第7話あれっ、こりゃ盲点だったわ。男の子アイドルでもイケんじゃね。

 ダイエットの大成功と共にすっかりお別れモードになっていた俺たちだったのだが、迎えに来たはずの大宰相、国防のトップであり平和王として民衆に親しまれている国王マスラーラ八世陛下の幼馴染であり最も信頼されているという大物中の大物のムリーハ閣下の鶴の一声ですべてがひっくり返された。


「わっはっは、まさかここでミハイル先生にお目にかけれるとはなぁ思いもかけない僥倖だわい。【マスラーラ王夢望記】を発表された後王都から去られて、動向を気にかけておったのだが、このお屋敷にいたとはな」


 驚くべきことに俺たちの家庭教師であるミハイル先生は、王国でも一二を争うほどの有名な古代史研究家だったらしい。

「いやー、うちのせがれはどうにも古代史や古典語にうとくてなぁ。是非ともミハイル先生にご教授いただければと思いましてな! アウモダゴル卿、お願いできませんかね」

「はっはっは、ミハイル先生は我々のご先祖であるヘロース一世の研究もされていましてな。そのご縁で拙宅にお招きしましたところ、ご厚意で子供らの勉強も見てくださっておるのですよ、さてうちはかまいませんがミハイル先生に訊いてみましょう」


 元々教えるのが大好きなミハイル先生は二人の提案をすぐに受け入れ、うちの屋敷にはまた一人仲間が増えることとなった。


「やったーエル、ぼくたちまだ一緒にいられるね! 今まではダイエットに忙しくて全然遊べなかったから、これからはいっぱい遊ぼうね」

「もちろんさアラニウス!」

「これからはぼくのことも愛称のアラニーと呼んでおくれよ」

「うん、アラニー」


 大はしゃぎで飛び跳ねる俺たちのことを、アラニーの両親である筋骨隆々でクマのような大男のムリーハ閣下と小柄でちょっぴりふくよかでにこにことした笑顔がアラニーとそっくりなラーーラナ夫人もにこやかに見つめている。


「こらアラニウス、お友達と遊ぶのもいいがお前は勉強のためにここに残るのだぞ」

「そうよー、ダイエットもがんばれたのですから古代史もあなたならきっとできるわー。ふふっでもあなたたち二人のご先祖のヘロース一世公とモウリン閣下も親友だったと文献で読んだことがあるわ、時代を超えてまたこうなるとはすてきなことね」


 チクリと釘を刺されつつも、その後の言葉に俺たちはびっくりして顔を見合わせた。ご先祖も親友、何という奇縁だろう。やはり俺たちは出会うべくして出会った親友同士なのだ。

 こうして子供部屋で同居し、寝食を共にするようになった俺とアラニーは退屈な古代語の勉強でぶーたれたり、漫画に似たパラパラ絵物語を並んで読んだりして過ごしながら時にはダイエット目的ではないヲタ芸も楽しむようになった。


「あー、エルがダンスの時に歌う歌ってリズミカルでとってもいいよね。こんなにも明るくって踊りに合うようなアップテンポな曲ってぼく初めてだよ」


 おぁ、目の付け所がさすがだ。心の友よ。うー、どうせなら俺の歌じゃなくてパップンの音源、いやライブで生歌を聞かせてやりたかったな。


「おぉ、いいだろー異国の歌なんだぜ!」


 正確には異世界なんだけどな。


「そうなんだーぼくこの歌本当に大好きだよ。歌っていると気分がよくなるんだー あーあこがれーの星はーすぐそばーにあるー♪」


 う、うめぇ。俺が歌う歌を一発で覚えるアラニーは、音感が良いばかりでなく声もとても良い。涼やかで鈴を転がすような高音は清らかに澄み切っていてながら可愛らしい甘さもあり伸びがあって、とても耳に心地よいのだ。それにずっとヲタ芸しながら歌っていたせいか、しっかり腹式発声までもできている。

 あー、なんかパーッと花が咲くような笑顔といい、アラニーってアイドル要素すごいよな。

 肌も透き通るように白くてでも不健康な感じじゃなくて透明感があるし、アイスブルーの宝石みたいにキラキラぴかぴか輝く涼やかな瞳の周りはくりんと自然にカールされた白金色のつまようじ十本ぐらい乗りそうな長いまつげでびっちり取り囲まれててさ。鼻も大きすぎずツンととがっていい感じだし、くちびるもぷっくり赤くてつやつやで新鮮なさくらんぼみたいだ。髪の毛も二か月前まではカラッとしたお天気の日でもいつも謎の汁気を帯びてぐっしょりべたっとと丸い頭に張り付いていたというのに、今やまつげと同じ白金色のふわふわの毛は首を動かすたびにふわんほわんと風に乗り美しい顔をより鮮やかに華やかに彩っている。

