第17話セクスィーウェンはたらしマン

 森からの帰路、遊び疲れてすやすやと寝入ってしまったミュッチャをレオがおんぶし、その後ろを俺、アラニー、ウェントゥスの三人でてくてくついてゆく。


「ぱーっと風に乗っていければいいんだけどねぇ。僕の風操術は森の中じゃないとそよ風程度なんだよねぇ」


 声に出さずともチラッチラッと足元とウェントゥスさんの顔を交互に見つめて圧をかけるようなアラニーに向かって、ウェントゥスさんはくるくると指をまわしその小さな風はアラニーの前髪をふわりと揺らした。


「はー、それだけでもすごいですよウェントゥスさん。俺、生まれて初めて精霊さんに出会えて正直感激してます!」


 ほぉっとその風に見惚れながらぐっとこぶしを握り締めて思いを伝えると、ウェントゥスさんはいきなり俺の頬にぷすんとさっきまで回していた指を突き刺した。


「うーんそれ、ちょっと気に入らないなぁ」


 えっ、本心から褒めてたってのに、一体何がいけなかったんだろう。


「俺なんか変なこと言いましたか? 実際に森でも今のも風スゲーって思ってたんすけど」

「あぁそうじゃないよ、僕は崇拝されるのは大好物だもの。気に入らないのはね、そのウェントゥスさんって呼び方だよーもう仲間なんだし、ウェンでいいよ」


 えっ、俺、崇拝だとかそこまで大げさなこと言ったっけ。まぁそれはいいとして、気に食わないってのは呼び方とかそんなことだったのか。でもよぉ……


「あの、えっと、あなたは年上……ですよね。多分、俺は十二歳なんです」

「あぁそんなこと! 確かに僕は十五だから三歳ほど上だね。でも、精霊族の長なんてもう数千歳とかなんだよー、従妹の水の精霊も三百歳だし、それに比べたら三つなんて大した年の差じゃないよーあくびくらいの時の差だよ」

「ええっ、そんな壮大な年の差を例に出されましても……」


 ウェントゥスさんは全然気にしてない様子でやわらかな笑みを浮かべたままだけど、俺はやっぱ気になるんだよ。でも、さん付けは嫌みたいだし弱ったなぁ。俺はすっかりまごまごしてしまい、さん呼びすら出来なくなってしまった。すると、横で石ころを蹴りながら歌を歌っていたアラニーがいきなり俺の背中をバスっと叩いてきた。


「ねーエルー、ぼくもミュッチャも君より年上なんだけどさ、さんってつけられたことないんだけどー」


 うわっ、めっちゃジト目で覗き込まれてる。


「あ、アラニーさん……」

「うーん、やっぱそれ嫌だなぁ、ウェンの気持ちが分かるよ」

「そうそう、嫌なもんですよ。のけ者みたいでね」


 うぅアラニーばかりかいつの間にかウェントゥスさんまでジト目になって、ジト目サンドイッチされてるし。ええい、ままよ!


「わかったよ! ウェン、これからよろしく」


 目をつぶって思わずにゅっと手を突き出すと、ウェンは意外にも力強い握力でぎゅっと俺の手を握った。


「はーいよろしくね、エル!」


 おそるおそる開けた目の前には、ジト目が消えて優しい三日月形になったウェンの笑顔があった。

 そして、笑顔と共に何やらふんわりといい香りも漂ってきたんだ。

 何だろうこれ、深い緑の爽やかさに甘くあでやかで芳醇な薔薇のような香りが混じって、すごく落ち着くいい香りだ。香水みたいに鼻にツンとくる感じも皆無だし。森の中でもしていたけど、これって森の自然な香りじゃなくてウェンから香っているものだったのだろうか。すげーな、ウェンってば香りまでセクシーダイナマイトメンだぜ! アラニーも鼻をすんすんくんかくんかさせて、思っきし吸い込んでるな。


「うわー何かいいにおいするねー、今日の夕飯なんだろう! うーん、これは虹色魚にぃ、ぴょんぴょんハーブ草が蒸されているような!?」


 違った。アラニーの鼻が嗅ぎつけたのは、数メートル先に迫ったフェリコ家の煙突からもくもく噴き出している夕飯の支度のけむりの匂いだったぜ。さすが元根っからの食い意地王、俺にはとても真似できん。


