第14話篭絡か、正面突破か

「あ、あのよぉ、昨日は悪かったな」


 紅茶をぐいっと飲み干したレオは、むすっとした表情で俺にいきなり謝罪してきた。呆気にとられてぽかーんっとしていると、レオはくるりと後ろを向いてしまった。

 あっ、また消えちゃう。折角逸材と再会できたのに。

 俺は思わず腕を伸ばして、レオの手をぎゅっと握って引き留めてしまった。


「行かないで! おでこのことは気にしてないから!」

「お、おぉ」


 レオは戸惑った表情でくるりと振り返り、ミュッチャの横の椅子にすとんと腰掛けて長い脚を床に伸ばした。


「レオ、エルとアラニーミュッチャのお友達」

「そうそう、ぼくら友達、君も今日からお友達―!」


 ミュッチャの紹介に乗っかったアラニーが笑顔でサッと手を差し出したが、レオは握手には応じずプイっと外方を向いてしまった。

 うーん、アラニーの人たらしの笑顔も距離感ゼロの接し方も利かないかぁ……これ、一週間でどうにかなるのかなぁ。

「あ、あの、レオって十二歳だそうだね。俺、エルっていうんだけど、俺も同じ年なんだ」

「あぁ、名前はミュッチャが言ってたから知ってる」


 うーん、会話が弾まない。


「あ、あのさ、さっきミュッチャに聞いたんだけど、レオって歌が好きらしいね。一緒にお風呂で歌ってたんでしょ」

「ふ、風呂とか、すげぇチビのころだから!」


 あっ、レオの青白い顔が完熟トマトみたいにみるみる赤くなってきちゃった。ヤバッ、余計なこと言っちまったかも。地雷か。


「えー、お風呂お風呂―一緒にー、すごいねー。なっかよしー!」


 あっ、アラニー余計なことを!


「だから、違うって言ってるだろうが!」


 レオはガタッと椅子から立ち上がり、アラニーに詰め寄ろうとした。マズい、頭突き来るかも。とっさに間に入った俺とレオの体は交差し、もつれたまま床にズデンと転がってしまった。

 痛……くはない。転がった俺の下にはレオの体がある。下敷きにしてしまったんだ。


「あ、すまんレオ」


 おろおろと手を差し出すと、レオはその手を払わずにスッとつかんで立ち上がり、また自分の席へと座りなおした。どうやらアラニーへの怒りも治まってくれたようだ。


「お前には借りがあるからな」


 聞こえるか聞こえないかくらいのかすかな声にハッと顔を向けると、目が合うか合わないかの一瞬のうちにレオはまた外方を向いてしまった。

 借り、そうかー、たんこぶのことがあったんだ。でも、さっきの転がりで帳消しになってしまったよ……

 うぅ、あんなことの前にメンバーに誘っておけば引き受けてくれたかもしれないのに。惜しい、惜しすぎる。アラニーが冷やかしたり余計なことしなければ……いや、俺が余計なことを口走ったせいだな。

 がっかりしてうなだれていると、意外なところから援護射撃がやってきた。


「レオ、エルね、レオと仲間になって一緒にお歌を歌って踊ったりしたいんだって」


 おぉミュッチャ! 俺そこまで言ってなかったのに、よくぞ俺の真意をくみ取ってくださった。心の友よ!

 アラニーに次いで心の友を勝手に得た俺は、うきうきしながら顔を上げ、レオの様子をうかがった。年上の妹、誰よりも近しい存在であろうはとこのミュッチャに言われたら、レオも当然むげにはできまいよ!

 そんな俺の期待とは裏腹に、レオは顔色一つ変えず押し黙ったままだ。


「おー、レオもアイドルになるのかー、いいねいいね! これで三人組だー!」


 シーンとした空気の中、アラニーだけはそれを読まずに両手を高々と上げて楽しそうに笑っている。


「チッ、やるなんて言ってねーし」


 あっ、レオ舌打ちした。めっちゃ機嫌悪そう……これはちょっとヤバいかもしれんね。


「いいじゃんいいじゃん! 一緒にやろーよー!」


 アラニーはそんなレオの様子を意にも介さず、小さな木の椅子の背もたれにちょこんと顎を乗せて逆向きに正座し大きく揺らした腰の振動でぎぃぎぃガタガタと椅子を引き摺りながらにじり寄ってゆく。こぼれ落ちそうなほど大きなアイスブルーの瞳はキラキラと輝き、ハートが周囲に飛び交っていそうなそのラブリーぶりは大抵の人なら篭絡されてしまいそうなほど魅力に満ちている。けれど、そのあふれんばかりの魅力はレオには全く通用せず、アラニーが寄れば寄るほど外方を向き、どんどん後ろにゆく首が今にも背中まで回ってしまいそうだ。


