プロローグ 先ずは話をするとしよう

 俺が良く読んでいた小説のジャンルに、『異世界転生』というものがある。


 突然の事故や病気で死んで、気付けば全く見知らぬ世界で生まれ変わってきたというものだが、どうやら俺はそれを迎えてしまったらしい。


 『大山祐之おおやま すけゆき』という一人の日本人として、ただただ平凡な暮らしを送っていた矢先、俺は事故に巻き込まれてしまった。そして気が付けば、狼の耳と尻尾を持つ異世界の人間となっていた。


 ここまでは、多くの小説でよく見る様な展開だ。だが俺は生まれ変わる際、哀れに思った神様が『贈り物』を携えていた。それは前世の俺がいた世界のモノを複製できる『複製魔法』と、それを助けてくれる『賢者』だった。


 俺は早速、自分の暮らす村のためになるものを作った。当時の村は山々の合間にある峡谷にある事から畑を広げるのが難しく、俺は村を荒らす魔物の討伐や農機具の改良で成果を残す事で年長者からの信頼を得ていった。『賢者』も道具を作る際に助言をしてくれるため、人の年齢で16歳を数える頃には工房での仕事も任される様になっていた。


 村の手助けや仕事をこなし、家で夜を過ごす度に、『この世界』での祖母はよく昔話をしてくれた。この村を構成する種族『狼人族ヴォルクスキー』は、星の雨が降る日に異なる世界からやってきた種族であり、この北の地で細々と暮らしてきたという。


 特に俺の暮らす村は、西方のより発展した国々からやってくる商人と取引を行ってきた事もあり、新しい技術や文化に対して割と寛容的だった。人口も5000人程度と周囲の村に比べて多く、部族の共同体として成り立つウルスの合議にも村長が代表として参加していた。


 だが、村は大きくなっても町のサイズにまで発展する事は出来ない。元々は遊牧民族である狼人族の部族をまとめるウルスは、長のガンガン一族に支配されており、定期的に決まった場所を渡り歩いてきた。それを可能と出来る規模には制限があり、ガンガン直属の動く村を超える事は許されなかったのだ。


 俺達の村も同様に、しかし頭を利かせて規模を広げた。5000人に達しようとした頃に数百名程を別の地点に移住させ、新たな村の開拓を進めた。これなら部族の数も安定して増やせるからだ。カンガン側も貢ぎ物を提供出来る者が増えるのは歓迎していた。


 そして俺は、独特な社会の中で成長していった。狼人族の寿命は普通の人類よりも長く、『狼人の一年は賢猿ミド・アビの二年』とも称される。狼人の数え方で10狼歳、人間だと20歳を迎えた頃でもなお、大人達からは『坊主』と呼ばれたものだ。


 そして俺は、村一番の器用な青年ティムジンとしてそれなりに上手く生きてきた。人で言えば24歳を迎えるだろう時までは。


・・・


 俺の人生の転機となったのは、西に接する国コサキアとの戦争だった。狼人の数え方で12狼歳、人だと24歳を迎える頃に起きた戦争では、俺は狼人族の部族連合軍の一員として参加した。カンガンの頭目にしてウルスの代表であるゼンウが直接率いる軍団は、カンガンに従う50の部族から抽出した成人男性5万人で成り立っており、ほぼ全てが馬に乗って戦う騎兵だった。


 俺は、9狼歳から12狼歳の若者10人を率いる狙撃兵隊の隊長を任された。この頃にはウラブ山脈の麓の工房では俺の持ち込んだ技術と西方から伝来した技術で、金属加工技術が発達。先進的な狩猟道具として鉄砲を発明する事が出来た。射程距離は500メートル程で、鳥を撃ち落とすには十分すぎる性能だった。発砲音で獣を逃がしてしまうと危惧する声も多いが、俺が銃1丁で鴨4羽と兎3羽を狩ってきて以降は批判する者はいなくなった。


 その狙撃兵部隊は起伏の少ない平野の後方、弓兵の予備として留め置かれた。まぁ弓矢と違って曲射は出来ないし、基本的に騎兵の突撃を主な戦術として用いるから活躍の機会はないだろうからな。カンガンの一人に至っては『そんな魔術攻撃など不要だ』と笑っていたものさ。


 だが、カンガンや多くの戦士達は知らなかった。コサキアは西の国々との貿易やら交流で技術を大分発展させており、装備と戦術はすっかり様変わりしてた。それを思い知るのは会戦が始まった直後の事だった。


