心を探る

「ここでお願いします」


 新木田はタクシーを停めた。


 新木田の経営する会社は9時から始業するので、社員達は皆8時台に会社に出勤してくるが、社長である新木田はいつもの習慣で7時ぴったりに会社につき、自分のデスクを軽く片付けてから予定を確認する。


 しかし、今日はいつものルーティン以外にも考えなければならないことがあった、昨日の夜に持ちかけられたインサイダー取引の件についてである。


 あれから一晩が経ち、少し冷静になって思ったことは、なぜ二階がこの話を自分に持ちかけてきたかである。


 あの男は新木田のためといったが、普通の人は他人を助けるために自分の身を危険に晒したりはしない、ましてや相手はあの二階である。


 二階とは大学時代からの同期であり、共に学友として行動を共にした仲である、そのため、新木田は二階についてはよく知っていた。


 二階はとても大胆な男であるが、決して無謀なことはしない主義である、その二階がリスクを冒して自分を助けるはずがないと新木田は思った。


 きっとこの話には裏がある。


「おはようございます」


 そう挨拶してきたのは、新木田の会社の専務取締役である小野寺だった。


「おはよう、君にしてはずいぶんと早いな」


「たまたま早く目が覚めてしまって」


 小野寺は答えた。


 普段なら間に合うギリギリに出勤してくる彼女だが、今日はなぜか早くから来ていたので新木田は驚いた。


 昨日のことを相談するべきか、新木田は悩んだ。


 というのも小野寺は普段はあまりやる気はないが、いざという時にとても頭が働くのである、そのおかげでこの会社はやっていけていると言っても過言ではない。


「少し相談したいことがあるんだけど」


「相談ですか」


「ああ、下手したらこの会社の存続にも関わることでね、他言無用で頼む」


 新木田は普段よりも声量を小さくして言った。


 「分かりました、それで一体どんな話なんですか」


 新木田はこれまでの経緯を全て話した。


「あの二階さんがそんなことを」


「そうなんだ、どうも怪しいだろ」


「社長、この話は慎重に進めた方がよろしいかと」


 小野寺はそう答えた。


「まずは二階さんがこの話を進めてきた理由を知らねばなりません」


「そうなんだが私には思いつかない、我々が取引をすることによって、二階にメリットがあることは確かなんだが」


「取引させるメリットがある……」


 少し考えた後、小野寺は口を開いた。


「そもそもどうして二階さんは部品の開発について知っているのでしょうか」


「二階の会社の下請けだから、それで知る機会がたまたまあったんじゃないか」


 二階の会社であるXカンパニーは主に白物家電の販売をしている、そのため部品の提供をしている日本トランジスタ社から新しい部品を開発したことを聞かされていてもおかしくないのだ。


「仮にその情報を知ったとしても、どうして我々にインサイダー取引をしろと言うのでしょう、単純に知っただけならそんなことは言わないはず」


「我々にインサイダー取引を進める理由か……」


「二階さんは私達の会社の資金不足を知っていたのなら、社長が儲け話を欲していると思っているはず」


 小野寺はそう答えた。


「そんな私達にインサイダー取引を勧める形なら、ほぼ確実に株を買わせることができる」

 

「なるほど」


 新木田はそう答えた。


 二階は日本トランジスタ社の株を買ってくれる相手を探していた、そして我が社の状況を聞き、株を確実に買わせる方法を思いついた。


 つまり二階は取引することよりも、株を買わせることを重要視しているはず。そう新木田は考えた。


「ひょっとして日本トランジスタは株により資金を調達したんじゃないか」


 新木田はそう呟いた。


「どういうことですか?」


「小野寺君、先ほども言ったが、このことは決して他言しないでくれ、二階はおそらく取引を持ちかけられたことを告発したら、我が社との取引をやめるように根回しするだろう、そうなったらただでさえ不景気なのに、この会社の存続が危うくなる」


「わかりました」


 新木田の会社であるスターステップは、主に家電のiotのシステムを構築する仕事をしている。その1番の顧客であるXカンパニーとの取引は二階の部署と行っているため、二階を敵に回したら、厄介なことになることを新木田は知っていた。


「小野寺君に一つ頼みたいことがある、日本トランジスタ社の決算報告書を調べて、経営状態がどうなっているか調べてみてほしい」


 小野寺は社長の意図をなんとなく読み取った。


「わかりました」


 経営状態に今回の件のヒントがある、新木田はそう確信した。

 

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