第5話Let'sヲタ芸ダイエット!

 この世界に来てからの俺は、すっかり健康優良児となっていた。冷たいものや牛乳をうっかり口にしてしまうとすぐに腹がぎゅるぎゅると暴れ始めトイレに駆け込んで七転八倒していたのも忘れ去ってしまうくらい、何を食っても平気! ギンギンに冷えた牛乳もなんのその、アイスでも生ものでもじゃんじゃんなんでも食える。その上この屋敷のコック長は実に料理が上手い! 脂のしたたる牛肉にさらにこってりのバターソースがたっぷりかかった姿煮も、四種のクリームに砂糖衣に包まれた完熟いちごがぼんぼん乗ったスペシャルケーキも……全然全部ほっぺが落ちそうなくらいに旨くって、今まで腹いっぱい食うのを我慢してたぶんリミッターの解除された俺は腹がはち切れんばかりに食って食って食いまくった。

 母上が「食べ過ぎよ」と言ってお代わりを禁止し俺が廊下でぐずっていると、スイーツづくりの達者なメイドたちがこっそりくれたアイシングたっぷりのビスケットやチョコレートがかけられたシュークリームなんかももりもりもりもり食いまくった。その上父上に娘を預けに来た田舎貴族がうちの娘は優しく素敵だと俺から言ってくれと頼む交換条件に賄賂でくれる棒キャンディーもベッドの下に隠してちょろちょろ嘗めまくっていた。そんな生活を繰り返した挙句鏡に映る今の俺は、転生前の姿とは変わり果てていた。

 青白くこけていた頬は血色のいいバラ色に、つやつやぷっくりとした両の頬にえくぼがとそこまではよかったのだが、ぷっくりでは収まりきらず膨張しまくっている。でこはてっかてかだし、鼻の頭もてっらてらにオイリッシュ……中年のエロ男爵よりも脂ぎっている。目鼻立ちはといえば、どう変化したのか判別できないほどに肉に埋もれてしまっているし……首も胴にめり込んであるんだかないんだかちっともわからない。苦しいからと緩めていた腰の金ベルトの上にはたゆんたゆんの腹肉が被さっていて動くたびにたぷんたぷんと波打つ。まるまるむちむちぷぷんぷるん……

 転生前の俺が鼻でせせら笑っていたダイエット器具のCMの使用前のおでぶ姿を遥かに超える膨張ぶりだ。

 いや、俺も近頃体が重いなと思ってはいたんだ。しかし、朝髪を整えることから始まり身支度はすべて子供たち付きのベテランメイドたちがやってくれていて、鏡を見る必要がなかった。食べ過ぎかなとちらりと思うこともあったが、向こうの世界で有名だった大食いキングに比べれば前菜程度しか食ってないし、何しろ成長期だからな栄養は縦に行くもんだと高をくくっていたんだ。そんな根拠のない油断が、このとんでもない仕上がりになってしまったというわけだ。


「よし! ダイエットするぞ、エロぼん扱いのままではスカウト活動にも支障が出てしまう! 早速明日からだ!」


 俺はそう自分に言い聞かせると、ダイエット前の暴食お別れディナーとして鳥の丸焼きを三回お代わりし、バターキャラメルケーキを食の細いユーリス兄やダイエット中の末姉のエリザベータ姉さまの分まで半ホール分平らげた。そして思う存分腹を満たし食いおさめを果たすと、翌日からの俺は周りが心配するくらいにかたくなに食事制限を始めた。野菜スープ中心で大好きなバター金米ライスも口にせず、デザートは寒天フルーツゼリーだけを食す。そんな日々をしばらく繰り返すうちに、俺は古典語の授業後に椅子から立ち上がった途端にふらふらと足がもつれ、そのまま床に倒れ込んでしまった。

 目が覚めると、母上とミズブリギナが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


「あぁ目を開けてくれた。良かったわ、エルあなた貧血を起こして倒れてしまったのよ」

「エルファルト坊ちゃま、無理なダイエットはお体に差し障りますよ」


 二人にこんこんと説得され、俺は無理な食事制限をやめアウモダゴル家のお抱え医師であるポンチ―博士の指導の元、肥満児向けの無理のないダイエットプログラムを開始した。しかし、これがゆっくりすぎて効果が全くと言っていいほど感じられず、俺はイライラし始めた。他の家族とは違う味付けの薄いダイエットメニューに我慢しているというのに、大して体は軽くならない。それならカロリー消費の多い運動をしようと思ってマラソンをしようと準備をすれば屋敷の敷地外から一人で出るのは危ないからダメだと止められ、母上と庭園をゆっくり散歩するくらいしかできない。腹筋をしようにも、ベッドが柔らかすぎて上手くできない。

