第4話エロ坊ちゃん降臨す(それは誤解です)

 それからの俺は、ことあるごとに屋敷のめぼしい年ごろのメイドたちを物色し始めた。

 うーん、ウチのメイドって目を見張るような美少女はいないけど、中途半端にかわいい子ぞろいなんだよな。素朴でちょっとあか抜けないところもこれからの磨かれ方次第でどうにでもなりそうな感じが、ファンの応援心をくすぐりそうというか。ピンには向いてないけど、グループアイドルのメンバーにはちょうどいいその辺にごろごろいそうで実はいないお手頃感のあるちょうどいいかわいらしさだ。しかし、職業柄というかまだ十代半ばから後半だろうにしっかりしすぎているというか仕事もテキパキこなしていてスキがないんだよな。ドジっ子キャラなんてそもそもいねぇし。しっかりもののそこそこかわいいキリッとしたメイドグループつーのもいいっちゃいいし新しいんだけどよ。それだけだとマニアには受けそうだが、一般にはイマイチハネなさそうだ。やはりニッチ系の派生グループってのは、王道の本体あってこそだからな。

 何しろこの世界初のアイドルなんだぞ、一切の妥協はしたくないのだ。やっぱセンターには華のある子が欲しいよな。ずば抜けた美少女なんかじゃなくていいけど、目が離せなくなるような独特の魅力が欲しいんだよなー。うーん、スカウトを始めるにしてもまずはセンター候補が現れないことにはどうにもならんな。


 新しいメイドが来るたびに俺は未来のプロデューサーとして原石の魅力を見抜こう、見逃さないようにしようとまるで原宿の芸能スカウトマンかのように目を光らせていた。けれど、センター候補になるようないい子はなかなか現れず、それどころかメンバー候補としてチェックを入れていたファナフィーナは父上のところに謁見に来た王都の騎士団長に見初められてサクッと嫁に行ってしまい、サブリーダー改め是非グループのリーダーにとひそかに心に決めていたメレンディスは母上の推薦を得てメイド長に昇進してからというものクーデレのデレが消えちまって、ひっつめ髪に銀縁メガネをキリっと掛けてなんか教頭先生っぽいっつーか、キャリアウーマンまっしぐらでアイドル要素がすっかりなくなっちまったんだよな。実際、思ってたよりずっと年上だったし、もう大人過ぎてアイドルグループに誘うのも申し訳ない感じだし。そもそもこのままなら出世街道まっしぐらっぽいのに、聞くだけ無駄だよな。


 あーあ、最近はメンバー候補もよさそうな子もさっぱり見当たらないんだよなぁ、一からやり直しやり直し。気を取り直してまたメイドチェックにいそしむ俺であったが、始めた当初はじろじろ見ていても「あらエル坊ちゃん遊んでほしいのー」などと頭を撫でられ可愛がられていたのだが、最近メイドたちの反応が明らかに変貌していっていた。

 新しいメイドが到着するごとに支度部屋に駆け付けるのはもう慣れたものなのだが、以前は「エル坊ちゃんまた来たのー。さぁお入んなさい蜂蜜チョコビスケットとホットミルクをどうぞ」だなんて優しく招き入れてくれていた古株のメイドたちが、まるで通せんぼをするように入り口にでーんと立ちふさがっている。


「エル坊ちゃま、新入りの子たちは長旅で疲れているし今は着替えの最中なんでございますよ。さぁもうお部屋に戻ってお勉強されてくださいな、家庭教師のミハイル先生もお待ちかねですわよ」


 おかしい、おかしい、おかしい、何かが妙だ。隙間からちらりと覗こうとしても、パッと動いてすぐさま目線をふさがれてしまう。一体どういうことなんだ。

 首をかしげながら勉強部屋にしぶしぶ向かう途中、俺はその原因を知ってしまうことになった。近道をしてメイド用の通路を通り裏階段から勉強部屋の手前のドアに行こうとしていると、調理場から炊事係の中年メイドとコック見習の若い男が芋の皮むきをしながらケタケタと笑いながら話をしていた。


「もう、若いメイドの子たちみんな嫌がっているのよ。あのスケベ坊主ったら嘗め回すように上から下からじろじろ見てさぁ、新しい子が来ると目ざとくチェックにし来るのよー」

「あー、ちょっとおマセさんだなぁ。まぁ男の子だし、異性に興味を持つのも仕方がないさ、ウチの屋敷のメイドは美人ぞろいだからなぁ、ハハハハッ」

「それはそうだけど、あの坊ちゃんまだ十歳よー。一つ上のユーリス坊ちゃんなんかまだうさぎのぬいぐるみとおしゃべりなんかして子供らしくてお可愛いのに、末っ子坊ちゃんったらあの年であの調子じゃ、末恐ろしいわよ、あの子を見てると前のお祭りのとき酔っぱらってファナフィーナにお触りしようとしてお屋敷を出禁になったエロ男爵のビビンさまを思い出すわー、あれじゃあエルファルトじゃなくてエロファルトよ! エロぼんったらまったくさぁー」


