奪取
夜闇に沈む軍駐屯地。女賞金稼ぎ七瀬サキは癖の有る長い金髪を夜風になびかせ、駐屯地内にある管制塔の屋上から景色を眺めていた。警告灯の赤い光が明滅するのを飽きもせずに見ている。市警の掴んだ情報では、もう少しで敵性国家大江戸のスパイが最新鋭戦闘用ホバークラフト、パワークラフトと呼ばれている――を奪いに来るはずだった。
自分たちはそれを阻止し、大江戸が強奪を計画した動かしようのない証拠を掴む。
夜風は冷たく、心地良かった。夜景が聖夜の電飾の様だ。
しばらく夜を楽しんでいると携帯端末が呼び出し音を鳴らす。
〝時間だ〟通話は短かった。
サキはパワークラフト格納庫へ向かうべく、エレベータで下層に向かった。
* * *
札幌防衛軍、真駒内駐屯地、第三格納庫の扉は耐爆仕様の、普通の手段では破壊できない代物だった。戦車の主砲で撃たれても中身を晒す事は無い。
壁も天井も扉も十キロトンの核爆発にも耐える構造だった。
最高機密の試験兵器を保管するそれは扉の開閉時刻をコンピュータが管理し、一定の時間以外一切開かない仕組みになっていた。人の出入りする小型の耐爆扉は別だ。
サキたちは敵が来る前に格納庫内で布陣し、待ち伏せする。
敵が来る予想時間は深夜から朝方までかなりの幅が有った。
チームは四人。軍人と警官からなる大規模銃撃戦にも対応できる精鋭揃いだ。敵は一人、しかし全身義体化された超人だ。大江戸防衛軍少佐箭多巴。サキと浅からぬ因縁の有る女だった。
サキの合図で四人は散る。
既に監視カメラはフル稼働していた。赤外線も可視光も捉える高精細のそれが計八カ所に仕掛けられている。
カメラ情報を照度を最低にしたヘッドマウントグラスで共有し、待って待って待ち続ける。
携帯端末で時間を確認する――もうそろそろ夜が明ける。
格納庫には一切の光は入らない。扉が開かない限りずっと暗闇だ。
一人ずつ休憩を挟んだ、排泄と食事、水分補給の為だ。
サキは固形食とスポーツドリンクの朝食を摂る。栄養とカロリーだけの、およそ食事とは言えない食事だった。
来ないのか――そう思った時、仲間からの視覚情報が届く。
マンホールがずらされ、細いケーブルカメラが周囲を探っている。見つからないように死角に入る。
敵だ—―サキは確信する。
マンホールから光学迷彩に身を包んだ細身の女のシルエットがのぞいている。ヘッドマウントグラスに強調処理された姿が映る。その影が急に消えた。
〝消えた――?〟仲間が焦る声がヘッドセットに響いた。
「超音波探知。光学視認は捨てて」サキは慌てず指示を出す。
グラスの隅に映る視覚情報の一つがぐらりと傾いた。
仲間の一人が倒された――サキはブラスターを抜くと壁に背中を付けた。背後からの奇襲を防ぐ為だ。
更にもう一つの映像が途絶した。
その時、サキは仲間がこちらに向かってくるのを超音波視覚で捉えた。
「どうし――」おかしかった。生き残ったのはサキともう一人のはずだ。しかし、その動きに合わせてカメラの映像も動くはずなのに微動だにしていなかった。
「しまっ――」サキはブラスターを向かってくる仲間に向ける。発砲しようとした時、首に衝撃を感じた。
仲間は囮だった。暗くなっていく視界の中、サキは箭多巴が光学迷彩を解除して嗤うのを見た。
* * *
エンジンの振動が身体を揺らす。
サキが気付いた時には、兵員輸送用強襲型パワークラフトの兵員室にいた。
新たに配備される予定のパワークラフトは純戦闘用と兵員輸送用の二機種だった。どちらも最大速度は音速を超える。
サキは手錠を嵌められていた。素早く周りを見渡す。二人の仲間が拘束されている。操縦席には誰もいない。
サキは何とか立ち上がると転びそうになりながらも操縦席を覗き込んだ。データリンクが繋がっている。僚車からの誘導を受けて南下している。既に市壁を越え、旧街道を音速に近い速さで突進している事がモニタから分かった。フロントウィンドウには土埃に隠れながらもう一台のパワークラフト、大きさからして純戦闘用が爆走しているのが見えた。
