第8話ハーフエルフのミュッチャ
うーむ、アラニーの誘いを適当にはぐらかしてからもう三日が経つ。
「ねぇねぇエルー、アイドルっていつから始めるのー。ぼく新しい歌やダンスを覚えるのが楽しみでならないよ」
「あ、あぁ、近いうちに動き出そうと今考えを練ってるところだ」
「わぁ、決まったらすぐに教えてね!」
「お、おぉ」
わくわく顔のアラニーに生返事で応えちまったが、別に全部はぐらかすための嘘ってわけじゃねぇんだ。すぐに動き出せるかは別として、本気で俺は考えを練りに練っていたのだ。
まずは、俺がアイドルとしてどうなのか、資質はあるのかということについて考えた。まずはルックス、ヲタ芸ダイエットで痩せた俺はすれ違う誰もが振り返るはかなげな美少年……とかではなく、キリッと男らしくシュッとしていて男も女もほおっとため息をつくようなほれぼれするようなイケメンになったわけでもなかったが、母上譲りのくりっとしたハニーブラウンの瞳に丸っこい愛らしい鼻、ぷりっとした赤い唇、ぷっくりした紅色の頬を持つわりと可愛らしい顔をしていた。長いこと肉に埋もれていていたが、この容姿ならアイドルグループでもやんちゃ系可愛い弟分として三番手くらい、キャラ設定を上手くすれば二番手の人気者くらいにはなれそうだ。アイドルの知識は俺にしかないわけだし、外から動かすだけでなく中で活動を共にするのもいいかもしれないな。
ただアラニーと俺の二人だけ、デュオというのは心もとない。目の覚めるような美少年とやんちゃかわいい弟分、それだけでどうにも物足りない。タマが足りないのだ。
メンバー、メンバー、追加メンバー、ぐるぐるぐるぐる考えてみるが、メイドスカウト作戦を実行しようとしていた時以上に人材不足で誰も思い浮かばない。そもそも俺の周りには、既にメンバー入りしているアラニーを除いたら年の近い少年は兄たち以外にいないのだ。しかし、年子の兄たちのうち一つ上のユーリス兄はぬいぐるみ好きが高じて呼吸器官が弱いから静養のためという名目で僻地のぬいぐるみ職人の元に勉強に行ってしまったし、その上のビックス兄さまは王国レスリングの選手として王都の寄宿舎に入っているし、筋骨隆々のマッチョメン過ぎてアイドル向きじゃない。となると後思いつくのは、ダイエット合宿の生徒だったミュゲルとスースハくらいだ。
うーん、あの二人かぁ。別にブサメンってわけでもねーけど……いや、嘘をつきました。折角最後までがんばってキツいダイエット合宿を修了したヤツらに言うのはわりぃけど、ミュゲルはパグ犬そっくり、スースハは猫のエキゾチックショートヘアみたいだ。いや、気のいい陽気なヤツらなんだよ。ルックスだってさうーんかわいいよ、かわいいっちゃかわいいんだよな、二人ともさ。うん、ブサカワってやつなんだよ。アイドルグループに大抵一人はいるブス枠、いやゆかいなフツメン枠にはピッタリかもしれない。お笑い枠でマニア受けして意外な人気も出るかもしんねぇし。でも四人グループで半分の二人がブス枠ってのはキツい、ヤバすぎる。だからといって、一人だけ誘うのも気が引けるし。そもそもアイツら王都在住で遠いしな。どうすっかなぁ……
考えても考えても答えが出ないまま、週に一度の憂鬱な時間、ミハイル先生の古典語の授業の日がやって来てしまった。他の科目は転生前の自宅学習の復習みてぇなもんだし、退屈だけどさほど苦ではないんだがこればっかりはワケワカメ過ぎんだよなぁ、はぁ。
しかし、今日はいつもと様子が違う。
アラニーと俺がため息をつきつつ教室に向かうと、先客が一人長机の端っこにちょこんと座っていたのだ。
フードを深々と被った小柄な子は、ずっとうつむいてぷるぷるぷるぷるふるえながら机の傷の上をカリカリ爪でひっかいている。
「あの子誰なんだろう」
アラニーと顔を見合わせて首をひねったが、話しかけるなオーラを猛烈にはなっている知らない子相手に声をかけて素性を聞く気にもなれず間を開けて座りじっとミハイル先生の到着を待った。
「いやー、すまないね、論文を見直していて少し遅れてしまったよ」
いつも俺たちが来るより前に教室にいる先生が授業開始ピッタリの時間に頭を掻き掻き現れたころには、俺たちはすっかり気疲れしていた。横の謎の子が気になって、おちおちおしゃべりもできず息をするのにすら気を使ってしまっていたんだ。
