第3話マジでか!? アイドルのいない世界なんかそんなん絶対ありえねぇ!

 兄の言葉に愕然とし、頭が真っ白になった俺はこの世界で目に触れた芸能的なことを必死で思い返していた。まだ幼い俺は参加したことはないが、父であるルクスアゲル公爵の開いた祭りをミズブリギナに抱きかかえられて屋敷の窓から覗いたりはしていた。広場のステージでの催し物では、ひらひらの衣をまとったへそ出しのセクシー美女たちがくねくねと煽情的な踊りを披露したりしていたが、あれはアイドルじゃねーし。バグパイプやハープみてぇな楽器を使って演奏する宮廷楽団も違う、つーかほとんど団員がおっさんだし……そういえば歌もケルト音楽っつーのかなあぁいうのみたいな民謡っぽいのとかオペラっぽいのしか聞いたことねぇ……

 うっわー、シクった。転生ガチャ大失敗! ハズレもハズレ。俺生まれ変わる世界完全に間違えちまったよ! いねーじゃん。この世界にアイドルいねーじゃんよぉ! つーか、アイドルという存在の概念そのものがねーじゃんかよ。


「どーしたエル、顔色が紙のように真っ白だぞ。どこか気分でも悪いのかい」


 心配する長兄の気遣いの言葉に返事をする気力もなく俺はふらふらとその膝を降り、真っ白な頭のまま子供部屋へとなんとかたどり着き、お気に入りのくまちゃん椅子の上に倒れ込んだ。

 あぁ、そういえばせららんもくまちゃんグッズ集めてたな。バイト代が入るとせっせとせららん一押しのセレクトショップで購入した目や口にキラキラの宝石が散りばめられたくまちゃんピンやピアスとかプレゼントしてたな。


「わー、ありがとう。めっちゃ高かったでしょう、でもうれしい!」


 正直ひと月のバイト代の三分の一がぶっ飛ぶくらい高かったけど、あのうれしそうな笑顔を見るとそんなの全部ぶっ飛んでいった。このくまちゃん椅子を見るたびにせららんも気に入るだろうなと思ってたら、いつの間にか一番のお気に入りになって一個上のユーリス兄を押しのけて座るようになってたんだよな。もふもふソフトタッチがケツをやわらかに優しく包み込んで座り心地もかなりいいしな。あーあ、もしせららんがこれを見たら「わーかわいい」って色めき立ってにっこにこだろうな。もう一度あの笑顔が見てぇな。未だにもやがかかっちまってて今やはっきり思い出せてねぇしよ。

 悶々としながらその肌触りのいいもふもふの毛に包まれているうちに、俺はいつの間にか眠ってしまった。

 夢の中ではへそ出し舞踊団の美女たちが、ときめきパップンプリンセスのメジャーデビュー曲【夢の中にも会いに来て☆彡ウチらはキミのシューティングスター】をくねくねと歌い踊っていた。


 うーちゃうちゃう。そんなめっちゃビブラートのかかったみょうちきりんな歌い方じゃねぇし。何その鼻にかかったセクシーウィスパーボイス……あっ、そこは大事なせららんのハモりパートなのに! ダメダメダメ、カーリーヘアにくちびるエロボクロのねーちゃんがハモってやがるし。あー今度はさっきよりもっと激しくくねくねくねくねし始めやがった。ゔぅぅ……パップンはそんなエロい腰つきでプリプリケツなんか振ったりせんのだよぉぉ……決してそんなことはせんし、誰も求めておらんのだ。彼女らは明るく澄み切った雨上がりの虹のような、雲一つない晴れ渡った青空のような、明るい空でもまばゆいばかりに輝く星のようなそんな爽やかの中の爽やかであるグループなんだよぉ。違う、違う、いや確かにお姉さんらは美人ですよ。えぇそりゃセクスィーですよ。俺だって男ですもの、何も感じないわけじゃない。その魅力はわからんでもないですよ、えぇ。でもよぉ、違う、違うんだよ。そこはチミたちの踏み込んじゃいけねぇ領域なんだ。姉さんらいけねぇ、それはやっちまったらいけねぇよぉ。


「やめてぇぇぇ! ぐふふっ、げほっ」


 うつ伏せでくまちゃんのもふもふに顔をうずめて息苦しかったせいかうなされつつ咳込みながら目を開けてると、部屋着のガウンにひやりとした湿り気を感じるくらいにぐっしょりと寝汗をかいていた。窓から差し込む明かりはもうすっかり茜色で、数時間は寝込んでしまったらしい。口の横から垂れたよだれをこぶしでぐいっと拭い椅子に座りなおすと、廊下からちりんちりんとベルが鳴る音がし、夕食の準備ができたことを知らせてきた。

