第16話風よ吹け、セクシーシルフのウェン参上

「あれ、みんな、どこにいるんだよぉー、無事なのかぁ。おーい俺はここだよ、返事してくれよぉ」


 すぐに追いかけたはずなのに、アラニーもレオも、そんなに足の速くないはずのミュッチャの背中さえ俺にはとらえることができなかった。それに、山の上でもないのに何故か自分の声がやまびこのように反響して、うわんうわーんと耳の中に響いてくる。

 どうしよう、あの悪い予感は本物だったんだ。ひょっとしたら、森と見せかけてなんか化け物の口の中に飛び込んじゃったのかも。あぁ、笑われてもいいからさっきみんなを足止めするべきだったんだ。みんなはどこへ消えたんだろう。どうしよう、怖い怖い。

 ぎゅっと自分の腕で体を抱きしめてふるえを止めようとするけど、ガタガタはおさまらず次から次へと今度は正真正銘の冷や汗が噴き出してきて、目に入り視界をぼやけさせる。そのまま倒れ込みそうになった時に、スーッと涼やかででもどこか優しい風が俺のほっぺたをくすぐるように優しく撫でて吹き抜けていった。


「あれ、風なんか吹いてたっけ。それに不思議だ……あの風に撫でられただけで一瞬にして汗が乾いてしまったぞ」


 独り言ちて首をひねっていると……


「そりゃそうだよー、僕の風は特別製なのさーハハハハッー」


 誰もいないはずの場所から、疾風のように空気を切り裂き、でもどこか優し気で荒々しくはないハスキーな声が響いてくる。


「えっ、何、幻聴!」


 ハッとして周囲を見回すけれど、やっぱり人っ子一人、動物ですらいやしない。


「幻聴ではないよ。僕はここにいるよ、じっと目をこらしてごらん」


 またスーッと風が吹き抜けた方向を言われたようにじいっと目をこらしていると、透明な風がうっすらと緑色がかって見えてきて、だんだんと縁取るようにして少年の姿を形どっていったのだった。長く長く腰まで届いている新緑のような鮮やかな緑色の波打つウェーブの髪、同じ色の瞳はなまめかしく艶めき、深紅の唇はあでやかにいたずらっぽい笑みをたたえている。そして背中には半透明の羽が生え……てるな。


「えっと、妖精?」

「ハハハハハ、中らずといえども遠からずだね。僕は精霊、風の精霊シルフのウェントゥスさ」

「せ、精霊!」


 ここは異種族特区だ。ハーフエルフやダンピールの友達もできた。その上、俺はこの世界に生まれてからずっとケットシーのミズブリギナと同じ屋敷で生活してきた。それなのになぜか精霊と聞いて腰を抜かしてしまった俺は、その場にへなへなとへたりこんでしまった。以前の世界にいたときのファンタジーやゲームの影響で、親しみを感じさせるというよりも超自然的な存在、神に近しいものという意識が強かったせいなのかもしれない。


「どうしたんだい、僕は恐ろしいものではないよ。君の涙も乾かしてあげただろう、ふふふ」


 その語尾には心配している様子は全くうかがえず、笑いが漏れてしまっていることでわかるようにどこか楽し気だ。そ、れ、に、一つ大きな間違いをしている。


「だから涙じゃありません! さっきも言った通りあれはただの汗ですから」

「おやおや、すっかり元気が出たようだね。良かった良かった」


 今度は本当に優し気にうんうんうなずいている。もしかして、俺に元気を出させようとわざとからかったんだろうか。不思議な人だ。十五、六歳だろうか、俺らよりだいぶ大人びた様子でさらりと髪を掻き上げる仕草や何気ない流し目なんて、もし俺が女だったらくらくらしそうだ。あのハスキーボイスもどうにも綺麗な顔と相まってどうにもセクシーだし、どこか甘い響きもあってあの声で歌われたら女性ファンのハートがズキュンと撃ち抜かれちゃうだろうな。


 あれ、あれ、あれ、俺今ナチュラルにファンがとか思ってしまった。これってひょっとして、またしても運命の出会い? この人もスカウトしちゃう? しちゃうべき? でも、また俺の一存で勝手にしちゃうわけにもなぁ。レオの時はアラニーも同じ場所にいたからまだよかったけど……そういえばバタバタしててちょっと忘れてたけど、結局みんなはどこに消えちゃったんだろう。ウェントゥスさんはずっとここにいたのかな、だったら……


「あ、あのウェントゥスさん」

「何だい、エルくん」


 ん? 俺、名乗ったっけ。


「なんで俺の名前」

「あぁ、君の仲間たちが言っていたからね。後からエルが来たらよろしくって」


 やっぱり、みんなと顔を合わせてたんだ。


「よろしくって、それってどういうことですか」

「湖まで僕の風に乗せてぴゅーっと送ってあげたからね。君にも同じように頼みますって言ってたよ」


 アンタの仕業かい!


