第12話エンカウント! ツンデレダンピール
「レ、レオ、ただいまだよ……ミュッチャ泣いてなんかない、ないんだよ、ほ、ほらっ」
かなりキツい言葉を投げかけられたというのに、ミュッチャはフードからぴょこんと顔を出し、その黒い影……よくよく見るとすらりとした少年に帰宅の挨拶をした。少しほっとしたように笑みを浮かべているようにも見えるのは、彼の登場と共にさっきまでの悪意のざわめきが不思議なことにすっかりやんでいたせいもあるのかもしれない。
「じゃあ、またな」
漆黒の深い闇夜のような長く艶やかな髪を持ち、青白い肌に爛々と燃えるような深紅の瞳のレオという名のその少年は、ミュッチャの顔を確認するとまたひらりとどこかに姿を消してしまった。
「うわー、煙みたいに消えちゃったね。あの子はミュッチャのお友達なのー?」
興味津々のアラニーの問いかけに、ミュッチャは静かに首を横に振る。
そういえばミュッチャは、この前友達はいないと言っていた。けれど、レオの言葉はキツいけど悪意は全く感じなかったし、かなり親しい仲ではありそうだ。
「レオ、レオはね、ミュッチャのお兄ちゃん……」
やはりそうか、じゃあ彼も。
「じゃあ、レオもハーフエルフなの? お母さん似なのかな」
俺の問いかけにも、やはりミュッチャは首を横に振った。
「あの子、レオはヴァンパイアと人間のハーフでしてね。ミュッチャの母親とあの子の母親、スースナがいとこ同士なので、ミュッチャとははとこにあたるんですよ」
フェリコさんが、代わりに二人の間柄を説明してくれた。
なるほど、はとこなら友達っていうよりもお兄ちゃんの方が近いかもな。納得してうんうんうなずいていると、バーンっと派手にドアが開きあばら家には全く見えない小ぎれいなフェリコ家から弾丸のように何かが飛び出してきた。
「ミュッチャー、おかえりぃぃ。もぉ、あんまり遅いからママ心配しちゃったわよー」
「ママ―」
ミュッチャは今まで聞いたこともないほどの大声を出してびゅーっとその弾丸、改めミュッチャママの胸に飛び込んでおんおん泣きじゃくった。ミュッチャママは普通の人間のはずなんだけど、やっぱりママというよりお姉さんのようだ。小柄な体にふくふくのリンゴのように赤いほっぺた、秋の稲穂のような豊かな亜麻色の髪は小さな背中の上をゆらゆらと波打っている。
うーん、めっちゃ若い時に結婚したのかな、それともエルフと暮らしていると老けないとか何かそういう秘密でもあるんだろうか。
ふんふん考えつつ母子の感動の再会を見守っていると、二人の愛の劇場はより一層盛り上がりを見せ始めた。
「あらあら、ミュッチャったらこんなにぎゅっと抱き着いちゃってとんだ甘えんぼさんね。ママもうつってきちゃったわ」
母子はしがみつき合ったままおんおんと泣きじゃくり、その横ではフェリコさんがにこやかに妻子を見つめた後両手を広げて覆いかぶさり、フェリコ家はひとつの大きな塊になってしまった。
おいおいおいってば、母子だけじゃなくて、フェリコ家総出の愛の劇場になっちまったよ! とんだ愛の劇場、ならぬ激情の愛を表現する一家だな! つーか、これ図らずもオーディエンスにされちまった俺らはどうすりゃいいのよ。
ぽかーん、ぽかーん、さらにぽかーん。俺とアラニーは口をあんぐり開けてただその場に立ち尽くすしかなく、フェリコさんがふと我に返ってそんな俺らに気付くまでの間がとてつもなく長く感じられた。
「おやおや、お客さんをそんなところで立ちっぱなしにさせてしまってすまないね。さぁさぁずいぶん狭いところですがどうぞ中に、やぁやぁ久しぶりの家族の再会でつい興奮してしまってねぇ、何しろミュッチャは私らの大切な一粒種なものでねぇ」
頬を赤らめてもじもじと照れるフェリコさんは、とても幸せそうだ。まさかあのおとなしいミュッチャまであんな濃い激情の家族愛を表現するとは思ってもみなかった俺とアラニーは、ちょっと面食らいはしたものの幸せのおすそ分けをしてもらったようなほのぼのあったかい心持ちになってきて、ふふふと顔を見合わせて微笑み合ったのだった。