 うーん、こういうのが絶世の美少年って言うんだろうな。まるで名画に登場する妖精みたいだし。けど遠すぎる全然近寄りがたいってのじゃなくて、げらげら大口で笑うと顔がくしゃっと崩れて親しみやすいきゃわわな感じにもなるんだよな。転生前には、リアルでお目にかかったことがないタイプだ。惜しいなー、もし女の子だったらすぐさまスカウトしちまうのに。

 いやいやいや、違うだろ。何故そこにこだわってるんだよ、俺。

 俺はここの女の子たちでパップンのクローンみたいなアイドルグループを作りあげたいわけじゃねーよな。そんな俺の心のぽっかり空いた空洞、寂しさを埋めるためだけのアイドルなんて意味がない。そもそもパップンは俺にとって唯一無二の存在、超えようとか並ぼうとかそういう次元の存在じゃない。けど、始めっから勝負を捨てて、パップンの残りかすみてぇなしょっぱいアイドルを作ろうなんて志の低いことも考えちゃいねぇ。

 やるなら本気でてっぺんを狙う! 始まりにして至高のアイドルを世に出したいんだ。この世界に、アイドルという概念を知らしめたい。みんなにアイドルという存在のすばらしさ、アイドルがいる楽しさを享受してもらいてぇんだ。

 そもそもアイドルって女の子だけか? 否、そうじゃねーよな。だったらさ、別に男の子でもいいんじゃねか? 目の前のこの逸材をみすみす逃すなんて、んなアホなことやっちゃいかんよな! 折角現れた奇跡のセンター候補を。そんなのは罪すぎる所業だ。

 自問自答の末に結論にたどり着いた俺は、目の前がパーッと開けたような気分になり、ポンっと手のひらを叩いた。


「ねぇ、ねぇってばー、どうしたのエル、さっきからずーっと黙ったまま百面相なんかしちゃってさ。けどなんだかとっても楽しそうだね」


 アラニーが怪訝そうな顔で、俺の顔を覗き込む。俺はそんなアラニーに向かって、とっさにある言葉を吐きだしてしまった。


「なぁアラニー、お前アイドルやらね?」

「えっ、そのアイドルっていうの何?」


 アラニーは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、ぽかーんとしている。

 そっかー、そこからですかー! いやそりゃそうだよな、アイドルのことはこの世界でただ一人、俺でしか知り得ないことなのだから。


「えーっとさ、祭りでへそ出しの踊り子グループや楽団と一緒に歌う歌手たちはアラニーも見たことあるよな」

「うん、豊作祭りのときもう肌寒いのにおへそ出してるお姉さんたちがお腹を壊さないか心配になったことがあるよ」


 うぉー、天然コメント、この顔でその発言は大人女子にウケそうだぜ。まぁ、それは置いといて。


「あぁ、そうだよなー、まぁ腰布にカイロ貼ってたりすっから平気だろ。んでなアイドルってのは踊りだけ歌だけじゃなくてよ、ダンスしつつ歌も歌うんだよ」

「へー、そうなんだぁ! ダイエット合宿でエルがやってくれてたお手本の歌とダンスみたいな感じかな?」

「あーいや、あのダンスっつーか技は応援のためのものなんだ。場を盛り上げるためっつーか」


 俺のおでこからは、つつーっと幾筋もの冷や汗がしたたった。

 いや、俺は俺たちで作り上げたオリジナルの技で構成されたヲタ芸には誇りを持ってるんだぜ。すばらしい技術の昇華のすえできた努力の結晶だと胸を張れる。でもよ、こりゃアイドルのパフォーマンスってのじゃねーよな。さすがに。


「そっかそっか、何だか楽しそうだね! うん、いいよ。ぼくアイドルやるよー」


 おや、意外とあっさり逸材のスカウトに成功。おいおいそれに思いのほかノリノリじゃねーか、こりゃ天性のアイドルを発掘しちまったかな。さすが名スカウトマン俺、そしてこの地に名をとどろかす予定の未来の名プロデューサー俺。


「わー、これから一緒にがんばろうね! ぼくら二人の大の親友コンビならきっといいアイドルになれるに違いないよー」

「へっ」


 満面の笑顔でアラニーにぎゅっと両手を握られ、今度は俺の方がぽかーんと鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっちまってる気がした。


 えっ、俺? 逆スカウトで俺メンバーイン? この俺がアイドルになっちゃうっての?

 そいつぁ、さすがに盲点だったわ!





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