第12話 お人好しでバカで極端で考え無しで。

「カエデなにかわかったか?」


トラップを習得した俺はカエデに頼んだ件の報告を聞きに来る。


「ああ。これがルイの任務だ。」


カエデはカウンターの上にリストを置き、俺に見せる。

パラパラと中身を確認する。

一枚ごとに人物の写真、身分、周りの人間など、精密に調べ尽くされた情報が乗っている。


「これがルイの殺すターゲットか?」

「ああ。狙うとしたら今日の夜。このターゲットのときだ。ここに行けばルイに会える。」


狙うべきターゲットと最適な場所に指を指す。

精密なこのリストに劣らない情報収集。

これほどのものをどうやって手に入れているのだろうか。


「だがルイは俺達を狙ってんじゃねぇのか?」

「ルイは俺達を狙ってはいるが、暗殺しにくる人間はすべて上の奴らが実力や、性格を考慮して決める。その点。多分ルイは来ない」

「わかった。じゃあ俺はここの場所に向かう。」


カエデたちが尋常じゃない情報収集のお陰でルイのもとに行くことができる。

これからは一人の戦い。


「一人で行くのか?」


俺の後ろ姿をカエデが引き止める。

心配の目か、疑いの目か。


「ああ。これは俺が責任を持って片付ける問題だからな。心配しなくても生きて帰って借りは返すぜ!」

「…そうか。気をつけるんだぞ。」

「おう!」


少し違和感を覚えたが、

カエデたちに見送られ、ルイが来るであろう場所まで走る。ターゲットは森の小屋に住んでいる平民だ。

運良く森の中の上、夜のためトラップを仕掛け放題だ。

ルイが来るまで作戦に沿い、意図した形でトラップを仕掛けた。


それから数時間が経つ。

どこからか足音がした。俺は姿を表し、少し開けた場所でルイの前にたつ。


「よぉ。さっきぶり」

「…お前の方からくるとは思わなかった。」


ルイはいつもより数段殺気立っている。

目に光はなく、自分の見てきた日常のルイを疑うほどに不気味さがあった。

今回もしっかり暗殺モードのようだ。


「なんの用だ。まさか殺されに来たんじゃないだんだろ」

「…お前と話をしにきた。

ルイ。………暗殺部隊を抜けよう。」

「…は?」


森がざわめく。カラスが飛び立ち、月の明かりが俺達を照らす。


「ルイ。お前がこの国のことを思っているのは知ってる。だから、こんなことしてたらだめだ。

本当に国のためになりたいってんならこのルールごと潰すべきだ。」

「そんなことできるわけない。お前が思っているよりこの国の闇は深いんだよ。」

「どうしてそこで諦めるんだ。やってみなきゃわからないだろ。なにかしようと思っていても行動を起こさなきゃ意味がねぇ。」


ルイは更に殺気立つ。

かなり苛ついてきたのが見ただけでわかる。

俺の頬に冷や汗が流れる。肌には鳥肌が立つ。

恐怖が徐々に大きくなっていく。


「俺はもう後戻りできないほど罪を重ねた。もうそっちにはいけないんだ」


話を強引に終わらせるようにマントの下から短剣を取り出し、少しづつ距離を詰めてくる。

もういまここで話すことは難しいようだ。

…ここまでは計画通り、ここからが勝負。

俺はルイの方向とは逆方向の月明かりが当たらない暗い森に走り出す。


「…怖気ついたか。その程度では逃げれないぞ」


俺を追ってルイが続く。

俺の作戦はこうだ。

まずルイを話で苛立たせ、油断を誘う。

そしてトラップだらけの森ではめるという至極単純な作戦。

だが、ゴルドさんがルイ専用に即席で作った特別性の糸トラップはハマれば勝ちのほぼチート。

勝機はある。


「!」


ルイが何かを感じたようで森に入ったところで立ち止まる。

どうやらトラップに感づいたようだ。

暗殺者の感覚の鋭さは侮れば命取りになる。

そこで俺がもう一声。


「そのトラップ、ゴルドさんが作ったんだよ!

お前専用の、オリジナルらしいぞ!」


本からの直伝心理戦法をここで使う。

ゴルドさんはルイの唯一の理解者。

これほど手強いものはない。


「お前の性格とか全部わかってるよなー!