 今日は久しぶりに父上が屋敷で夕食を取る日だ。有閑貴族がほとんどのこの国の領主にしては珍しくいつも領地内をあちこち動き回ってなんやかんや仕事をしている父上は、月に一度だけ家族に囲まれて食事をすることを何よりも楽しみにしている。こんなときに末っ子の俺が、重役出勤で一人遅れてふらりと現れるわけにはいかないのだ。

 俺は誰も観ていないというのにまるで体操金メダリストかのようにくまちゃん椅子から両手を広げてすちゃっと華麗に降り、廊下の突き当りにある母や兄姉らと普段使っている食堂とは違うバンケットルームへと向かった。久しぶりに見る父上は上座の立派な革張りの椅子にゆったりと腰掛け、威厳のある立派なつやつやのあごひげを撫でつけている。その周りを行儀見習いとして屋敷に来ている田舎の下級貴族の娘たちが取り囲み、いつもなら絶対にしない給仕係の真似事なんかをしている。


「アウモダゴル様、こちらは領地内の有機農園で今朝とれたばかりの新鮮なゴールデン芳醇トマトの冷製スープですわ」

「ふむ、色鮮やかで香りも良いな。しかし君たちはこんなメイドのようなことをせんでも良いのだぞ、ご両親から預かっている身であるのだからな」

「いえいえそんなー、いつもお世話になっているのですものぉー。当然のことをしたまでですわ」

「はっはっは、キャスリン嬢はきっと近いうちに良妻賢母になるであろうな」

「まぁお上手ですこと、おほほほほ」


 身をくねらせるキャスリン嬢とジト目で冷ややかにその様子を眺める他の娘たち。どうやらうちの父上は仲人が趣味らしく、今まで何人もの下級貴族の娘たちを都の有力貴族の子弟の元へ嫁入りさせてきたようだ。なので、うちの屋敷にはおそらくそれ目当ての娘たちが両親と共に馬車に揺られてちょいちょいやってくる。行儀見習いとはいっても週一の礼儀作法とダンスのレッスンをするくらいで、父上が帰って来る時と若い貴族の子弟が招かれている祭りや舞踏会のとき以外は、どこにいるんだかわかんないくらいとんと見かけることもないけど。

 しかし、お見合い目当てのギラギラした目つきの田舎娘たちとはいえそこはさすがに貴族の娘、身のこなしはそれなりに優雅だしなかなか洗練されているよな。でもなー、アイドルとは違うんだよな。やっぱアイドルっていうのはさ、完成品じゃダメなんだよ。伸びしろを感じさせる将来性や、応援したいと思わせる素朴で真っすぐな可愛らしさがないとなー。うーん、あれっ、素朴な可愛さっていえばうちにいるメイドたちのほうがコイツらより勝ってね? 今チラッと見切れた給仕係のファナフィーナとか、なかなか愛嬌のある顔立ちしてるぞ。笑うと八重歯がちょこんと見えるのも可愛らしいんだよな。今の俺からすっと一回りは年上だから意識したことなかったけど。後、母ちゃん、母上付きの小間使いのメレンディスもちょっとクーデレ系のさらさら黒髪でなかなかの美人さんなんだよな。いつもはクールで顔色一つ変えないのに、母上に褒められてたまに見せる照れた顔なんかにちょっときゅんときたこともなくはない。アイドルグループでいうとリーダーを陰に日向に支えみんなをまとめるサブリーダーのしっかり者っぽいぞ。

 おやおやおや、ウチのメイドたちってひょっとしたらひょっとするぞ。アイドルの原石の宝庫なんじゃね? これは俺に対する天啓なのかもしれんぞ!


「アイドルがいないのなら、作ってしまえばいいじゃない」


 そんな言葉が、ピキーンっと脳裏に響き渡る。

 そうだよ、そうだ! ないのなら、俺が作っちまえばいいんだ。この俺にとっての異世界、いや新世界初のアイドルを俺が手掛ける。むしろアイドルのいる新世界を作るんだ! こんなのなかなか出来ることじゃない。アイドル育成ゲームを自由気ままに現実世界でやれるってことじゃねーかよ。いや、この世界で史上初の試みなんだ。それどころの話なんかじゃねーぞ。すげーこりゃすっげー、俺史上最大にワクワクドキドキしてきたぞ!


 テーブルにちょこんと乗せた俺の手は興奮のあまりぷるぷると小刻みに震え、大好物である食後のデザートの天上桃のコンポートに口をつけるのもすっかり忘れ、うつむきながら口元がのにやにやにまにまと勝手に緩みだすのを抑えきれなかった。


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