第10話森の向こうへ、いざスカウトの旅へゆかん。
了承は得たものの、ミュッチャはこっちの事情を何も知らない。まずはその説明から始めなければいけなかった。
「あのねー、ぼくとエルはアイドルなんだー。そんで森の向こうにほかの仲間を探しに行くの」
うわ、アラニーざっくりすぎ。ミュッチャおろおろしてるよ。
「えっと、アイドルっていうのはダンスをしながら歌うというパフォーマンスを披露して、みんなを楽しませる存在なんだ。でも、俺とアラニーの二人だけじゃ人数が足りないから異種族の子たちに仲間になってもらってグループを組みたいんだよ」
「そ、そうなの……」
うわっ、ミュッチャが俺にしゃべった! びっくり、ってそうじゃなくて。
「そうなんだよ、だけど俺もアラニーも森から向こうに行ったことがないからさ、特区の出身者であり詳しい君に道案内を頼みたいんだ。できれば……友達の紹介とかも」
「あー、これはねー。ぼくの発案だよ!」
アラニーが手を上げて口を挟む。まぁおっしゃる通りではあるんだけど、今説明中だってのにー。
ミュッチャの反応はと、うーんまたうつむいちゃって指で床をいじいじしてんな。気が乗らないんだろうか。
「み、道案内ミュッチャできる。で、でもミュッチャお友達いない……」
うわー、そっちか。まぁ気持ちはわかる。昔の俺もパップンに出会いねもつんに声を掛けられていなければ、同じだったからな。
「あーあー、それは別に気にしなくていいんだよ。そっちはできればのボーナスつーか、まぁ自分らでやらなきゃいけんことだし、楽しようとしただけでさ、ハハッ」
「ズルはいけないぞーエル! めっ」
おいおいアラニーまたか。
「おいおいアラニー他人ごとみたいに。お前だって一緒に探すんだぞ」
「えー、面倒だなぁ」
ぷーっとふくれるアラニー、うぅまた悪アラニーが出て来ちゃうのかよぉ。
「でもよぉ、ミズブリギナみたいなアラニー好みの異種族と出会えるかもだぞ。わくわくしないか」
「うっわー、猫ちゃん! それは可愛いねー。もふもふのワンコちゃんもいるといいなぁー」
うを、目をキラッキラさせてる。適当に繰り出した言葉が何か刺さったっぽいな。うーん、だけどそっち系は実は探してないんだよな、可愛いけどさ。それだと幼児番組のお兄さんとマスコット、もしくはメルヘンランドの着ぐるみショーみたいになっちまいそうだし。幼児向けアイドルっつーのもイケそうだし、アリかナシかつったらアリではあるんだけどよ。でも、まだ早い。何しろ今回はお初だからな。その時じゃねーんだ。それは、今俺が思い描いているアイドルグループとは違うんだ。もし、アラニーがスカウトしちまいそうになったら全力で阻止しねぇと。
自分の失言のせいではあったが一つ余計な心配ごとが増え、はぁと胸の中でため息をついていると、ミュッチャがもそもそとこちらに近づいてきた。
「ま、眉毛しわ、お、お腹痛い?」
あっ、顔に出ちまってたか。俺に話しかけるの勇気がいっただろうに、ミュッチャって優しい子なんだな。
「いや、平気平気。ちょっと考えごとしてただけだよ」
「そ、そう」
ホッとしたような顔をしたミュッチャは、今度はおずおずとアラニーの方へ顔を向けた。
「ケットシー森の向こう、い、いない……ミズブリギナもっとずっと向こうの方から来た。犬いない、人狼ならいる」
「へー、そうなんだー。残念、残念……」
アラニーはつまらなそうに肩を落としたが、俺はちょっとホッとしていた。
「ありがとうミュッチャ、詳しく説明してくれて、じゃあ出発の準備のこともあるし一緒にミズブリギナのところへ行ってもらってもいいかな。その後母上にも了承を取らなきゃ」
「い、いいよ」
「わー、ミズブリギナ! また肉球もふらせてもらおーっと!」
俺ら三人がミズブリギナのいる執務室へ向かうと、運の悪いことにミズブリギナと一緒に説得してもらおうと思っていた母上までがそこにいた。
「あらあらー、三人で仲好しになったのねー。ミュッチャはとっても勉強好きですからエルとアラニーにもいい影響がありそうだわー」
にこにこにこにこする母上、うーん、言い出しにくい。
「マリアおばさまーこんにちはー! あのねー、ぼくら三人で森の向こうに行くよー」
「あっ」
アラニー、いきなりの爆弾発言。どうしよう、どうしよう、怒られるかも。
「三人で森で遊ぶの?」
穏やかな笑みをたたえつつ、母上の右の眉はピクリと上がった。
