第6話ダイエットの教祖ここに誕生!?

 こうして新しいダイエットの教祖として知らず知らず王国中にその名を轟かした俺の元へは、「うちの息子を是非指導してください」と各地の有力者からの手紙がひっきりなしに届いた。出張した父上も「何を試しても効果がないんです。ご子息に指導していただくのが、唯一の頼みの綱なのです! 息子の健康のために、どうかどうかお願いします」と頭を下げられ、頼りにされると弱いその人柄ゆえか「よし! わしにどーんと任せておきなさい」と胸を叩いて二つ返事で引き受けてしまう。

 こうしてうちの屋敷にはお見合い目当ての田舎貴族の娘たちと入れ替わるようにして、でっぷりまるまるとした息子を連れた貴族たちが続々と現れるようになった。どうやら王都ではお見合い屋敷という異名を持つらしいうちに来ると変な噂が立ちかねないとのことで女子は一人もいなかったが、ヲタ芸は激しく体力を消耗するいばらの道だ。ひ弱な貴族のお嬢さんには耐え切れないかもしれない、致し方ないことだ。

 こうして俺はダイエット講師として、厳しい愛の鞭をおでぶ坊ちゃんたちにふるうこととなった。


「こら、アラニウス! もう息が上がっているのか。そんなんじゃワンフレーズ踊れるようになるのも難しいぞ!」

「す、すみませんエルファルト様……ぼ、ぼく運動が苦手で……」


 しかし、甘やかされてブクブクと育った貴族や高官の息子たちはちっとも体力がない。まずは体力作りからとランニングやストレッチから指導することにしたのだが、屋敷の庭園(推定3キロ)のランニングすら耐え切れず離脱者が多発した。


「お父様~あのエルファルトって子ってねぇ、僕よりずっと小さいのにすっごく意地悪なんだよ。デザートのケーキも一切れの半分しか食べさせてくれないし、ばあやが持たせてくれたフィナンシェも全部取り上げられちゃったんだよ……お腹がすきすぎてベッドでちょっと摘まんでただけなのにさ。びえーん」


 こんな告げ口電話もされてしまい、ダイエットの教祖から一転スパルタダイエットの鬼とされた俺の評判は地に落ち、志願者ははたと来なくなっていった。しかし、そんな中でもやる気のみなぎった数人の生徒は残った。その一人が大宰相の四男であるアラニウスだ。アラニウスも姉五人と兄三人に囲まれて育った俺と同じ末っ子だ。最初の自己紹介で気づいたことだが、逃げ帰った数多の息子たちを含めてもこのダイエット合宿には長男は一人もおらず末っ子率が非常に高かった。かくいう俺もそうだが、跡取りではなく気楽な立場であるためか家督継承のための帝王学を幼き頃からみっちり叩き込まれ責任感で疲弊している長男とはカロリー消費量が違うのだろうか。今は将来のために王宮で勉強しているヘロース兄さまもたまに帰ってくると、すごく疲れた顔でメシを食わずに寝ちゃったりすることあるもんな。

 まぁ、消費が少ないだけじゃなくて末っ子ゆえに上の兄や姉からもべったべたに甘やかされてぽんぽんぽんぽん菓子をもらい全く遠慮せずもらっただけ際限なく食いまくっていたというだらしない事情もあるのだろうが。

 末っ子気質ということもあってか俺とアラニウスは人見知りをしない性格がどこか似ていて、ダイエット講師と生徒という枠を超えてどんどん打ち解け親しくなっていった。

 それに、ぷるぷるもちもちの体を揺らしぜぇぜぇ息を切らしながらランニングに励み日々努力する姿には胸を打たれた。もし、転生前に出会っていてもねもつんのように良い仲間になれたかもしれない。そう、無二のパップン仲間に。

 そう思えたのは、ただ彼のことが気に入ったからなどではない。いよいよ基礎体力作りが終わり、本番のヲタ芸ダイエットに突入した時のことだった。俺の歌うパップンのレギュラーナンバー、単独ライブで一番盛り上がる曲「ユニバースラブ、ウチらの愛が宇宙を救う!」に乗せて連続技を繰り出し始めたその時、王都から来た内務大臣の六男のミュゲルや外務高官の三男のスースハがぽかーんと口を開けよろよろと足を滑らせる中、アラニウスは「らぶっ、らぶっ、れすきゅーおぉる、みんながえがおでウチはハッピー♪」と初めて聞いた曲を俺に合わせてハミングしつつ、90度開脚からのターンという俺ですら習得に三日かかった何技を見事に一発で成功させたのだ! しかも、せららんパートを選ぶセンスの良さ! 俺は一瞬歌うのを忘れ、その姿に感銘を受けらずを得なかった。