 手始めに騎馬軍団に襲い掛かったのは、大量のクロスボウやバリスタによる弾幕射撃と攻撃魔法による指揮官への狙撃、そして槍兵の魔法を帯びた槍による反撃だった。手始めに騎兵の先頭を率いて突撃する部族の首長や隊長に対して、従軍魔導師が火球や氷の塊を高速で飛ばして撃破。そうして混乱した隙に弓兵部隊が前進し、大量の弓矢を叩き込んだ。


 後で聞いた話によると、コサキアの兵力は自分達とはまるで違っていたという。先ず歩兵は21000、騎兵は4500、弓兵は2700、従軍魔導師は180の合計28380人と、数の面では大きく劣っていた。だが遠距離攻撃が出来る弓兵と従軍魔導師を多めにしておく事で騎馬軍団の十八番である突撃を弱体化させ、反撃できる機会を得たのだ。


 部族連合軍の悲劇は終わらなかった。1500騎の騎兵と馬に騎乗した30人の従軍魔導師が二つ、合計3060の戦力が左右から回り込み、カンガン一族の部隊を強襲したのだ。従軍魔導師が騎乗しながら攻撃魔法を放ち、対する部族連合軍からの攻撃は魔法障壁で防御。騎兵は槍と長剣で切り倒していき、削り落としていく様に猛攻を仕掛けたのだ。


 これに対して、軍の大半は無力だった。必死に抵抗する者は多かったが、蹂躙にも近い攻勢を前にして最後まで戦い切れる者は少なかった。俺は若者達とともに銃を構え、撤退を支援する目的で引き金を引いた。


 俺が製作した銃は銃口から弾丸と火薬を装填する先込め式だったが、交代制で撃ち合えばそれなりに威力を発揮出来た。また連射スピードも従軍魔導師の上を行っており、俺達は従軍魔導師を先に倒してから騎兵を助ける事とした。


 後に『マヒリウ会戦』なんて大層な名前が付けられた戦いは、俺達部族連合軍の負けに終わった。カンガンは目の仇とでもいう程に蹂躙されて、5万もあった軍勢は戦いが終わった頃には僅か1万にまで減らされていた。


 その中で俺は生き残ったさ。敵兵への狙撃で100人は倒したかな?10人全員が生き残り、合計で1000人を撃ち倒した。皮肉にも参戦した者の中で一番の戦功を挙げたのが俺達という事になった。


 だが、カンガンは撤退を支援した俺達に対して生意気だった。武功は一族の女性が嫁いだ先の村にあると言い張り、俺達の村を冷遇した。だが戦争の後で身内だけをえこひいきするのは多くから不満が上がるし、何より大敗した後だ。俺達以外にも納得のいかない村は多かった。


 戦争は当然続いた。コサキアは田畑を広げ、英雄として褒め称えられる貴族に褒美として領地を与えるべく東へ兵を進めた。その中でコサキアの勢力圏に近い位置にあった村が幾つも襲われた。


 どうにか逃げおおせた者からの救援に従って駆け付けた時には、その場に生存者はいなかった。直ぐに首を刎ねられたならマシな方で、捕えられた上で奴隷にされた者は『人として』死んだ。俺はただ、2万近くの人々が死を強制させられた結果を見るしかなく、それが悔しかった。


 1年が経ち、戦争は終わった。カンガンは土地と、奴隷に出来る若者1万人、そして多数の金品を差し出して和平を結び、特に金品は俺達の村から供出させられた。工房では装飾品ばかり作らせられ、俺と『賢者』もそれに加わった。幼馴染の者達も数十人が奴隷として売り捌かれ、多くの老人が泣いて嘆いた。


 俺はそこで決断した。俺が、カンガンに替わる新たな王になってやろうと。そして自分の村だけでなくこの地に住む全ての人にとって誇れる国を築き上げようと。


・・・


 行動は、すでに始めていた。俺の村から出陣した戦士1000人でマヒリウ会戦に参戦し、生き残ったのは僅か80人。負傷で戦場に立てなくなった者を除くと、30人程度しかいなかった。だが俺は無策ではなかった。


 まず、近隣のウラブ出身の開拓村から若者を集い、訓練を始めた。今回の戦争での敗北の責任を問う動きは、部族連合軍に戦士を提供した全ての村で起きていた。西方や南方から来た魔法使いから学んで習得した『念話』と、それを簡単に出来る様に作った道具『通信水晶』で連絡網を築き上げると、俺は7年かけて反乱軍を築き上げた。


