月虹影 運命交差

ダイ大佐

臨界点

 西暦2125年、世界に散らばる都市国家群は気まぐれな同盟を結んであちこちで戦争をしていた。戦争はただでさえ汚染の進んだ地球を更に汚染した。


 北半球有数の都市国家札幌は旧東京――現都市国家大江戸と戦争手前の緊張状態にあった。


 札幌で対サイボーグを専門とする賞金稼ぎの七瀬サキは極秘の依頼を受け、札幌に潜入した大江戸のスパイを狩る任務に就いたのだった。


 *   *   *


「ああ、少佐……少佐」札幌のとある貧民窟スラムの安宿にその女、箭多巴やた ともえは居た


「私の撮影した写真、お役に立ちまして……?」


 娼婦――幼女から熟女まで、それも四、五人はいる――を抱きながら大江戸防衛軍特務機関少佐、箭多巴は機密情報の札幌の地図を記憶メモリにダウンロードする。脳と接続したマイクロマシンに格納された情報をテスト呼び出しし、差し支えないことを確認する。その間も女を嬲ることは止めない。巴の首から延びるケーブルが女たちに接続されていた――肉体と脳を用いた性感を電脳で増幅させる半電脳性交だ。


 女たちに集めさせた情報もケーブルを通じて回収する。


 快楽を女たちと分かち合って果てた巴は指定された時間に脳を覚醒状態にするドラッグのアンプルを義体にセットして半睡眠状態での女たちとの完全電脳性交を始めた。


 女たちが所属していた娼館には全員の身代金を先に払っている。


 三時間後、一秒の狂いもなく脳に焼き付く心地良さと共に、夢から浮かび上がるように目覚めた巴は寝ている女たち、快楽で脳神経を焼き切られてもう息はしていない――からジャックを抜くと自分もケーブルを外した。


「良かったわよ、貴女たち」首を振って心地良さを味わう。長く黒い直毛がなびく。死んだ女たちに礼の言葉を言って安ホテルを出る。どの道良い目に遭いそうにない女たちに極上の快楽を与えた上に今後一切の心配もしなくて済むようにしてやったのだ。感謝される事は有っても咎められるいわれは無い。巴は本気でそう思っていた。情報を集める手足として使った現地の女は快楽死にさせる。それも巴の流儀だった。


 札幌を覆う遮光ドームは採光モードだった。不自然に青い空が巴の目を焼く。任務の為に拠点にした宿に戻ろうとAIタクシーを端末で呼び出す。


 十分後にあらわれた車に乗り込むと、街の反対側にある高級ホテルに向かった。料金を払う段で車載コンピュータを有線接続してハックし乗車履歴から自分のデータを消す。


 ホテルの部屋には相棒がいた。大江戸から乗り込んできた連絡係の女。巴の愛人兼監視役だ。


「真駒内の札幌軍駐屯地に最新鋭のパワークラフトが配備された。その情報よ」巴はデータのやり取りを盗聴されにくい有線接続を好んでいた。今は旧式となったやり方だが秘匿性は高い。他にも有線にこだわる理由は有るが巴の義体は無線通信も出来るようにはなっている。


 女たちが飛ばした隠密ステルスドローンが捉えた格納庫に入ったパワークラフト、音速を超える速さの戦闘用ホバークラフトだ――のカメラ映像と軍コンピュータに侵入して取得した性能データと設計図、テストパイロットのレポートなどを連絡役に転送する。


「配備の状況は。少佐」女が巴にしなだれかかる。


「試験型が13台、前量産型が9台、すでに納入されてるわ。その情報もこれから取りに行く」巴は女の唇を軽くむさぼる。


「真駒内は最終配備地では無いのでしょう?パワークラフトの運用を考えれば市周辺地域の前線基地に配備されるはず」


「真駒内は転換訓練の場よ。西岡の演習場で実戦訓練を積んでる」


 更に札幌市軍の戦闘ヘリと市内を飛ぶ警察の治安維持へリ、戦車、機動戦闘車、軍用機などの配備を示す電子地図を転送した。


「今日はこれで良いわ。後は楽しみましょ、箭多巴少佐」女はケーブルを外すと上着を脱いだ。先導するようにシャワールームに入る。


 巴は服を脱いでその後に続いた。


 *   *   *


「何?箭多?巴?大江戸の特務少佐?」月に一度の報告に出向いた警察署で七瀬サキは姉のシキと娘アイとで昼食を取っていた。監督役の警察官が示した電子タブレットを受け取ってテーブルに載せる。髪の長い女の電子写真と簡単な経歴が写されている。


「命令よ。一カ月以内にこの女を見つけて処分しなさい。手段は問わないわ」


「物騒ですね」シキはアイにミルクを飲ませながら言った。


 シキは一時引きこもりだったが二人の娘であるアイが生まれてから表に出るようになった。


「貴女の端末にこの女が最後にいたホテルを伝えるわ。娼婦五人が殺害されてる」


「引き受けるなんて一言も言ってないけど」


「拒否権は無いわ。逆らうなら貴女たちの市民権を剥奪する」サキの抗議はあっさりとはねつけられた。


「何で私なの」


「人事管理コンピュータのお告げよ。文句があるなら〝彼女〟に言いなさい。食休みくらいは見逃してあげる。期限までに目標を仕留められなかったら貴女の〝市への貢献度〟は2ランク下げられるわ」監督役は勝手にデータをサキの携帯端末に転送した。さっさと彼女は身を翻して食堂を出て行く。


