交戦

 サキは自宅で三日かけて捜査資料を洗ったが箭多巴の情報を掴むことは出来なかった。そんな時、姉のシキが言った一言が事態を打開する切っ掛けとなったのだった。


「能力者に証拠の品を見てもらえばいいかもしれないわ、サキちゃん。確実とは言えないけど」


「市当局がそれを証拠として採用してくれるかしら」


「手段は問わないって言ってたじゃない。それにこのままじゃサキちゃんが罰を食らっちゃう。私が診てもらった人ならもしかして」


 サキは娘アイが生まれてからシキが占いや霊能力者に一時頼っていた事を知っていた。シキから聞いた中で一番驚かされたのはサイコメトラーの女性の話だった。彼女は秘密にしていたはずのアイの出生、サキとシキの恋愛関係を何も言わない内に当て、サキのブラスターを使っていた祖父のことまで言い当てたのだ。


「そうね、彼女なら」サキは現場にあった証拠を持って彼女を訪ねようと決めた。


 現場にいた知り合いの刑事たちにも連絡する。


 知る人ぞ知る能力者の予約はかなり取りづらいはずだったが一週間後に確保できた。上手くいけば良いけど――サキは期待と不安が胸に宿るのを感じた。


 *   *   *


「本当に当てになるのかね」昼、サイコメトラーのオフィスにサキは向かう。マンションの一室だった。刑事は人造人間レプリカントの相棒を連れてきていた。刑事は半信半疑だ。


「土方さん。まあ見ていて下さい」サキは余裕という感じだ。


 三人はドアの前に立って呼び鈴を鳴らした。


「いらっしゃい」ドアが開き、まだ若い女性が顔を出す。


「よろしく、ミナさん」


「久しぶりですね、サキさん」


 サキたちは玄関で靴を脱いで部屋に上がる。サイコメトラー朝美娜チョ ミナは名前の通り朝鮮系の市民だ。


 住んでいる所は高級住宅地と高級住宅地の狭間の比較的治安の良い場所だった。マンションは警備会社と契約した女性専用のそれだ。


「少しお茶でもしましょうか。まずリラックスしないと私の力は出ないんです」


「嬢ちゃん。俺たちは遊びに来たわけじゃ――」


「まあ、良いじゃないですか。土方刑事」人造人間の若い刑事は土方をやんわり制した。


 ミナは四人分の紅茶とお茶請けを持ってテーブルに着いた。


「まず土方さん。貴方は今日私に見てもらおうと指輪を持ってきてますね」茶が進んだ時ミナは言った。


「ああ」土方は驚いた。


「サイコメトリー?でそんなことまで分かるのか」


「これはサイコメトリーとは違います。私、サイコメトリー以外にも霊能を持ってるんです。貴方の亡くなった奥様――名前は優実さんですね――教えてくれてます」


「まだ信じられん。俺のデータを見たんじゃないのか」土方は天を仰いだ。少し迷って指輪を差し出す。


「俺の――」そこでミナは土方を遮った。


「いいえ、何も言わないで下さい。私は常に正解を言い当てる訳じゃない――だからこそ間違った時はそうと知りたいんです」


 ミナは指輪を受け取ると、それを手に握って額の前にかざした。


「優実さんが亡くなったのは――九年前の6月29日。死因は脳に出来た悪性腫瘍。出会ったのは警察学校を卒業してから――彼女のバッグをひったくった犯人を目の前で捕まえたのがきっかけですね。子供には恵まれなかったけど、彼女は貴方の生きがいだった――」