 そんな長期間をかけて、どうしてカンガンにバレなかったって?簡単な事だ、カンガンに味方したい者が殆どいなかったからだ。ウルスの現状を維持するためだけに苦労を強制させる様な、軟弱な盟主に従いたい者など狼人族にはいない。俺はよくよく『カンガンからこれまでの失策と無礼に対する謝罪が来たら、直ぐに反乱を取りやめる』と身内の限られた者達に話していたが、今のカンガンにはそんな誠実な男なんていなかった。


 戦争で負った傷でゼンウが死ぬと、今度はその長男が新たなゼンウとなった。新ゼンウは生まれ順で成り上がっただけのボンボンで、狩猟の腕はそれなりにあったものの、その愚かさはまるで、神様が『反乱を起こす時なら今だ』と合図を送っているかの様だった。


 やがて、雪解けの時期にカンガンの集落が夏季の定住地へ移動し始める頃。後に『4月の変』なんて呼ばれる事になる戦いで俺達はこれを襲撃した。この頃には俺は蒸気機関を『発明』し、鉱山開発や織物の大量生産といった分野で成果を出した。そうして信頼を得た上で、物資の効率的な輸送のために鉄道を敷設。古臭い事が好きなカンガン一族も、旬の野菜や果実が直ぐに手に入れられる様になると聞いて大喜びし、大規模な敷設を認めていた。


 その鉄道で先回りする様に展開すると、そこから先は魔法で移動した。西方には物に文字を刻み込んで効果を付与する魔法が盛んで、コサキア以外からやってきた親切な魔法使いがやり方を教えてくれた。俺は靴に『空気噴射』を、マントに『揚力発生』と『揚力安定』の漢字を刻んで効果を付与し、空を飛ぶ道具を生み出した。


 その際、ポリカルノフにグローヴィチ、ヤコブロフという三人の青年が食いつき、『いつか魔法を使わずとも空を飛べる乗り物を作ってやる』と意気込んでいた―後で話をしてみると、どうやら俺と同じく地球から転生してきた奴だった様だ―が、お陰で僅か1800人の反乱軍はカンガンの移動集落を包囲、襲撃する事に成功した。


 戦いは一方的だったよ。工房が総力を結集して完成させたボルトアクション式小銃で武装した反乱軍は、文字通り矢継ぎ早に弾丸を放って、精鋭と謳われたカンガンの親衛隊を撃ち殺した。新ゼンウは『卑怯だぞ!』とわめき散らしていたが、俺は問答無用で、


「俺達の反乱を未然に防げなかった莫迦がどの口で言うんだ!」


 と返しつつ、相手の片膝を撃ち抜いた。


 こうして戦いを終えて、俺達はカンガンの少数の責任者を村に連れて来て、山の麓に建て始めていた館で和平を結んだ。有力者は実力で地位を示し続ける事が伝統の狼人族であるだけに、カンガンは皆殺しにすべきだと主張する者は多かったが、俺はコサキがやった蛮行をするつもりは無かった。


 俺が出した条件は二つ。一つは遥か東まで定住地を変える事。すなわちウルスの盟主である事を捨てる事が要求であり、誇りよりも命が惜しい『元』ゼンウは了承した―連絡役として関りを維持する事を許された者によると、東へ移り住んだ後に一族から八つ裂きにされたという―。


 もう一つは和平の証として『最も価値の高い存在』を差し出す事。狼人族だけでなく北の遊牧民にルーツを持つ部族では当たり前の手段であり、これは『勝者が敗者より盟主の座を引き継ぐ事の証明』だった。相手は慣例に倣って元ゼンウの妹を差し出そうとしたが、俺は彼女を仲間の哀れな独身にやる事とした。


 俺が欲したのは、襲撃の時に集団の最後尾で歩かされていた女性だった。元ゼンウの父親である先代ゼンウの側室の娘であり、狼人族ではめでたい象徴とされる白い雪毛ゆきげであるにも関わらず王族の扱いを受けていなかった彼女を、俺は妻として迎えた。彼女は当初はびくびくと震えていたものの、俺は彼女を優しく扱い、どうにか距離を縮めていった。


 そうして国を手に入れた俺は、前世の暮らしと理想とするモノを手にするべく、一人の王様として奮闘する事となった。

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