家の前までたどり着いてから小一時間ほど経過してやっと入れたフェリコ家はこぢんまりとはしていたが清潔であたたかな雰囲気に満ち満ちていて、とても居心地がよかった。女性が過半数なせいか、レースやイチゴ模様、可愛らしいウサギや猫のぬいぐるみにぐるりと囲まれたかなりメルヘンチックな雰囲気ではあるのだけど、エルフというファンタジックな容姿のフェリコさんは景色のようにすっかりそこに溶け込んでいて、全く違和感はない。そして居心地の良い居間の奥からは、何やら甘く気になる匂いがただよい鼻をこちょこちょとくすぐってくる。こ、この匂いはとてもとても気になるぞ。
「さぁさぁ、おやつも用意してあるのよ。ミュッチャの大好物なの」
俺の心の声が聞こえたかのようにミュッチャママが戸棚からサッと出してくれたのは、野イチゴが所狭しとぎっちり並び、ホイップクリームがどっさり乗ったふわふわパンケーキだった! 俺にとっても大好物だが、ダイエットを始めてから一度も食っていない。思わず垂れたよだれをじゅるりとすすると、真横のアラニーとシンクロしてしまった。そうだ、アラニーもずっと俺と同じ食事をしてきた。こ、これはこの場所は俺らにはかなり危険だ。そう久しぶりのパンケーキ、それもクリームたっぷりの魅惑の魔力に逆らえるはずもない。
「うわー、めちゃくちゃ美味しいです。ふわっふわでバターもたっぷり、わぁ蜂蜜まで! このクリームもほっぺがとろけそうだし、野イチゴも甘酸っぱくていいアクセントになってる」
「ホント、ホント、王都のカフェにもこんな美味しいパンケーキないですよ」
「あらー、気に入ってくれてよかったわ。良かったらお代わりもどうぞ」
久しぶりのごほうびおやつとして一枚でやめておけばいいものを、折角勧めてくれているのに断るのは悪いという体のいい言い訳を手に入れた俺とアラニーは、それぞれ二枚のパンケーキを平らげてしまった。小柄とはいえ、ミュッチャはミュッチャママと半分こでお腹いっぱいになっていたのに、何てざまだ。
「アラニー、風呂の前にはいつものアレやるぞ」
こそっとアラニーに耳打ちし後で運動するということで誘惑に負けた罪悪感を打ち消しながらも、結局俺らは夕飯もぺろりと平らげてしまったのだった。メニューがヘルシーな踊りニンジンとぷこぷこマッシュルームのシチューで助かった……
ミュッチャがこてんと寝てしまい、フェリコさんがお風呂を沸かしてくれている間、俺とアラニーは家の外の原っぱでいつものアレ、ヲタ芸を繰り広げていた。
今日はさすがに食い過ぎた。またおでぶな二人に戻ってしまったら、アイドルどころの話じゃなくなる。
必死で技を繰り広げる俺らの前に、宵闇に紛れて音もなくまた誰かが降り立った。うす闇を切り裂くようにビカビカと光るこの深紅は、あぁ昼間見たのと同じ、レオの瞳だ。
「あ、もしかしてレオ? ミュッチャはもう寝てしまったよ。疲れていたのかな」
その燃える深紅に向かって声をかけると、すっと目前に深紅が迫って来た。でことでこを突き合わすようにして近づいた顔をまじまじと見ると、一瞬過ぎて昼間はよくわからなかったが、これはかなりの美形さんだ。
アラニーとはまた違ったちょっとクールで大人びた印象の美少年、まさに俺が求めていたタイプじゃないか!
どうしよう、今すぐスカウトすべきか。それともミュッチャに相談してから……
考えがまとまらずうんうんうなっていると、レオは俺の無防備なおでこに向かっていきなりゴツンと頭突きをぶちかましてきやがった。
「い、いででででー」
「ちょ、どうしたのさ! エルー」
思わずしゃがみこんだ俺の様子に驚いたアラニーが駆けつけてくる間に、レオはまたふっと消えてしまった。コミュ障のミュッチャがあんなになついているくらいだからおそらく悪いヤツではなさそうなんだけど、俺に対してはどうも警戒している様子だ。それにあまりに神出鬼没過ぎて、どうコンタクトを取ったらいいのかさっぱりわからん。やはりミュッチャに相談してからことに及ぶべきか?
あれこれ考えを巡らせてはみるのだが、おでこはずんずんと鈍く痛みぐるぐると目が回る。
そしてさっきまでのカロリー消費のための久々のはげしいヲタ芸の疲労が相まって、俺はしゃがみこんだままごろーんと後ろの茂みに倒れ込み、そのまますーっと意識を失ってしまったのだった。
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