第1話 セヴェリア建国

 さて、こうして実力でカンガンから権力を奪い取り、俺は複数の部族の代表や有力者からなる合議を開始。部族間の利害関係を調整しながら、近代的な国家の枠組みを築き始めた。


 同時に『賢者』の助けにより、『複製魔法』に依存しなくとも欲しい道具を作る事の出来る環境も整えていった。合議で俺は何度も言った。


「どうして7年前、俺達はコサキアに負けたのか?いい武器を作れなかったからだ。強い魔法を使えなかったからだ。だから学校を作る。より大きな工房を作る。より優れたやり方で北の地を治めていく。コサキアの真似事だと馬鹿にされても構わない、むしろ取り入れていかないと駄目だ」


 この意見に賛同する者は、自分より年上の人達にも少なからずいた。コサキアの優れた軍事力を目の当たりにして、俺と同じ考えに至るのは明らかだった。


 狼人の数え歳で17歳を迎えた頃には、俺の住むウラブ村は5万人程度の人口を数える都市となっていた。コサキアの横暴な振る舞いに不満を持っていた者達や、北の地の珍しい産物を直接取引で手に入れたい者達が集まり、生活水準も発展を遂げていた。『複製魔法』に頼らずとも欲しいものを作れる工房に、工房で作った道具や部品で構築した水道。しかも日帰りで行ける距離に油田と鉄鉱山があったのも幸いした。


 学校では珍しいもの見たさに訪れた西の国の学者や探検家、西の人々と取引を行う役目を担っていた者が教師となって、子供達に文字の読み書きや生活に必要最低限となる知識を教えている。俺も時々教師の真似事をして俺の住んでいた世界で用いられていた技術を教えた。


 勿論工房は日夜交代制でフル稼働し、俺の望むモノを作り上げていった。最初に俺は『賢者』に手伝ってもらいながら設計図を書き、それから『複製魔法』で内燃機関を動力とするトラックを製作した。『賢者』はどうやら俺の前世の知識を得ている様で、それを用いてガソリンを用いた動力の複製を手伝い、工房にて量産できる水準に仕上げていた。


 それと並行して開発を進めたのが、近代的な武器だ。コサキア軍の遠距離攻撃は主に弓矢と魔法の二つであり、射程距離は弓矢で100メートル、魔法攻撃は500メートルと大きく異なる。対する狼人族の弓矢は魔法による強化付与もあって射程は200メートルを超えた。俺も戦場に立つ頃には銃を発明していたしな。


 だが、それでも負けた。原因ははっきりしている。先ず弓兵をやれる者が少なすぎたのだ。俺でさえ風魔法を用いて弓矢を強化するのに6年もかかった―腕のいい者ならたった2年で習得する―上で、実際の戦争では弓兵は僅か500名程度だった。対するコサキア軍は2700名もおり、突撃を計る騎兵と歩兵に対してクロスボウで弓矢を連射し、突撃力を削いだ。


 また、純粋な魔法攻撃を担える者がいなかった。火炎や水流、電撃に突風といった自然現象に爆発や切断のイメージを絡めて殺傷力を高めた投射攻撃は西方の従軍魔術師の十八番であり、魔術を土木作業や日常生活の補佐程度にしか使ってこなかった部族連合にとって非常に恐ろしいものだった。


 それに対する俺の回答は決まっていた。完成までの間は西方から来ている学者から攻撃魔法の技術を取り入れつつ、学校で戦士を目指す者に覚えさせる。そして弓矢に替わる武器として近代的な鉄砲や大砲の開発を進めるというものだった。俺の前世の知識を基に持ち込んだり、西方の国々との交流で多くの技術と道具を入手した事で金属製造・加工技術は発展したが、先ずは近代的な工場を国の各地に整備する事が優先課題だった。


 人の数え方で2年が経った頃、ウラブ市は人口20万を超え、外から『ウラブ・ウルス』と呼ばれる様になった俺の国の人口は500万に達していた。鉄道や自動車でより遠くの場所へ行ける様になり、これまで交流の少なかった部族に集落も合流していった結果だった。さらにコサキアでは隣国との戦争と不作が影響し、俺達の国に移住してきた者達もいる。


 18歳を迎えた俺は、気付けば狼人からは『大王』を意味するゼンウ、コサキア移民からは『盟主』を意味するクニャージで呼ばれる立場にあった。俺は全てを手に入れた者と持て囃されたが、本当に欲しいものはまだ完成していない。また、狼人族以外の種族や部族にも配慮した社会も築いていかないといけない。


 そうしてさらに4年が立ち、俺は20狼歳、人間でいう40歳を迎えた。ウラブの市街地を見下ろす丘の中腹に築いた城で、俺は万雷の喝采の中で改めて王として即位した。


「余はここに、北の大地に住まう者達のための国、セヴィリアの建国を宣言する」


 宣言の後、俺は最初の5年間は親政を行い、それ以降は国の在り方を理解した閣僚達が中心となって政治が執り行われる様になった。公的な暦は狼人族伝統のものから人族で用いられるものとし、年齢の数え方も公文書では人の数え方を用いる事とした。