「あぁ、もうそんな時間なんだね。いきなり僕まで押しかけてお邪魔じゃないだろうか」

「だいじょぶだいじょぶー! ミュッチャパパママ全然気にしなーい」


 アラニーはどーんっと胸を叩いたけど、自分も客である手前俺は何も言えなかった。ここにいる唯一の家人であるミュッチャは、レオの背中でまだ夢のなかだし。うーん、スカウトに行くことは知っているから、誰か連れ帰ってくるとは思ってるかもしれないよな。しかし、一応先に俺らが家に入って説明してからウェンを迎え入れた方がいいのだろうか。


「たっだいまー!」

「帰ったっす」


 うだうだ悩んでいる間にレオ&ミュッチャそれにアラニーはさっさとドアを開けて中に入ってしまい、残すは俺とウェンだけになってしまった。よし! やはりまずは俺が……ちょっと気合を入れてドアノブに手をかけようとすると、俺の指先が届くより先に内側からバーンっとドアが開いた。


「いててっ」

「あらー、エルくんごめんなさいね。遅いからこっちから開けちゃったわ、まぁ大変おでこ大丈夫」


 レオに頭突きされたたんこぶが治ったばかりのおでこにまたゴツンと衝撃を受け俺がその場にうずくまってしまい、心配したミュッチャママが手を差し出しておでこに触れようとすると、その手は横から伸びた別の手にサッとかっさらわれてしまった。


「マドモワゼル、突然の来訪をお許しください。僕はウェントゥスと申しますが、どうぞ親しみを込めてウェンとお呼びください」


 ミュッチャママの前にひざまずき、さっき取った手にふんわりとキスをしたのは……もちろんウェンだ。


「あらあらあら、私はマドモワゼルじゃないわよー。ミュッチャのお母さんよーいやーね、ウェンくんったら若いのにお上手ねー」


 ミュッチャママはすっかり照れてしまい、キスされた手で頬を挟みくねくねくねくね身をよじっている。


「いえー、思ったままを言ったまでです。そういえばミュッチャたちに湖でキラキラ水蜜ブルーベリータルトをご相伴にあずかりまして、ほっぺたが落ちそうなほどの今まで食べた中で一番に美味しいスイーツでした! しかし、お姉さまと思ったのでお礼が遅れて申し訳ない、いやーご主人はこんなにも若々しく美しくその上お料理上手の奥様がいらして実にお幸せですね」

「もー、いやだわぁ。あなた本当にお上手ねぇ」


 うわー、すっげーなコイツ、すらすらすらすらよくもまぁこんなにきざなセリフが出てくるなー。お色気むんむんの流し目もうっすら浮かべた品のある笑みもマダムのハートにドストライクの完璧さだし。ウェンってたらしだよなぁ、無自覚天然で垂れ流してるだだもれ人たらしのアラニーとは一味も二味も違う、自分の魅力を自覚しててどう使えば効果的かわかってる確信的人たらしだ。まぁミュッチャママはうれしそうだからいいとして、さっきから家の影に隠れてフェリコさんがまゆげピクピクさしてこっち見てんだけど……大丈夫かなぁ、俺んちの屋敷に行くまでウェンもここに滞在させてもらう体で話しが進んじゃってるのに。肝心の家主に、こんな場面見られちゃって。


 よし、ここはひとつ俺が一肌脱ぐか。


「あーフェリコさんただいまっす! えーとですねー、コイツはウェンでえっと森で」

「あっ、ご主人ですか、僕はウェンと申します。お嬢様のミュッチャとこの度仲間にならせていただきました風の精霊です」


 ウェンはどうにか仲裁に入りことを治めようとした俺の前をスススっとすり抜けて、今度はフェリコさんの手を取ってガシッと握手し、両頬にチュッチュッと軽いキスをした。


「どうぞよろしくお願いいたします。これからしばらくの間こちらでお世話になります」

「は、はぁ……こちらこそ狭いところですがどうぞよろしく……」


 電光石火のその攻撃に、俺ポカーン、さっきまでぽーっとしてたミュッチャママもぽかーん。当の本人のフェリコさんは、ぽかーんからのハッとしてぽーの赤面。どうやらウェンのセクスィー人たらしは、男女の垣根がないようだった。さすが精霊! 性別とか種族とか全部超越しちゃってるよ。


 こうして俺の心配なんかどこ吹く風で、ウェンはやすやすとフェリコ家に受け入れられてしまったのであった。

 しかし、この蛇口をひねるように自由自在に魅力放出ってのはアイドルとしてはチート級の最強スキルだぜ! 風の精霊の尽きない魅力、げにおそるべし!



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