第20話楽団の暴れん坊、あるいは麒麟児? リューリーが来たぞ

「はぁ、キツい……こんなんもうやってらんない」


 小城中のほこりをはたきではたいて回りながら、俺は何度もため息をついてはしゃがみこんだ。今の人生においては全く、以前の生活でも自分のスペースを丸く片づけるくらいしかしてこなかった俺にとって、こんな広い場所を掃除するのは初めてのことだ。その上、ここに自分まで住むというのだ。安穏とした子供部屋での悠々自適の生活が、こんな急に終わりを告げてしまうとは……ため息をつきたくもなるというものだ。


 けれど、異種族特区にいたときからきちんと家のお手伝いをしていたらしきレオとミュッチャはてきぱきとモップがけをして、森に住んでいたウェンもふぅーすはぁーっと小さな風を巻き起こしては蜘蛛の巣をじゃんじゃん吹き飛ばし、アラニーもうきうきしながら新しい壁紙を斜めに星形にとまるで切り絵遊びをするように楽し気にぺたぺた貼っている。


「俺ってホントダメダメだよなぁ、リーダーなのにさ、このアイドルプロジェクトにみんなを引き込んだのはこの俺なのにもっとシャキッとしなきゃな!」


 パンっと両のほっぺたを叩いて気合を入れると、まるで俺のその気合を現すかのような大きな音が開けっ放しの窓から勢いよく吹き込んできた。


「キュイイィイーンぷぉーぷぉぃぉーリリリーン♪ ちゅるちゅるりー♪」


 この響き渡る不思議な音には、聞き覚えがある。アラニーが来る少し前、屋敷の廊下で聞いた音だ。それは公認楽団のトップであるグリッパ団長の息子、リューリーが鳴らした楽器の音だった。

 楽団と舞踊団の宿舎は同じ敷地内ではあるがこの小城とは反対方向の森のそばににあるのだが、団長たちは時々今後の活動の打ち合わせで屋敷にも訪れる。ある日父上に会いに来たグリッパ団長のあとをこっそりつけてきたリューリーが、打ち合わせが終わるのを待ちきれずに退屈しのぎに廊下でいきなり楽器をかき鳴らしてしまったんだ。その不思議な爆音に、屋敷中の使用人がびっくりして廊下に出てきてリューリーは侍従長のドレンに首根っこを掴まれてポイっと摘まみだされた。でも、使用人たちが眉をひそめたその不思議な爆音は、彼らにとっては未知のものであったかもしれないが俺にとっては懐かしく思えるポップロック調で、全く不快感がないどころかむしろ心地よかったくらいでずっと胸の奥に残っていたんだ。

 この世界でも、あぁいう音楽を好む子がいるんだなぁって嬉しく思ってもいた。けど、その後一切屋敷の中でも、敷地内でもその姿を見ることはかなわなかった。

 ミズブリギナから教えてもらった話によると、リューリーは楽団の見習もやっていたんだけど、元々奔放ないたずらっ子として問題視されていたらしく廊下でのその一件がトリガーとなりしばらく謹慎させられているはずだ。何故、こんなところであの不思議な楽器を演奏しているのだろう。


 おそるおそる窓から顔を出すと、色とりどりの鳥の羽が刺さった山高帽を被り個性的なつぎはぎ布のスモッグ姿のリューリーが長い羽ペンのような楽器の弦をぶんぶん振り回してこっちを見上げている。

 あっ、気付かれちゃった。のぞき見を見つかったようなバツの悪い思いになって思わず顔をひっこめると、今度は大きなよく通る声が窓から追いかけてくるように飛び込んでくる。


「おーい、おーい、屋敷の坊ちゃんやーい。そんなところで何やってるんだなっすー!」


 これはもう、出ていくほかはあるまい。はたきをもったまま小城の外まで出ると、後ろからてけてけとアラニーもくっついてきた。


「や、やぁ、リューリー、久しぶりだね」

「おう! おいらがこれを鳴らしてガミガミ怒られちまった時以来だなっす。この城は空き家だって聞いてたもんだからよぉ、つい練習しちまったけどうるさかったかい?」

「いやいやそんなことないよ。気にしないで」

「良かったっす。ギターリオープを鳴らすと、みんながガミガミ怒るもんでよぉ、もうここしか練習場所がなかったんっす」


 へぇ、この楽器ギターリオープっていうんだ。初めて知った。近くで見るとギターのようでいてバイオリンのようでもあり、ハープの要素もある不思議な楽器だなぁ。へぇ、アンプまで内蔵されてるみたいだ。