 国も順調に拡大していった。元々出生率は高い狼人族であるが、西方や南方からもたらされた医療技術の導入や、俺が主導して整備した医療制度と関連施設の普及、そして生活水準の向上は死亡率を低下させていた。加えて周辺からその暮らしに憧れて移住者がやって来るものだから、人口は建国宣言の時点で700万に達した。当然それは労働人口の増加につながり、生産力も比例して増えた。


 そして建国から10年、西方諸国の暦で大陸暦1550年を迎える頃には、鉄道は遥か東の豊かな大地にまで届き、人口も1000万人を超えた。近代的な農業技術で量産される農作物と、蒸気機関の導入で発展した工業による製品の輸出は国家の経済を潤わせ、俺は国内外から『賢王』とも呼ばれる様になっていた。まぁ俺の欲しい生活を叶えられる様に頑張った結果だからな。


 ん、俺はどうしているかって?初代ゼンウを名乗り始めた頃には、リアナとの間には三人の子供が生まれていた。元々狼人族は出生率が高いからな。村の中には10人近く産む人もいたし、村から独立した数個世帯の集まりが数年で数百人規模の村に発展するのはそういう仕掛けだ。


 そうして上手い具合に繁栄を謳歌していた一方で、これに対してどす黒い感情を向けてくる国もあった。特にコサキアは隣接する大国ブラウアドラー帝国との戦争で領土を削り取られ、国民も我が国や南のダキアへ移住して逃げる者が後を絶たなかった。産業の方でも不作に対して魔法は役に立たず―連作障害とか土地の状態の悪化は魔法の効果が下がる事が分かる様になるのは少し先の事だった―、製造業でも我が国に大きく後れを取り始めていた。


 単純にブラウアドラーとの国力差と経済成長政策をミスった事が原因である筈なんだが、これまで自分達より圧倒的に弱い立場にあった筈のセヴィリアが、部族連合との戦争からたった16年で一気に逆転してきた事に対して納得できないのは分からんでもない。


 だからこそ、俺は軍事力の強化に余念を欠かさなかった。そして懸念というものは直ぐに当たるものなのさ。


・・・


 国暦10年10月31日、その日はセヴィリア各地で収穫祭が行われていた。俺もウラブの城でリアナと、その間に生まれた三人の子供達と一緒に祭を祝っていた。その際に当時は画期的だった無線通信で急報が飛び込んできた。


「陛下、コサキアが侵攻を仕掛けてまいりました!」


 これに慌てふためく様では君主として立派じゃないし、そもそも兆候自体は掴んでいた。未だに馬車が陸上の輸送手段であるコサキア軍は大層な時間をかけて兵力を展開していたのがバレバレだったし、元々コサキアが侵略戦争を仕掛けてくる可能性は考慮されてた。俺は直ぐに命令を発した。


「国境地帯に展開する部隊に対し、迎撃を命じよ。序盤の勢いを殺せば、1週間以内に我が軍は総力で当たる事が出来る。後は参謀本部に上手くやってもらう」


 この時点で陸軍の兵力は、5個歩兵師団を基幹として予備役も含めて9万程度。対してコサキア側はと言うと、16年前の倍はある6万で攻めてきていた。農業の不振と人口流出でキツイ状態にあるにしては随分と出せたものだ。


 これに対して俺は、序盤の7日間は西部方面を担当する第2歩兵師団に迎撃を担当させ、その間にお祭りで浮かれていた第1狙撃兵師団と第6騎兵旅団の面々を動員。直接率いて戦場に向かった。どうやらコサキア軍は2万の軍団が三つという構成で攻めてきたらしく、鉄道を用いて11月7日に北西部に展開した俺達は、真横から殴りつける形でコサキア軍の左翼軍団へ突撃を仕掛けた。


 この時点でセヴェリア軍は、自動車産業の発展によって輸送用トラックのみならず、戦車を実用化させる事に成功。旧ソ連のT-18軽戦車に酷似したT-41軽戦車を騎兵連隊に配備し、第1狙撃兵師団と第6騎兵旅団は自動車化歩兵部隊として最先端の能力を手にしていた。


 勿論、魔法に関する研究も進んでいた。狼人族の話し方や文化は日本のそれに近く、俺はそこに漢字を持ち込んだ。『4月の変』で俺が作ったマントと靴は、軍服と軍靴の形へ発展し、これを装備して低空を高速で移動する歩兵は『空間騎兵』と呼ばれる事となった。騎兵旅団はこの空間騎兵で構成される大隊を3個、31両の戦車で成り立つ戦車大隊を1個有する編制としている。


 よって人数という意味でのセヴェリア軍兵力は第2歩兵師団を加えて25800名と、コサキアの半分以下だったんだが、騎馬に依存しない機動力で右翼集団へ回り込んだ第6騎兵旅団の突破力と、近代的な銃と火砲が生み出す攻撃力は数的不利を覆した。