 もしアラニウスと日本で出会っていたならば、同じパップニストとして日々研鑽の日々を送り互いを高め合えたに違いない! そう思うと惜しい気もしたが、ここだからこそ会えた縁なのかもしれない。近い将来理想のアイドルグループを作り上げることが出来たなら、ぜひ彼にも何かで参加してもらおう。ヲタとして? いや、彼のセンスの良さは運営にこそふさわしい。どうせなら俺の右腕としてその手腕をありったけふるってもらおう!

 密かに熱い思いを胸にたぎらせながら、俺はヲタ芸ダイエットの伝道者としての使命をまずは全うするために自らの情熱を注ぎこみ必死に指導を続けた。

 そんな俺の努力のかいもあってか、ひと月前この合宿が始まったばかりのころはランニングを終えタンパク質たっぷりでヘルシーなダイエットメニューの豆ハンバーグや寒天フルーツゼリーの食事をもそもそと終えた後一言も口を利かずにすぐにこてんと寝てしまっていた生徒たちも、楽しくおしゃべりしながら食後のひと時を過ごすほどの余裕ができてきた。


「あー、久しぶりのステーキうめぇ、こってりホワイトソースがかかってなくても塩味だけでこんなに旨かったんだなー。肉サイコー!」

「ハハッ、ミュゲルったらステーキにそんなものかけてたのかよー。そりゃデブるはずだわ」

「何をースースハもこっそりカスタードチョコミントバーなんか食べてエルファルトに取り上げられてただろ!」


 ミュゲルとスースハは元々王都住まいで年も近いせいか気が合うようで、よく一緒にいる。最初は先生と呼んでいた年下の俺のことも、打ち解けてからは呼び捨てにするようになった。


「エルファルト様、お肉も美味しいですがぼくはこのお屋敷に来て豆のおいしさがわかるようになりました。ありがたいことです」


 しかし、一番親しいはずのアラニウスは様付けに敬語のままで俺はちょっぴりもやもやしていた。


「なぁ、アラニウスって十三歳だよな。俺より一個上なのに様とかつけなくていーよ、敬語もなしだ! 俺たちもうダチだろ」


 そんな俺の提案にアラニウスはパッと笑顔を見せたのだが、すぐに困った顔になってしまった。


「でも、君はぼくのダイエットの先生だからな。やはり何か気が引けるんだよ」

「そんなことか! じゃあ、このダイエット合宿が無事に終了したら俺のことはエルと呼べよ! 家族と同じだ」

「うん、是非ともそうさせてもらうよ!」


 アラニウスは再び笑顔に戻った。ダイエット合宿もいよいよ大詰めに差し掛かろうとしている。

 この合宿が無事終われば、アラニウスはスマートな体と共にパップニスト魂までも手に入れることとなるだろう。その時に俺たちは、もっともっと深い友情で結ばれるに違いない。

 まぁ、アラニウスはときめきパップンプリンセスのことなんも知らねーんだけども。

 そしてまた一月後、いよいよこのダイエット合宿も終了の日を迎えることとなった。


「えー皆さん、俺の指導はなかなか厳しかったかもしれません。さっさと地元に帰ってしまった人もいましたが最後まで耐え抜いた君たちは健康でスマートな体と物事を成し遂げる根気と勇気を手に入れたんじゃないかなーなんて思います」


 すっかり健康的になった三人を目の前にして柄にもなくちょっと感動したせいか、十二歳らしからぬどっかの校長先生のような締めの挨拶をしてしまった俺だったが、そんな俺の言葉にただ一人感銘を受けまくった生徒がいた。


「びえーん、エルー君は最高の先生だったよー、お別れが寂しいよー。お手紙いっぱいがくからねー」


 泣きじゃくるアラニウスにつられ俺も目の端からちろりと生あたたかい汁が零れ出してくる。

 そうか、ダイエット合宿は今日で終了、ということは折角今日から友達として過ごせると思ったのにもうお別れなんだ。

 この世界で初めての友との別れ、俺の小さな胸はダイエット合宿を成功させた喜び以上に切なさで埋め尽くされきゅっと締め付けられるようにシクシク痛んだ。

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