第13話ツンデレダンピールにロックオン!

 おでこに感じるヒヤッとした感触で目を覚ますと、フェリコさんが心配そうな眼差しで俺の顔を覗き込んでいる。


「あぁ、良かったよエルくん。おでこはまだ痛いかい?」


 ヒヤッとする感触は氷嚢で、その下を確かめると俺のいつもはつるんとしたおでこの上にはぼこっと腫れたたんこぶができている。


「痛っ」

「おやおや大丈夫かい。今湿布を持って来てもらうよ、スースナ―湿布お願い」

「はーい、今行くわ。あらあら大きなたんこぶね」


 慌てて湿布を持ってきてくれたミュッチャママに湿布を貼ってもらうと、押したときに感じた痛みはスーッと引いてくれた。


「あっ、もう大丈夫です。ありがとうございます」

「どうしたのこのたんこぶ? アラニーが慌てて走って来た時は驚いちゃったわ。急に倒れたんですって?」

「あ、あぁ、立ち眩みがして倒れてしまったらそこに石か何か転がっていたみたいで」


 俺はとっさに嘘をついてしまった。もし、ここでレオにやられたと正直に答えてしまったら、ここでの滞在中もう会えるチャンスがなくなるかもしれない。そうなってしまったら、スカウトどころの話ではないからな。


「あらあら大変ね。運動もいいけど、気を付けてね!」


 ミュッチャママは優しく頭をなでてくれた。どうやら上手くごまかせたようだ。しかし、窓の外はもうすっかり真っ暗だな。ランプの明かりがないと、手元も良く見えないぜ。


「あ、あの……俺何時間寝てしまってたんですか?」

「うーん、二、三時間くらいかな。アラニーくんもミュッチャと一緒に子供部屋でもうぐっすり眠っているよ」

「そうですか」

「エルくんは運動をしていたせいで洋服がすっかり濡れていてね。私の一番大きいシャツに一応着替えさせたんだけど、窮屈ではないかい?」

「あ、あぁ大丈夫です。ちょうどいいです」


 フェリコさんは妻子よりは大きいが、エルフのため成人男性にしてはサイズが小さく慎重派俺やアラニーより少し大きいくらいで、華奢ですごくほっそりしている。


「風呂はもうすっかり冷めてしまったから、ここで温浴行水でもいいかな?」


 うわー、気を使ってもらって悪いなぁ。


「いえ、結構です。申し訳ないので」

「でも、そのままだとべたべたして気持ち悪いだろう」


 着替えさせてもらったとはいえ、確かに髪や肌に汗のべたつきが残って気持ち悪い。


「遠慮しなくていいんだよ。今たらいとお湯を用意するから、スースナはちょっと部屋を出てもらっていていいかな?」

「あー、あぁそうね。小さくても男の子ですものね、おばさんに見られてちゃ恥ずかしいわね!」


 うふふふふーと含みのある笑顔でミュッチャママが出ていくと、部屋の中は俺とフェリコさんの二人きりになった。ランプの薄明かりを頼りにたらいの中に入って手拭いで体を拭い汗を流すと、さっぱりしてとても心地がいい。


「あぁ、とってもさっぱりとして爽快な気分がします。フェリコさんお気遣いありがとうございます」

「いやいや、私たちエルフは清潔好きでね。風呂の用意ができないときはしょっちゅうやっているんだよ、ところで背中はかゆくないかい? こすってあげよう」


 ゆっくりと背中をこすられていると、心地よさに眠気が襲ってきて俺はうとうとし始めた。そして、いよいよこっくりと舟をこぎそうになってしまった時、フェリコさんのはぁっと漏らしたため息が背中をくすぐりふっと意識が戻って来た。


「なぁエルくん……そのたんこぶはひょっとしたらエルにやられちゃんじゃないかい?」


 あぁ、気付かれていたのか……


「えっと……」


 俺が口ごもると、フェリコさんは背中越しにとある話をし始めた。


「レオはね、あぁ見えてとてもいい子なんだよ……ただミュッチャのこととなると頭に血がのぼってしまうようでね。ひょっとしたら君たちがミュッチャを家に追い返したと思ってしまったのかもしれないな」


 とんだ誤解だ! 明日ミュッチャに訳を話して、間を取り持ってもらおうか? うーん、上手くいくだろうか。


「ミュッチャは君たちも知っての通りとても引っ込み思案な子でね。人間のお友達が出来たなんて私たち両親でも驚いてしまったくらいだから、レオも思い浮かばなかったのかな」