「全軍、突撃せよ!」


『ウラァァァァァァァ!!!』


 スパイク型銃剣を取り付けた小銃を前に構え、数千の歩兵が前へ駆ける。高性能であるが故に量産が難しい魔法の軍服と靴を身に付けてはいないが、狼人族か、狼人族と人類のハーフ、そしてコサキア系移民からなる屈強な兵士達はそれでも素早く走り、銃撃や後方からの砲撃で隊列を崩された敵軍を薙ぎ倒していく。従軍魔導師は先の戦争から16年の月日が経っているにも関わらず技術は停滞しており、多くが歩兵がペンダントの形で身に付けている魔法具の障壁魔法で攻撃を無効化されていた。


 魔法具による防御は『枯れた技術』の部類であり、刀剣や槍の穂先、弓矢の鏃への強化付与で突破できる程度のものだが、俺はこの世界の文字ではなく漢字で付与する事で性能を向上させた。特に『魔力霧散』の文字による絶対防御術式は常識をひっくり返す程の威力を持っていた。


 俺も、特殊な刀と『複製魔法』で作り上げた短機関銃を手に、先頭に立って戦ったさ。この日本刀を模した特殊な刀は、強化付与で『超高振動』の能力を与えられており、高い切断能力を有する。そこに防御魔法の術式も組み込んだ事で、魔法攻撃を切り裂いた時の従軍魔導師の驚愕の表情は忘れられない。


 後に『ミルスクの戦い』と呼ばれる事になるこの戦闘で、コサキア軍は3万が戦死し、1万が捕虜となった。俺はミルスクの広大な平野に街を築く事を決定し、労働力として捕虜に建設に当たらせた。この時戦闘で生き残ったのは下っ端の歩兵ばかりで、俺達が食事を恵んでやったら素直に従った。


 そうして1か月の期間をかけて鉄道を伸ばし、援軍とともに物資も貯め込んだところで、俺は西へ進軍した。相手は再編した4万の軍団で、城塞都市ビルヌス近郊で迎え撃ったが、この時俺はさらなる兵力を投じていた。『4月の変』で加わっていたポリカルノフ・グローヴィチ・ヤコブロフの三人は新たな工房を築き、魔法に頼らずに空を飛べる機械、『飛行機』を発明していた。


 当然俺はそれを実戦に採用した。地上ではT-41が37ミリ砲で歩兵集団を吹き飛ばし、7.62ミリ機銃で騎兵を薙ぎ倒す。空からはポリカルノフの開発したPol-2〈ロービン〉攻撃機が爆弾を落とし、城壁を上から破壊していく。そうして高さを失った城壁を空間騎兵が飛び越え、城塞都市は僅か2日で陥落した。


 ここまで来るとコサキア側も講和に応じる気配を見せて来て、俺は直ぐに対応した。俺は国家としての対等な関係と、16年前の戦争で奪った土地の返還、そしてミルスクを含めた地域の割譲を要求。賠償金は求めなかったが、これに相手は『財政面での苦難を見透かされている』と思っただろう。


 あと個人的な要求として、側室としてコサキア王家または高位の貴族の娘を求めた。流石にこれは調子に乗り過ぎたと反省しているが、病や事故、そして戦闘での死亡率が高い遊牧民である狼人族では、複数の子孫を確保するためとして一夫多妻が家族形態のスタンダードとなっていたから周囲からは不思議に思われなかった―現代の様な一夫一妻が狼人族で当たり前になるのは俺の孫が大人になって以降だった―が、相手は素直にこれに応じた。


 そうして俺は、黒髪の印象的な少女を受け取った。名をソフィアといい、下級貴族から無理やり分捕って生まれを誤魔化して差し出したという。平民か奴隷からじゃないだけマシだと言えるが、まぁそんな小賢しい手を取った連中はその後どうなったのか、今はまだ語る時じゃないだろう。


 俺とリアナは、二人目の嫁を優しくもてなした。貴族に生まれたからといって全員が幸せに育てられるわけではなく、特にソフィアは継母や義姉妹からたいそういじめられていたという。流石に食事で優しくされて大泣きし始めた時は焦ったが、狼の耳と尾を持つ新しい『家族』に馴染むのは早かった。


 戦争が終わり、俺はセヴェリアの広大な国土を治めるには狭くなったウラブから、北西のネルバ川河口に広がる平野に築いた都市リニスクへと首都を移した。リニスクから西の位置にあるヴァイキング達との海上貿易はうまみがあったし、これからは船舶による他国との貿易にも力を入れたかったしな。


 その時、俺とソフィアとの間には娘が一人生まれていた。リアナの様な白い髪を持つこの娘には、アナスタシアと名付けた。アナは赤子の時点から大層なべっぴんさんであるにも関わらずお転婆で、兄弟や姉妹、同じ初等教育学校に通う子供達との雪合戦では、雪玉の中に石を仕込んで投げるといういたずらも堂々とやってたよ。一体何処で覚えたんだか…。


 そうして幸せな時間と、俺や多くの学者、そして労働者達の努力と勤労によって築き上げられた近代的な生活を過ごし、あっという間に16年の月日は流れた。

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