになってから私は口を開いた。


「ご紹介に与りました、アナスタシア・ウラヴァ・リニスクです。今日こんにちこの良き日に皆様に見守られ、この国立高等魔法学院に入学出来た事を大変誇りに思います」


「私の祖国セヴェリアは、多くの恵みを有する広大な大地と、厳しい冬を耐え凌ぎ豊かな暮らしを送るための高度な文明を誇りとする国です。私は建国の英雄ティムジン大王の三人目の娘として、国家の象徴たる都市リニスクと歴史の象徴たる古都ウラブで過ごしてまいりました」


「そして此度、私は西方の、その中でも魔法技術の進んだ大国ヴェスタニアへの留学を決意し、この場にやって参りました。確かに我が国セヴェリアは発展した技術を持ちます。ですが建国よりまだ30年も経っていない新興国でもあり、文化と魔法の面で誇れる物を持っていません」


「私はこの誇り高き学問の聖堂たる高等魔法学院にて、新たな学友とともに多くを学び、多くを知り、祖国のより良き発展のために活かしてまいりたいと存じます。ですので学院の在校生・教師の皆様。卒業までの3年間、ご指導ご鞭撻の程、宜しくお願いいたします」


 そうしてスピーチを終え、一礼。万雷の拍手喝采が鳴り響く。私は満足げな表情で席へと戻っていき、アル達の驚きに満ちた表情で迎えられる。


「ちょっ…北の大国の皇女様とか、どうして言ってくれなかったのさ!?」


「少し、貴方を驚かせてみたかったのよ。あのまま貴方だけが目立つのもどうかなってね。ヒルデとエーリカだって、初対面の時に自身の身分を詳しく明かさなかったでしょ?」


 私は悪びれる様子も見せずに、そう答える。その次に国王フリードリヒ2世陛下がスピーチを始め、最後辺りでこう語った。


『此度は、英雄の息子に友邦セヴェリアの皇女殿下という規格外な方々もいる。同級生達は彼らから色々と学ぶといい。きっと我らの固定観念を吹き飛ばしてくれる事だろう』

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