 俺は身を隠すようにしてその場を離れ、裏階段の途中でずるずると壁にもたれてうずくまった。美人ぞろいと言われて全く否定しないのも若干気になったが、それどころじゃない。エロファルト……エロぼんエロぼんエロぼん、乾いた声で吐き捨てるように言われたあの言葉が頭の中で反響しがんがんと頭痛までしてくる。そんなつもりは毛頭なかった。それに、エロ男爵ビビンといえば俺も覚えている。つるぺかの禿げ頭に巻き毛のいかにもなかつらを載せていて、エルフィーナに触ろうとして避けられた拍子によろけてずるっと剝けてしまっていたあのおっさんだ。赤ら顔で脂ぎっていて、でも顔立ちは赤ちゃん人形のようで頭とは違いひげと鼻毛はふっさふさなところがかなりアンバランスだ。あんな鼻毛の手入れのできない酒臭い赤んぼ親父のことを、俺を見て思い出すだなんて……そんなんいくらなんでもひどすぎやしないか。俺はただ、未来のアイドル候補をスカウトしたかっただけだっていうのに。上手くしたらこの世界初のアイドルとして大スターになれたかもしれないんだぜ!

 悔しさのあまり目の端から少しだけこぼれ出た数滴の涙をシャツの裾で拭い、勉強部屋でカンカンのミハイル先生にこっぴどく絞られながら古典語の文法をみっちり学ばされた。


「はいはいはい、エルファルトくん、先日私の出した宿題はちゃんとしましたか? エルファルトくんがどうしても頭が痛くて我慢できないと言うものですから仕方なく授業を切り上げて宿題にしたのですよ」

「あー、それは……」

「言い訳はいけません! 時間はたっぷりあったでしょう」


 確かに時間はたっぷりあった。しかし、あの日はミズブリギナから紹介された異種族メイド、しかも俺とそう年の変わらないエルフが来るって聞いたからどうしてもこの目でいち早く確かめておきたかったんだよな。

 でもその子はめっちゃ恥ずかしがり屋で、ミズブリギナの後ろにずっと隠れててスカートの端しか見れんかったけど。確かエルフって言っても人間のお母さんから生まれたハーフエルフで、まだ年端もいかないからミズブリギナの元で仕事を教わりながら他のメイドたちと一緒にミハイル先生の空いた時間に授業を受けているって言ってたな。だからまだ屋敷の仕事で姿を見ることもできないんだよな……


「ほらエルファルトくんぼーっとしない! この例文を読んでごらんなさい」

「えと、えと、びらりふぁ、ぽれと、ぽぽらまーまちょ……」

「はい、結構です。それでは意味は」

「あーあー、澄んだ水は……えっとわかりません……」

「全く! これは初歩の初歩ですし、偉大な初代国王でおられるマスラーラ大王の名言ですよ。澄んだ水は浮世の全ての穢れを洗い流すです!」

「あっ、そっかそっかー」

「そっかではありません! この調子じゃ大戦で華々しく活躍されてマスラーラ大王からこの地を授けられた剣豪騎士、偉大なるご先祖であるヘロース一世公の英雄譚を読めるのがいつになることやら……」


 ミハイル先生ははぁぁとため息を吐きがっくりと肩を落とした。へロース一世、俺たちのひぃひぃひぃひぃひぃ、うーんもうわかんねぇくらいの前の爺様だ。俺らの苗字の後ろにくっついてるエってのは、大英雄の子孫としてアウモダゴル一族だけに許されてるらしいってのはチビのころ聞いたけど、割とどうでもいい。普段暮らしていて何も意識することはないが、唯一身近に感じると言えばその名前。長兄のヘロース兄ちゃんはその大きい爺様から名前を取っていて、実際はヘロース三世という。まぁ誰も最後まで言わねーけどな。


「じゃあ、次回までにしっかり復習しておいてくださいよ。あなたには期待しているのですからね」

「はいわかりました」


 期待という言葉とは裏腹にあきれた様子のミハイル先生にぺこりと小さく頭を下げ、俺は勉強部屋を出た。

 こんなに頭を使ったのは久々で、何だかもう身も心もヘロヘロだ。俺だってあんなに頑張って教えてくれるミハイル先生には悪いと思ってるんだ。俺たち兄弟たちだけではなく、両親からのボーナスも断って空いた時間には無報酬で若いメイドたちに勉強を教えているような立派な先生だし……


 でもさ、俺は立派なご先祖様の偉大な功績を勉強して過ぎ去った歴史を学ぶよりもさ、自分でこの国の歴史を作りたかったんだ……新世界のアイドルを作り上げた男として、これから始まるアイドル史のてっぺんにこの名を刻みたかったんだよ。


「ふぁぁぁぁ……」


 ミハイル先生以上に大きなため息をつきながら自室へとふらふらと歩み始めると、いつもは閉まっている母上の居室のドアが開け放たれていた。ふと中を覗き、入り口付近にある大きな姿見に目が映る。そこに映し出されていたのは、思わず目をそらしたくなってしまうような己の姿だった。俺はへなへなとその場に崩れ込み、ぽつりと独り言ちた。


「あぁ、このざまじゃあメイドたちの態度ががらりと変わっちまうわけだわ……」


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