 うーん、俺たちにも慣れてくれたとは思うけど、果たして友達の枠に入れてくれてるのだろうか? 胸の内だけでツッコミは入れているが、表面上は黙りこくってただ聞くばかりの俺に向かって、フェリコさんは尚も話し続ける。


「おとなしい上にハーフエルフということでミュッチャはからかわれることが多くてね。でもはとこのレオが毎日迎えに来てくれてからかう子にも直談判して説得してくれていたから、なんとか小学校は卒業できたんだけど、その後は家にこもりがちになってしまってねぇ」


 あー、やっぱそんな感じか。でも小学校は卒業まで通っただけ転生前の俺よりはマシだな。しかし、レオの説得……言葉じゃねーだろうな。


「それで、心配したレオが森の向こう、君たち人間の居住区に行ってみたらいいんじゃないかと勧めてくれたんだよ。親戚のつてでミズブリギナの連絡先まで調べてきてね」


 うわー、めっちゃ面倒見がいい。やっぱ、いいヤツなんだな。ぜひメンバーに欲しい! ちょっとこえぇけど、友達にもなりてぇ。


「うわー、すごくいい子なんですね」


 急に振り向いて返事をした俺に一瞬びくっとした後、フェリコさんはふんわりととてもやさしく微笑んだ。


「そうなんだよ、あの子はまだ十二歳でミュッチャより二歳も年下なのにね。すごくしっかりしていて、ミュッチャにもお兄ちゃんと呼べなんて言ってね、可愛くてとってもいい子なんだよーふふっ、あのマントもレオのお古でねぇ」


 どひー! レオあの大人っぽさでタメだったのかよ! 十五歳くらいかと思ってたぜ! しかもしかも、ミュッチャ年上なのかよ。十四歳とかアラニーより上、俺らの中で最年長じゃんかよ。エルフの血を引くもの恐るべし! 年齢不詳すぎ。


「あっ、お湯が少し温くなっているね。さぁエルくん、もう寝巻に着替えて今日はこの部屋で眠りなさい」

「は、はい」


 俺は用意されていたパジャマに着替えてベッドにまたもぐりこんだが、俺らの衝撃の年齢序列にびっくりし過ぎて、なかなか眠りに就けなかった。


 うーん、年上か、ミュッチャさんとでも呼ぶべきなんだろうか。でも俺アラニーは呼び捨てだしな、しかしミュッチャは二個も上……うーん、屋敷のメイドさんたちのことは敬称が名前の一部みたいになってるミズブリギナ以外は基本呼び捨てできてるのに、ミュッチャだけさんはないよなぁ。まぁ、ミュッチャはまだ見習で屋敷の本格的なメイドってわけでもないけど。スカウトに関する悩み一転、ミュッチャへの呼び方というわりとどうでもいいことで悩み始めた俺は、朝食の間も目玉焼きパンをもそもそ食べつつぼんやり考え込んでいた。


「エル、おでこいたいの?」


 あっ、ミュッチャに心配させちまった。あれっ、今、名前呼びされたよな。坊ちゃんとかじゃなく、普通に。もしかして、これって。


「なぁ、ミュッチャ、俺らって友達か?」

「う、うん……お友達? エル思う?」

「もちろんもちろん! 俺ら三人友達さー! な、アラニー」

「そうだそうだ! ぼくらは仲好し三人組だよぉ」


 そっかー、俺ら友達か―! じゃあ呼び捨てでいいな!またもあっさり解決! スッキリスッキリ。じゃあ、ここからは、いよいよ本題に入るか。


「なぁ、ミュッチャ。レオのことなんだけどさ」

「なぁに」

「歌とか、踊りとか、興味あっかな?」

「レオ、お歌は好き……レオママとミュッチャと三人でよくお風呂で歌ってた」


 一緒に風呂! 衝撃的な事実発覚! ってここに食いついてる場合じゃねぇ、どうせチビもチビのころだろうし。それより歌好き! これはいい情報をゲットだぜ!


「じゃ、じゃあさ、今度いつここに来るかわかるか? 俺らさ、レオを仲間にしたいんだ」

「おー、いいねいいねー! 仲好し四人組、トリオからカルテットだぁ」


 おっ、アラニーもノリノリだな。そういえばメンバーにいれたいって相談してねぇけど、いっか、おいおいで。


「今、いるよレオ。エルの後ろに」

「へっ! いつの間に」


 慌てて振り返ると、またしても音もなく現れたレオは俺の座った椅子の後ろに突っ立って、のんびり紅茶をすすっていたのだった。


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