「ううん、異種族の仲間を探しに行くんだー」
あ、アラニー……俺は一言も言葉を出せず、うつむいてしまった。どうしよう、またケツをぺんぺんされちゃうかも。俺もう大きいのに、二人の前でそんなことされたら恥ずか死ぬ……
「そうねぇ、エルはこのお屋敷の敷地から出たことがないのよ。一度屋敷との境目の森の入り口前で迷ってしまってねぇ、茂みの中でわんわん泣いていたのをミズブリギナが見つけてくれたの」
「えぇえぇ、あの時は冷や冷やしましたよ」
うわー、ぺんぺんは回避できたけど、俺の恥ずかしメモリーを披露されちまった。顔がカッカしてきちまった。
「でも、アラニーもミュッチャもしっかりしているしね。うんそうね、そろそろ外の世界と触れ合ってもいいころかもしれないわね」
うつむいたままの俺の頭上から聞こえてきた母上の返事は、予想だにしなかった意外なものだった。
「えっ、いいの母上。行ってもいいの?」
思わず顔を上げた俺の頭を、母上はにっこりしたまま優しく丸く撫でた。
「えぇいいわ、ミュッチャの御両親には私から連絡しておくわ。一人で勝手にどこかに走り出したりしてアラニーとミュッチャを困らせちゃだめよ、ねぇミュッチャアラニーこの子のことをどうかよろしくね、迷子にならないように見ていてあげてね」
「アイアイサーおばさま、ぼくがしっかり見張っておきます!」
「は、はい」
何か俺だけしっかりしてない手のかかるちびっ子扱いされたのは癪に障るが、生まれて始めて屋敷の外の世界、しかも異世界に来たなら一度は行ってみたい異種族の住む地域に行ける喜びで、俺の胸は熱くたぎり顔はゆるんでにやにやが止まらなかった。
「アウモダゴル・エ・マリア様、森の出口までは心配なので少しお暇をいただいて私めが送り届けたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「えぇ、ありがたいわ、こちらからもお願いしようと思っていたの。天馬の馬車を出すからよろしく頼むわね」
ん? 天馬の馬車って言ったよな、今! うちにそんなんあったんかーい! 天馬いたんかーい! 確かペガサスのことだよな……うわー、いるの知らんかった。見てぇ、いますぐ見てぇ!
十二年知らなかった屋敷の秘密を知った俺は居ても立っても居られなかった。
「は、母上、天馬を今すぐ見せてください!」
「あらあらエルったら困ったさんねぇ、天馬はうちの果樹園でできた黄金桃を食べに来る時しか会えないのよ。その時にお礼として馬車をひいてくださるの、ちょうどそろそろ熟れ頃ですからね、その時に会えるわよ」
「そ、そうですか」
俺としたことがつい興奮してしまった。けど、これで楽しみがもう一つ増えたぞ。黄金桃万歳! 心の中でガッツポーズをしながらふと横を見ると、アラニーが青ざめた顔でぷるぷるふるえている。
「どうしたアラニー、気分でも悪いのか?」
「エルぅ、ぼく馬車が怖いんだよ。だからここに来るときもお父様に頼み込んで太陽自動車で来てもらったんだ」
この世界にも普通に自動車はあるのだが、貴族は馬車を愛用している。金持ちの道楽だとばかり思っていたら、馬の馬力がとんでもなくて自動車の倍ものスピードが出るからだった。大きさも普通の馬の三倍ほどあって、めっちゃ干し草を食いまくる。そして速い分その動きもワイルドだ。そのためこの世界では自動車酔いならぬ馬酔いの子供が多く、最近では太陽光自動車を愛用する人たちが多くなっているのだ。
「あらアラニー、天馬さんはお空を駆けるのよ。とてもふんわりした乗り心地でね、酔う心配はいらないわ」
母上のその一言で、アラニーの顔は一変し頬にも赤みがぽおっとさした。
「わー、そうかそうかー、だから天馬なんだー! うわーぼく空飛ぶの初めてー」
喜びながら何度も何度もジャンプしたアラニーは、しまいには床をごろごろ転がり始めた。おとなしいミュッチャまで小さくガッツポーズをして今にも小躍りしそうな調子で足をダンダン踏み鳴らしている。
「あらあら、みんな楽しそうねー。こんなに喜ぶなら天馬さんもうれしいと思うわー、あの方子供が大好きなのよー」
あ、あの、母上……本当にコイツらより俺の方がしっかりしてないとお思いで?
どうにもモニョる気持ちを抱えながら、浮かれた二人の横で俺ははぁっと深いため息をついたのだった。
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