 サキは溜息をつくとシキとアイを見た。

「ゴメンね。休暇は無くなっちゃう」


「悪いのはサキちゃんじゃないわ。市当局よ」シキの口調にサキは冷や汗をかいた。


「アイとシキは私が家まで送るわ。今日一日くらいは一緒にいても罰は当たらないでしょ」


 三人は昼食を平らげると共用電気ビークルに乗り、ピラーと呼ばれる文字通りドームを支える高層アパートに帰る。仕事で無くなる分を埋め合わせるかのようにシキとサキは愛し合った。


 *   *   *


「ご苦労。特捜の七瀬サキよ」翌朝早くに現場に出向いたサキは規制線を張っている人造人間レプリカントの警官たちに携帯端末から身分証明のデータを見せて娼婦殺害現場のホテルに入った。


 既に遺体は片づけられ、ベッドには特殊顔料で白線が描かれていた。市警の刑事が二人、入ってきたサキを見た。


「ご苦労さん。七瀬サキ特殊捜査官」年かさの刑事が穏やかに話しかけてくる。


「鑑識は入ったんですか?」サキも柔らかい声で尋ねた。


「ああ。犯人ホシの目星はついてる。大江戸のスパイだ。足取りを追ってるんだが」


「鑑識から体毛や体液の分析結果とDNA情報を転送してもらいましょう。そろそろ結果が出ているはずです」若い刑事は人間ではなく人造人間だった。

 

 丁寧過ぎる態度が癇に障る。そう感じるのを禁じえなかった。


 サキは自分の双子の姉シキが人造人間だと知ってから彼等への偏見を無くすよう努めていたのだが、それでも完全に偏見を拭い去ったとは言えない事を自覚する。


 人間ではない、人間もどきだ――どうしてもその意識が残っている。


 携帯端末が通信音を鳴らした。鑑識からだった。娼婦たちの筋繊維の断裂具合などから犯人の義体のパワー等の推定値が送られてくる。娼婦たちの内三名は市民IDを持ってはいなかった。持っている者も市への貢献度で最低のランクとされて行政サービスから弾かれ、二十年近くデータ更新がされてなかった。


 娼婦殺害の義体は数百馬力のパワーを有すると鑑識は警告していた。


 大江戸は戦闘用の義体の開発で世界有数だった。生身の身体と機械のキメラを造ることに奇形的な技術を発展させていた。


 値段が高すぎて民生用はほとんど無い。全身義体化できる金を持つ民間人などごく限られた上級市民のみ、それも皮膚感覚などのフィードバックのない文字通り機械の身体しか手に入れることしかできない。


 サキはデータを検証しつつベッドの周りなどを確認する。ベッドの手摺りに金属が擦れた様な痕がある。手袋をはめ、ナイフで金属をこすり取るとジップロックに入れた。


 鑑識のデータと照合したが、何のものかは分からなかった。


 四時間ほど現場を調べたが、箭多巴が殺害に関与したという直接的な証拠は掴めなかった。


「私は死体安置所に行きます。貴方たちは?」


「俺らはもう少し部屋を検分してく。大丈夫だとは思うが、気をつけろよ、嬢ちゃん」


「お気遣いどうも」悪戯っぽく笑ったサキは表に止めておいた大型電動バイクに跨ると、娼婦たちの検死が行われた病院へと走った。


 *   *   *


 札幌中央警察署、貧民窟から一番近い基幹警察署に娼婦たちの遺体はあった。病院の安置室では空きが無いためだった。


 病院で検死記録のデータをダウンロードしたサキは娼婦たちの死因は心停止だとの検視官の意見を聞いた後、遺体を直接検分しようと中央警察署に入る。


 遺体安置室に入ったサキはコンピュータの補助を受けて遺体の脳から死の直前に見た光景を五感をリンクさせ再現する。検死では再現できなかったと報告が有ったものだ。遺体の死後経過時間を考えれば自然に脳の記憶野が劣化したとも言えた。


 サキは危険を承知で深深度へのダイブを行う。


 しかし奇妙な動く模様が映し出されるだけだった。その途端脳を焼き切るような快楽に襲われ、思わず再現コンピュータのヘッドセットをむしり取る。


 ほんの少し反応が遅れたら脳に障害が残ったかもしれない。それほど凄まじい刺激だった。


 サキは頭を振ると娼婦たちはこれで殺されたのだと理解した。検死報告書では心不全となっていたが、過大な負荷に身体が耐えられなくなって心臓が止まったと考えられる。


 サキは警察にこの事を付き添いの警官に報告する。警官はサキの無謀な行動とその結果出てきた新たな証拠に驚いた。箭多巴のデータには同性愛者との報告があったが決まったパートナーの情報は無い。単なる性欲のはけ口として娼婦たちを使ったのか――なら殺す必要は無い。


 娼婦たちは巴の手先となり、必要が無くなったかアシが付きそうだと判断されて始末された可能性が高い。警備ドローンが撮影した動画はジャミングが掛けられ箭多巴の姿は確認できなかった。箭多巴の名前で札幌に認識されている人間はいない。旅行者の名簿にもだ。瞳の光彩でも、指紋でも、DNAでも引っかからない。


 偽名を使うのは当然にしても光彩やDNAまで隠蔽されている――流石にそうそう簡単にはいかないとサキは覚悟した。


「打つ手なし――か」サキは一旦引いて自宅で証拠を洗い直そうと警察署を出た。既に日は傾いている。


 まだ時間はある。焦っても良い結果は出ないだろう。バイクに跨った時、ドームが遮光モードに切り替わった。今後の捜査の行く末を暗示しているみたいだ――サキは馬鹿馬鹿しいと自分を笑ったが暗闇は執拗につきまとってくるかのように感じられるのだった。

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