「そういうのは早く教えてくださいよー。俺みんなが急に消えちゃって、びっくりしちゃいましたよ」

「いやー、君が泣いて脅えているからなかなか切り出せなかったんだよ」

「だから、泣いてません!」

「ハハハッ!」


 爽やかに笑いながら、ウェントゥスさんは一足遅れで超特急のつむじ風に乗せて俺のことも湖までバビュンと一瞬で送り届けてくれたのだった。

 みんなと合流したら、早速この人のスカウトについて相談しなきゃ。ワクワクドキドキしながら湖のほとりにいるみんなにブンブン手を振る。


「おーい、みんなー! 遅くなったなー」

「あーエルー、ウェンにちゃんと会えたんだねー! 四人目のメンバー、ぼくらの仲間だよー!」

「へっ」


 アラニーの意外な返答に驚いた俺はバランスを崩し、つむじ風からぽろんとこぼれ落ちてしまった。


「おやおやおや、危ないよ」


 すぐに気づいたウェントゥスさんがひゅーっと風の翼を伸ばして包み込んでくれなかったら、そのまま湖の真ん中にどぼんと落っこち溺れてしまう羽目になるところだった。


「きゃっほー、エルー、ウェン、あっそぼー!」


 ふわりと地面に置かれた直後、アラニーがどこからかこっそり持ち込んでいたらしい水鉄砲でぴゅーぴゅーこっちに向かって水を噴射してくる。自分にかかりそうになるとウェントゥスさんはすーっと風に紛れてしまい判別できなくなるから、結局俺だけがびしょびしょに。


「あーあ、ぐっしょぐしょだよ。何で俺ばっかり狙うんだよー、ミュッチャとレオは?」

「あの二人はもう濡らしても意味ないよ」


 アラニーが指さした方向に目を向けると、二人はちびっこ人魚たちがぱちゃぱちゃとしぶきをあげて元気に飛び回っている横で、まーるく空いた森の天窓からさんさんと降り注ぐ日の光に照らされて目を細めながら、アヒルのゴムボートに乗りゆらゆらと水に揺られキャッキャと足を湖面につけてはバタバタ動かし合ってめっちゃ楽しそうに湖を堪能している。


「えー、みんないつの間にこんなあれこれ用意してたんだよー! 俺、何も持って来てないよ」

「えへへ、ミュッチャママがお菓子と一緒にバスケットに入れておいてくれてたんだよ」


 あー、お菓子だけにしてはサイズが大きいと思ってたら、こんなものが。弁当が入ってるのかと思ってた。

 そういえば、ウェントゥスさんはどこに……あー、いたー! えぇぇ! いつの間にゴムボートに相席! しかも、レオとミュッチャの間にすっぽり収まってて少しも違和感ない。さっき知り合ったばかりのはずなのに、ミュッチャもにこにこ笑ってるよ。


「三人とも楽しそうだね! ウェンってなかなかいいヤツだよねー」


 俺が森に入るまでの短い時間で、めっちゃ馴染んでるなー。一体どういうわけで、ウェントスさんがメンバー入りしたんだろうか。うーん、アラニーのことだから一目会った瞬間に、「ねー君ってイケメンだねー! ぼくらと一緒にアイドルやっちゃおうよー」とか持ち掛けたんだろうな。まぁ、俺としては手間が省けたってもんだし、別にいいんだけど……別にさ、俺のいない間に話がついちゃっててハブにされたみたいとか、ちょっと寂しいだとか、そんな子供じみたこと思ってないんだから、断じて! ふーんだ、ま、一応確認だけしておくか。


「なぁアラニー、ウェントゥスさんのこといつの間に仲間にしたんだー」


 俺の問いかけに湖の三人に手を振っていたアラニーは、くるりと踊るようにターンして満面の笑顔で振り返った。


「あのねー、僕が森に入ってウェンとごちんってぶつかったらさー、追いかけてきたレオがぼくの耳にひそひそーって言ったんだよ。『こいつなかなかのイケメンだな、仲間にしようぜ』って、だからウェンが仲間になったんだー!」


 俺驚愕、まさかのレオスカウトだったー!




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