行き先は苫小牧だった。
あと十分もすれば旧市街に入るだろう。時間は少なかった。サキは仲間を揺さぶる。女性軍人が気付いた。もう一人の女性警官も怪我はしていない。
「ここは――」
「私たち、拉致されたわ。分かるでしょう」
「パワークラフトの中、ね。やられたわね――チームに内通者がいるとは」女性軍人は息をついた。
「このままだと大江戸まで連れて行かれる。どうにかしないと」
「それなら何とか出来るかも」女性軍人は腕を上げると軽くひねる、左手が腕から離れた。
「義手だったの――?」
「事故でね。機械の手なんて好きでは無かったし、ごく親しい人にしか教えてなかった。こんなところで役立つなんてね」軍人は笑みを浮かべた。
軍人は手早くサキと女性警官の手錠を外すと、武器を探し始めた。戦闘用ブラストライフルが座席の下に備え付けられてるのを確認する。
女性警官も目を覚ました。
「私の銃は」女性警官は慌てた様子だった。サキはブラスターに付けた位置情報タグを携帯端末で鳴らす。兵員室の隅に有るコンテナからくぐもった合成音が響いた。端末にも位置が表示される。
女性軍人が左手でコンテナの錠前を壊す。
「あった」サキのブラスターと女性警官の銃、女性軍人のパーソナルブラストウェポンが入っていた。
三人は操縦席から前を見る、市街地に入ったパワークラフトはビル群を突っ切っていく。
「どこまで行くつもり――」女性警官が銃をヒップホルスターに収めながら呟いた。
まっすぐ行けば、海だ。
「冗談でしょ」パワークラフトは速度を落とさずに埠頭を越えて海上に飛び出す。
押し殺した悲鳴が上がった。
体が宙に浮く感覚がサキたちを襲う。
ずしんという衝撃と共に重低音が身体に響く。
サキはパネルを見る。モニターには五十キロ先に目的地が有ると表示されていた。自動操縦装置を切ろうとしたが、切れなかった。
フロントウィンドウに映像が投影された。目的地を捉えたカメラ映像だ――に水柱が吹き上がった。
海を割って黒い柱が立ち上がる。
「大江戸の潜水母艦……!」女性軍人が呻いた。
「操縦を手動に出来ないの?」女性警官がサキに聞く。
「駄目――出来ない」サキが操縦桿を掴むがまるで言う事を聞かない。女性軍人もパネルのスイッチを切るが、まるで反応は無かった。
見る間に潜水母艦のシルエットが大きくなる。母艦は甲板を左右に展開し、格納庫をさらけ出した。
「戦闘準備を」サキは言うとブラストライフルを座席下から取り出した。警官と軍人もそれに倣う。
パワークラフトには車載機銃やグレネードランチャーが有ったが、セントラルコンピュータがジャックされた状態では武装は使うことが出来なかった。
「母艦に着いたら私が上部ハッチから射撃して接近する敵を叩く。二人は後方の乗降用ハッチを開けて援護して。この型の潜水母艦はAI制御だったはず。戦闘員はいないか、いても少ないわ。箭多巴と裏切った軍人さえ押さえればまだ帰還できるチャンスはある」サキはざっと戦術を立てた。
三人は顔を見合わせる。
フロントウィンドウから先行する戦闘型パワークラフトがエンジンを最大出力にしてイルカの様に飛び上がるのが見えた。
戦闘型が潜水母艦の甲板に着艦する音をマイクが拾う。
きっかり十分後、今度はサキたちの載るパワークラフトの振動とエンジン音がひときわ高くなる。床に押し付けられるようなGが掛かる。わずかな時間差で今度は上に浮き上がるようなマイナスG――エレベータが下降する時のそれの数倍の加速だ――が掛かる。
揺れが完全に収まる前にサキはハッチに両手を掛けた。
「行くわよ――」
戦いの火ぶたが切られようとしていた。
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