 めっちゃ面白い! そう思ったのは俺だけではなかったようで……「ねぇねぇ、そのギターリオープっていうのぼく初めて見たよー。面白いねぇ、この領地の楽器なの?」目をキラキラと輝かして、アラニーも興味津々にリューリーに問いかける。


「おうともよ! おいらが発明した楽器だものさ。そのうちこのルクスアゲルの名物になるかもなぁ」

「わーすごいねぇ、自分で楽器が作れるなんて」


 本当だ。俺らとそう年は変わらないだろうに、こんな鬼才、いや天才が身近にいたとは。言葉を失うほど感動していた俺の頭に、またピカッとひらめきの光が宿った。

 そうだ! 俺らにはまだ音源がないんだった。この地にも録音機器はあるし、むしろ前の世界よりコンパクトで進んでいる。けれど、舞踊団や歌手が舞台でパフォーマンスするときは生演奏でやるのが常だし、カラオケでやっているのは観たことが無い。そもそも、カラオケでやるにしても流す音源がないんだから。

 よし! またスカウトだ。「あ、あのさ、リューリー。今楽団ではどういう感じなの?」まずは現状を把握。「うーん、おいら首だってさー元々正式団員ではないんだけどよ。団長の息子はトラブルメーカーだとかやんややんやほかの大人から父ちゃんがやられちまってよ」「それは気の毒に、ところで俺らに協力してもらいたいことがあるんだけど」うをーこりゃ我ながら唐突過ぎる、俺、焦ってついがっついちまった。


「なんぞー、坊ちゃんは一体おいらに何をさせたいんだー」


 いや、もう後には引けない! 音源はどうしても必要なんだし、ピンときたこの気持ちは裏切れない。

 今までだってこうやって仲間を増やしていったんだから! 今回もきっと上手くいく。


「俺とここにいるアラニー、後小城の中にいるレオとウェンの四人でアイドルグループを結成したんだ。あっ、アイドルっていうのは歌いながらダンスしてみんなを楽しませるものなんだよ、それでね、その時に使う曲の製作を君に頼みたいんだ!」

「ほうほうほう、そりゃ面白そうだな。おいらおもしれーことも新しいことも大好きだ! うん、やるっ! 坊ちゃんとお友達の坊ちゃんよろしくな」

「ありがとうリューリー! こちらこそよろしくっ! 後さ俺らはもう仲間だから、坊ちゃんはやめてくれよ。何だかむずがゆくなる、エルでいいよ」

「うん、ぼくのこともアラニーって呼んでね!」

「おぉ、エル、アラニーわかったぞ!」


 リューリーはそばかすだらけの鼻をごしごしこすり、にかーっとした口元からすきっぱをむき出しにしていたずらっぽく笑った。


「おいおい、俺らのいないところでまた何かやってんのかー」

「面白い子が増えたようだねー」


 小城の中にいると思っていたレオとウェンもいつの間にか外に出ていて、俺のスカウトを見守って? いたようだ。ミュッチャだけは爆音にびっくりしたのか、ドアの影から顔をぴょこんと出したりひっこめたりを繰り返しているけど。


「じゃあ改めてよろしくリューリー、君の楽器とてもすてきだねぇ。僕はウェン、風の精霊だよ」

「俺はレオ、ダンピールだ。あのドアのとこにいんのがはとこのミュッチャ、ハーフエルフだ、あー、俺もソイツはなかなかイカしてると思うぜ」

「ほわわ、おいら異種族の子らと会うの初めて。みんな美男美女だなっす」

「はははー、君も愛嬌があってとても可愛らしいよ」

「どひゃー、おいらそんなん初めていわれた! 精霊さんってのは口が上手いなっす」


 ウェンとレオもリューリーの不思議な音楽性を気に入ってくれたようで、先走ってしまった俺はホッと胸をなでおろした。おどおどしていたミュッチャも近寄ってはこないまでも、自分を見て大きく手を振るリューリーの人懐っこい笑顔に不安が払しょくされたのかドアの影から小さく手をフリフリしている。


 こうして俺たちエアミュレン5には新たな仲間、音楽担当のサポートメンバー陽気な天才リューリーが加わったのだった。

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