犯罪投資家

@laptop

悪魔の囁き

「新木田君、いい話があるんだ」

 

 そう言われたのは2月の初旬、新木田の経営するIT関連の会社で、春闘がもうそろそろ始まる時期だった。


「話というと?」

 

 新木田は二階に聞いた、二階とは大学時代の同期であった。二階は名前を知らない人はいないほどの大企業に勤めている部長である。

 新木田は二階の会社とは下請けの関係で、大学卒業後も仕事の都合で会うことが多く、仕事の相談もするようになった。


 そして今回もいつものバーで勉強会、という名の飲み会を開いていた。


「新木田君、最近は君の会社の業績があまりよろしくないようじゃないか」

「知っていたのかい?」

「まあね」


 二階は頷いた。そのことについて相談しようと思っていたので、先に聞かれたのは意外だった。


「最近は不景気で、うちの顧客も仕事をあんまり頼まなくなってきてね」

 

 そう新木田は言った。


「何か儲け話でもあればいいんだけど」

「それならいい話がある」

「どんな話だい?」


 二階はバーの周りを見渡すと、周囲に聞こえないように喋り始めた。

 

「うちの会社の下請けに、電子機器の部品を作っている会社があるんだが、今度そこから新しい部品を発表するとの知らせがあった」

「はあ、それで」

「その部品はよほどの自信作らしく、その会社の社長自ら買ってもらいたいとの知らせがあったんだ」


 二階の会社には多くの下請け企業があるので、そういったことは珍しくなかった。


 「それは良かったな、でもそれが何故儲け話なんだ?」


 新木田は尋ねた。確かにその話は利益を生むだろうが、それは二階の会社に利益をもたらすのであって、新木田の会社には得がない話だった。


「分からないのかい、その会社が新しい部品を作ったことを発表すれば、その会社の株価はどうなる?」

「それは、その部品がよほどすごいのなら、株価は上がるだろうな」

「そうだ、その部品を発表する前に株をたくさん買っておき、発表が終わってから売却すれば、たくさんの利益を得られるぞ」


 二階の言葉に、新木田は驚いた。


 「君は私にインサイダー取引をしろと言っているのか」


 二階の伝えてきたことは、明らかに重要事実である。

 (重要事実とは、会社の株価に何かしらの影響を与える情報のことであり、世間に公表される前の重要事実を知った上で、証券市場で有利に株取引を進めることは、違法とされている)


「私はただ君のピンチを救おうとしているだけだよ、君なら情報を外部に漏らさないだろうし」

 

 二階は答えた。


「新木田君、私と君の中じゃないか、この情報を知っているのは、その会社の社長と私、そして君だけだ」

「しかし、違法は違法だ、それに証券取引所でそんなことをすれば、売買審査でバレるぞ」

「大丈夫、確かに明らかに株の変動を狙った株の購入をすれば怪しまれてしまう、だから他の会社の株もいくつか購入するんだ」


 そう言うと二階は、どのように購入するべきかを説明し始めた。


「いいかい、株を買う時に他の会社の株を3株くらい買うんだ、そしてその株は同じくらいの値段の銘柄を買え、万が一怪しまれたとしても、君の会社で利益を得るために買ったとすればいい」

「確かに少しは誤魔化せるかもしれないが」

 

 新木田はそう呟いた。


 「君の会社が買った株のうちの一つが、偶然大きな利益をもたらした、それが筋書きだ」


 新木田は戸惑った、現状を打破する方法が今目の前にある、しかしそれは法を破っている。

 この話に乗るべきか、それとも乗るべきではないのか、この話を断れば低迷している自分の会社の現状を打開すればいいのか思いつかなかった。


「二階君、この話を僕に聞かせて君に一体何の得があるんだい?」

「君のためであり、私のためでもある、それだけだよ」


 二階はそう答えた。


「とにかく考えておいてほしい、もし買わないならこの話をしたことは黙っておこう」

「分かった、この件については考えさせていただく」


 新木田は戸惑いながら答えた。


「発表は一ヶ月後だ、買うならそれまでに」


 そう言うと、二階は会計を済ませてバーを立ち去った。


 法を犯して会社を守るか、それとも法を守って会社をどうにかするか、新木田中で悪魔が囁いた。

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