 次々と自分しか知らない事を明かされて最初は半信半疑だった土方もその能力を信じざるを得なかった。


「じゃあ、本題に。この金属片に関わる人物が今どこに居るか分かりますか?」サキが事件現場から持ってきた品をミナに渡す。


 指輪と同じ様に額にかざすと、今度はテーブルに品物の入ったジップロックを置いて両手で包んだ。


 十分以上そうしていたミナはようやく西岡にある高級ホテルの名前を挙げた。


「少なくとも二日前まではそこにいました。参考になれば良いんですが」


「ありがとう」時間いっぱい箭多巴について質問したサキたちは礼を言うと立ち上がる。


「また何かあったら訪ねるわ」


 見送ってきたミナに手を振ってサキたちは表に出た。


「早めにホテルに行ってみた方が良いだろうな」


「ホテルに連絡を入れますか?」土方の相棒、人造人間の刑事が聞いてくる。


「警戒されるかも知れない。土壇場まで手の内は明かさない方が」サキは駐輪場で愛車の電動バイクに跨りながら言った。


 土方と相棒の刑事も大出力の電気自動車に乗り込む。


 外環道を走って三人は箭多巴を追うべく西岡のホテルドリームヒルに向かった。


 *   *   *


〝怪しい三人組が尋ねてきたわ。どうするの?少佐〟連絡役の情報将校兼愛人からの秘匿通話を受けた箭田巴はホテル屋上でサキたち三人が罠にかかるのを待っていた。


 既に三人の顔は送られてきた視覚情報から掴んでいた。


 ビルの端に立って三人が出てくるのを今かと待つ。ホテルの監視カメラとリンクした視覚情報で得物が部屋を出たのが分かった。もう少しよ、ベイビースイート、巴は舌なめずりしつつその時を待つ。


 裏口から三人が出てくるのを確かに巴の義眼は捉えた。


 巴は高飛び込みの選手の様にビルから飛び降りる。


 頭を下にして、巴は落ちていった。


 *   *   *


「いませんでしたね。箭多巴――二日前までいたとミナは言っていたけど」


「隠しているのかも知れん。大江戸の住人が泊ってたんだ。全く関係が無いとは――」土方はサキに答えて違和感を覚えた。


「――危ない!嬢ちゃん!!」土方はサキを突き飛ばす。


 サキは見た、頭上から降ってきた影が土方を押し潰したのを。


「土方さん!」サキは腰に吊ったブラスターを抜こうとして、衝撃にそれを阻まれた。人造人間の刑事がサキを抱えて走っていたのだ。


「離して――離しなさい!この人間モドキ!」サキは思わず叫んだ。


「助かりません――土方さんは」


 敵はホテルの屋上から飛び降りてきたのだ――全身義体のサイボーグなら出来ない事でもなかったが、そこまで直接的な行動を取ってくるとは正直考えてもいなかった。


 ビルの角を回る。


「来ます――サキさん!」刑事がサキを腕から降ろすと拳銃を抜く。サキはブラスターを構え敵襲に備えた。


 その時、サキの背後の壁が吹き飛んだ。


「がッ――」刑事が紙人形の様に飛ばされる。


 その一瞬にサキは振り返りブラスターを三点射した。


 敵、大江戸のスパイ箭多巴は右腕を吹き飛ばされていた――は手に握った刑事の腕を放り捨てると腰から拳銃を抜こうとする。しかしサキの方が早い。


 残った左手も粉微塵にされた。負けを悟った巴は相手の顔を義体のカメラに収めて逃走を図った。


 サキは発砲したが相手の姿は消えた。光学迷彩か――サキは辺りを警戒した。上の方から金属がきしむ音がした。巴が看板を踏み台にして跳躍したのだと知った時にはもうその姿は視界の外だった。サキは生き延びた事にほっとしたが、受けた被害を思ってそんな気持ちは吹き飛んでしまった。


 完敗だ。


 人造人間の若い刑事は死んでいた。サキは黙とうすると土方が襲われた裏口に戻る。土方も酷い有様だった、頭は残っているが頸椎を首ごと潰され即死だった。市警に連絡を入れ、土方と相棒の刑事の搬送を頼む。


 野次馬が集まってくる。引継ぎをやってきた警察の担当者に任せると、サキは箭多巴が泊っていた部屋を再捜査しようとした。先程も捜査は出来なかったのだ。やはりホテル側が協力してくれない。市当局に訴えたが、書類を揃えないと許可は出せないとの一点張りだ。


「人が死んでるのよ!何を言ってるか分かってるの?」担当官との電話でサキは声を荒げる。


「箭多巴をみすみす逃がすつもり?――もういい!」サキは電話を切るとホテルマンの制止を振り切り部屋に向かおうとする。


「お客様――」戦闘用のサイボーグらしき二人組が立ち塞がった。ホテルの警護役だろう。一人が隙を見せずに後ろに回り込んだ。それくらいで引き下がれない程サキは頭に来ていた。


「どきなさい」サキは感情を殺した低い声で言った。


 警護役が間を詰めてくる。暴徒鎮圧用の電磁警棒スタンバトンを威嚇するように構えた。


 サキはいつでもブラスターを抜けるよう僅かに身体から力を抜く。


 サキとサイボーグの視線がぶつかる。


 ――ホテルの客や従業員に緊張が伝染する――空気がナイフで切れそうな位に張りつめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る