もしかしたら森に入った時点でハマってるかもよー?」

「…舐めるな」


夜目では認識できない速さでルイの近くの木と糸トラップが切られる。

草木が周りに倒れ込む。


「見えないほど早い…!すごいな」


ルイはトラップを切りながら前進する。

攻略法がわかった小細工などもはや警戒すらされていなかった。

俺は更に森の奥へと走っていく。

対してルイは徐々に切るスピードが早くなり、距離が縮まる。


「もう追いつくぞ」


ルイが指定した位置まで来ると俺は笑みをこぼす。


「…やっぱりこっちのほうが一枚上手だ」

「!?」


ルイの体に糸が巻き付く。驚くルイだがこのシチュエーションにつなぐまでは簡単だった。

ゴルドさんはルイの事を熟知している。

ルイに用意したオリジナルトラップの正体は切ったら作動する式のトラップだった。

最初に張っているだけの糸を設置しておくことで自然とこの状況まで簡単につなぐことが可能となる。


「切れない糸とは…甘いな」


トラップは完全に作動したと思ったが、目を凝らすとマントを身代わりにし、体制を低くして避けているルイの姿が視界に映る。

——読まれていた。

トラップの性質を理解したルイは糸を避けながらこちらに向かってくる。

今から走っても手遅れだ。


「殺す覚悟のないやつに何も押し通すことはできないんだよ」

「いや、殺す覚悟なんてなくても''俺と''ゴルドさんのトラップはお前の一枚上を行ってる」


俺が含みのある発言をした直後、

俺の体にルイの短剣が届く。


「ぐっ…」


咄嗟に体をひねるが、腹の周辺を縦に切られる。


「…なに!」


再度ルイの体に糸が巻き付く。

予期せぬタイミングだったため、なすすべなく糸が絡まっていく。

手足を縛られ、身動きが取れなくなった体は地面に倒れ込んだ。


「くそっ…」

「これが俺自身の作戦だ。

ゴルドさんからルイは殺せると確信したら必ず首を狙ってくるって教えてもらっていたんだよ。

狙われる場所がわかっていたらすこーし体の向きを変えて糸を切らせるなんて簡単だったぜ」


動けなくなったルイに種明かしをする。

ギシギシと奥歯を噛む音が聞こえる。


「…それでも自分の体を切らせるなんて下手したら死んでただろ」

「まぁ、俺英雄になりますし、これくらいのことできて当然だ」


ルイも半目でこっちを見てきた。

別に変なこと言ってないはずだ。


「さあ。これで話せるようになったな」

「…お前と話すことはなにもない」


興味がないように顔をそむける。

まだ話す気はないようだ。


「お前は暗殺部隊を抜けるべきだ。このまま罪を重ねたって責任感が増えていくだけだろ」

「抜けられるわけ無いだろ。俺はもう裏社会にも顔が知れてるし、何より死んだ仲間に申し訳がつかない」

「…死んだ仲間?」


俺の話に乗っかるようにワードが出てくる。

痛いところを突かれたのか感情的な声になっていると感じる。


「俺をかばって死んだ仲間。俺が余計なことをして苦しんで死んだ仲間。…俺が殺した仲間。全員俺を恨んでるに決まってる…!」


「それはちがう!お前は悪くない。全部この国が仕向けたことだろ!」


「違う!全員俺が殺したようなもんだ!あいつらは俺に苦しんで死ねって言ってる!俺はもっと殺して罪を重ねて無様に苦しんで生きて、死ななくちゃいけないんだよ!」


「お前が殺した仲間はお前が生き残るために殺したんだろ!余計なことをしたのは必要だって思った優しさ!かばって死んだ仲間はお前がこの国に必要な存在だったからだ!

お前の仲間はお前じゃなく国を恨んでる!

お前に託したのは意志だろ!

まだ生きている仲間は救えるかもしれねぇ!

死んだ仲間は報われるかもしれねぇ!

お前はこのままでいいのかよ!」


「…!仲間は許しても神は、この世の中は許してくれない!俺はまだ罪のない人もたくさん殺したんだぞ!」


「じゃあてめぇは!」


ルイの胸ぐらをつかむ。


「なんか悪いことしたらああやっちまったなって思って目ぇ背けんのか!ちげぇだろ!

神が世の中が許してくれないとか関係ねぇ!

悪いことしたら、『ごめんなさい』を言って!

やっちまったことを取り戻す行動をするんだろうが!」


「……っ!!お前に何がわかんだよ!つい最近まで何も知らなかったくせに…!」


「そうだ何も知らなかったよ!でもな俺は本の世界と現実との違いを実感して、嫌だって思った。

だから俺は俺の思うような国にしたい。それだけだ!」


ルイはうつむいて黙り込む。


「………なんでそんなことできると思えるんだ…」

「俺は英雄になるから」

「馬鹿なんじゃ、ないのか」

「今頃かよ?自慢することじゃないが、これが俺の長所と言ってもいいぞ!」

「お人好しで、バカで極端で…考え無しで

……明るすぎるよ…」

————ほんとに明るい…


夜が、明けてきた。















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