「あっ、ミュッチャさんもう来ていたんだね。宿題はできたかい?」
ミハイル先生が謎の子に話しかけると、その子はこっくりとうなずいてフードを外して鞄からごそごそとチラシで作ったらしきメモ帳を取り出した。
「ミュッチャさん、まだこれを使っていたのかい。奥様が新しいノートを買ってくれただろう」
「で、でも、これまだ使える。もったいない」
やっと出したその声は、弱弱しくそよ風にもかき消されてしまいそうなほどか細かった。そしてフードから出てきた耳はぴょこんと横にせり出しとがっていて、長い銀髪がするすると床すれすれに流れ出し、きょろりきょろりと落ち着きのない瞳はロマンティックなピンクトルマリン色をしていた。
あれっ、ひょっとしたらこの子以前見逃したハーフエルフかもしれんぞ。めっちゃ小さいし。けど、何で俺たちと同じ日にこの教室にいるんだろう。メイドたちの授業は別日のはずなのに。
また首をかしげていると、戸惑っている俺とアラニーの様子に気付いたミハイル先生がへへっと笑いぺろりと赤い舌を出した。いつもプリプリ怒ってばかりの先生のこんなおどけた顔、初めて見たぞ……何ぞ……より一層戸惑う俺らの前で、先生は黒板にチョークで何やら書き始めてしまった。
「えー、先生は明日から王都に行きます。古代史の論文を学会で発表するためです! そのため明日の授業を繰り上げてメイドたちで唯一都合のついたミュッチャさんと君たちで合同授業をすることにしました」
うきうきした調子で言い終わるとくるりと振り返ったミハイル先生は、ピッと謎の子改めミュッチャのことをチョークを挟んだ指でさした。
「ミュッチャさん、黒板の文字を読んでみなさい」
「み、ミララ、アウラ、ビスモチャ、ハフーン……」
掠れたその声で音になった文字が合っているのかいないのか、俺らにはわかりようがない……
「ハイ、完璧な発音です! 欲を言えばもう少しだけ大きな声でね。意味は言えますか」
「か、輝く星は天上だけでなく、見回せば近くにあるものだ」
「ハーイ、またよくできました。うーむ、エルファルトくんとアラニウスくんにはわかりましたか?」
わかるわけねぇ! 文字もミミズが這ってるようにしか見えんかったし。
「いえ、わかりませんでした」
俺とアラニーが声をそろえてもじもじすると、何故か褒められたミュッチャも同じようにもじもじしうつむいてしまった。
「全く、先々週予習しておきなさいと言った例文ですよ。ミュッチャさんは君たちより勉強を始めたのがずっと遅く仕事の見習もしながらなのにちゃんと出来ているのですから、少しは見習ってくださいね」
ミュッチャはまた褒められているというのに、机に沈みこむようにもっとうつむいてスカートをぎゅっとつかんでわなわなとふるえている。
何だコイツってば、風変りなヤツだな。見た目はわりと可愛いから、アラニーに出会う前ならスカウト候補に入れてたかもだけど、こんなにもコミュ障じゃ人前に出んのなんか無理だな。昔の俺を遥かに超えてるじゃねーか。
横目でちらちらミュッチャを見つつ、ミハイル先生のお小言を右の耳から左の耳へと受け流していた俺の頭の中で、その時また新たなひらめきがピコーンと光った。
そうか、その手があったか! ここ、サナーティオ王国は俺らのような人間族だけの国じゃない。ミズブリギナや、横にいるミュッチャのような異種族も共存しているんだ。俺はミズブリギナ以外の異種族に会ったのは今日が初めてだけど、外の世界には出会ったことのない数多の異種族があふれているんだ。そこにはアイドルにピッタリのイケてる少年たちもごろごろいるかもしれないぞ! どうせなら、一人は大人びたクール系が欲しいと思ってたんだよな。能力を持ったヤツなら、すんげー超絶アクロバットとかもできっかもしんないし。
よし! 決めた。種族混合グループだ。この世界にはネットはねーけど、あったらめたくそバズりそうだ。
「これはイケるぞ! 俺冴えてるぅ! 」
晴れ晴れとした顔で大声を出し思わずバーンっと勢いよく席を立ってしまった俺は、その後ミハイル先生にこんこんと説教される羽目になってしまったのだった。
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