 うんうん悩みながら俺は転生前の自分、そして周囲の人間たちのことを思い返していた。胃腸が弱く何かといえば腹を壊し食が細かった自分自身のことは今と体質が違い過ぎて何の参考にもならない。ヲタ仲間、トップヲタグループパップニストオンリーのメンバーたちにも一人もデブはいなかった。ただ最初からそうだったわけではない。パップンのパフォーマンスを初めて見たストリートライブ、あの日に出会い最初に俺に声をかけてくれたせららん推し仲間のねもつんは、元々はまるまるとしたあんこ型だった。けれど、だんだん増えてくる客に対しパップンのみんなのステージの邪魔にならないようなヲタ芸を自分らで編み出していくうちにねもつんはどんどん変わっていった。

 高さを出さずステージを盛り上げるヲタ芸、そこにたどり着くのは苦難の道だった。俺らは学校やバイトの合間に近くの公園に集結し、サイリウムを持ちながらアクロバティックな尻や頭をつけず場所をとらないブレイクダンス風の連続技や高さを出さない90度腰曲げターンを練習し、メキメキと実力を上げ知らず知らずのうちに大幹が鍛えられていった。すると、元々ガリで筋肉のつきにくかった俺と違って、ぽっちゃりぽよよんだったねもつんは、ネタ枠のぽっちゃりおしゃべりおちゃメガネンからきゅっと引き締まった細マッチョの賢者風味のイケメガネンへと華麗なる変身を遂げていたのだった。


「そうだ! そうだった! どうして俺はこのことに気付かなかったんだろう。俺と言えばヲタ芸、ヲタ芸といえば俺だったのに、こんな簡単なことを見落としていたとは」


 目からうろこの落ちたような気分でポンっと手を叩きほくそ笑んだ俺は、翌日早速母上に屋敷のダンスホールを空き時間いっぱい貸切らせてもらうように頼み込んだ。

「ねぇ、母上僕もそろそろ社交界デビューに向けて準備せねばなりません。けれどこのような姿かたちと体力ではダンスの先生のレッスンにとてもついて行けるとも思えませんし、かえってご迷惑をかけてしまいます、それまで自分なりに練習をしておきたいのです」

「まぁ、あなたもそんな年頃になったのね。そうね、こちらにいらっしゃるお嬢様方のためにもダンスは必要だわね、でも決して無理な練習をしてはいけませんよ、あなたが倒れたときには私は生きた心地がしなかったのよ」

「はい、自分なりに無理なく適度にやりますから。安心してください母上!」


 ぽーんと大げさに胸を叩いた俺に、母上はダンスホールの鍵を渡してくれた。これで俺は、行儀見習いの娘たちや姉たちがレッスンを受けている時間以外には自由にダンスホールを利用することができる!

 邪魔が入らないように内鍵も用意し、ジャージ代わりの古い肌着を着込んだ俺は久しぶりにヲタ芸の一人パフォーマンスを繰り広げ始めたのだった。


「はぁはぁ、こんなにキツかったんだなぁ、あの時の俺ってばガリのわりに意外と体力あったんだなぁ」


 せららんの顔にはもやがかかったままだというのに、ヲタ芸は新しくなった俺の体の隅々にまでもしみ込んでいた。しかし、技の一つ一つその流れはすべて覚えているというのに、今の肥満児体系ではどうにもうまく体がついていかない。でも、パップンの曲を歌いながらやり続けると次第にあの日の感覚が蘇ってきて体が自在に動かせるようになっていった。


「ゆーめーみーる力はー、いつもむげんだーい」

「ぱっぷーん!」

「せららーん」


 一人で歌い、合間に掛け声をかけ、ソロコール&レスポンスそして技を次々に繰り出す。

 そんなハイテンションの時間を繰り返すうちに、俺の体はあの日のねもつんのように目に見えて引き締まって来た。体力が必要なためポンチ―博士の味気ないダイエットメニューはやめたが、さすがに前のようなこってり脂ぎった暴飲暴食はしていない。デザートもお代わりはせず一人前でとどめている。

 そして、みるみる変わる俺をいぶかしがる母上には、実は自己流のダンスでダイエットをしていたのだと打ち明けた。最初は嘘をついたことに少しだけ怒っていた母上だったが、俺が健康な体を手に入れたことを何より喜んでくれて事なきを得た。

 そして、俺のヲタ芸ダイエット成功の話はこの地を訪れたり、遠くに嫁に行ったメイドや田舎貴族の娘たちから各地へと広がり、それを聞いた人たちから俺のことを全く知らない見ず知らずの人たちへとうわさが駆け巡り、評判が評判を呼び瞬く間に王国全土に知れ渡ることになったのだった。





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