「あー、面倒くせぇ、俺もう帰ろうかな」


 そのぼそっとしたつぶやきに、俺の背筋は凍り付いた。

 マズい、マズい、マズい。このチャンスを逃したら、きっとレオはもうメンバー入りしてくれない。そんなの嫌だ。嫌すぎる。何のためにはるばる森の向こうに来たっていうんだ! 何とかしなきゃ! 俺が自分で、どうにかしなきゃ! そうだ! この熱く滾った思いのたけをぶつけるんだ!


 勢いづいた俺はさっきのレオに負けじとばかりにバーンっと勢いよく椅子を立ち、レオの背後にサッと回り込んだ。


「レオ! 俺は君を一目見たときから仲間になりたいと思っていたんだ! 俺らと君ならきっと最高のアイドルグループが作れる! 是非とも仲間になってくれないか! よろしく頼むよ」


 深々と頭を下げた俺に呆気にとられたレオは、涼やかな切れ長の目元をまん丸にしてブツブツとつぶやき始めた。


「一目見てって何だコイツ……それにアイドルって一体何なんだ」


 あ、そっかぁ、俺のうっかりさん。ここのみんなはアイドルのこと知らなかったんだった。てへぺろ。しっかし、レオって驚いた顔もイケメンだなぁ。欲しい! ぜひこの男が欲しい! 仲間になって、最高のアイドルを目指したい! いや、目指すだけじゃなくってなるんだ! この世界初、そして唯一無二の最高のアイドルに! こうなったら、押して押して押しまくるぞ!


「あっ、アイドルの説明がまだだったね。アイドルっていうのは歌いながらダンスをするというパフォーマンスを披露して、みんなを楽しませる素晴らしい存在なんだ! 俺はこの世界の人たちにその存在をしらしめたい! そして、みんなが心から楽しめる、応援したいと思ってもらえるアイドルグループを作りたいんだ! 俺とアラニー、そして君がここに加わってくれたら、きっと最高のアイドルになれる! どうしても、レオ、君の存在が必要なんだ!」


 まるで熱血少年漫画の主人公が乗り移ったかのような俺の熱弁に最初はぽかーんとしていたレオだったが、途中からは顔をキュッと引き締めうんうんうなずきながら真面目に聞いてくれた。


「すっげー暑苦しいなお前って、でも嫌いじゃないぜ」

「レ、レオ、それってどういうこと?」

「入ってやっても構わねぇってことだ」

「えっ、えっ、それホント! もう一回言って。空耳じゃないよね」

「二度は言わねぇ」


 レオはまた外方を向いてしまったが、俺の胸は高鳴り早鐘のように波打っていた。

 やった! やった! やったぞ! 強力なメンバーを手に入れた。これで異種族混合アイドルグループが結成できる!

 思わずわーっと叫びたい気分になっていた時、パチパチパチとリズミカルな拍手の音が聞こえ、俺らが話し合っている間ドアのすき間からこっそり様子をうかがっていたらしいミュッチャパパママがスタンディングオベーション状態で入ってきた。


「いやー、素晴らしい友情のはじまりだね。私も精いっぱい応援するよ」


 フェリコさんが涙ぐんで目の端を拭えば、ミュッチャママはぽろぽろと大粒の涙をこぼしてレオにがばっと抱きつきはがいじめにしている。


「可愛いレオにミュッチャ以外の友達ができるなんてー、ママは大感動よー」

「ちょ、苦しいってば。それに、おばさんは俺のママじゃねぇし……」


 照れて真っ赤になっているレオとママの正面で、ミュッチャもパチパチと小さく拍手してうんうんうなずいている。いやー、エモエモな楽しい一家だ。

 来てよかったな、異種族特区。テーブルの下でアラニーとぎゅっと片手をつなぎ、もう一方の手でサムズアップをしあう。


「やったな!」


 強力な仲間をまた一人得て、俺たちは動き始めた。最高のアイドルになるために、大きな一歩をまた踏み出すことができたんだ!



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