第22話 わたしのてんぼう
このあたりの地域……今や解放軍の名にもなっている『セーイアル地方』とは、およそ百年程前にイードクア帝国によって征服されてしまった、とある国の名前にちなむらしい。
大きく開けた平野に築かれ、それでいて大河の河口を活かした大掛かりな港を備え、大陸内外の人々や品々が絶えることなく行き交う交易国家。
商人らしく約束事を重んじ、船乗りらしく義に厚く、金と美食と平和を愛する小国家は……急速に勢力を拡大する軍事国家の、格好の餌食となった。
かつては多くの商船が行き交っていた港には、軍事色の色濃い水上艦艇とそれを迎え入れる港湾設備が整えられ。
開放的な広がりを見せる牧歌的な平野には、軍用
陸はもちろん、海と空とに睨みを効かせる一大軍事拠点へと……平和な光景は、塗り替えられた。
そんな地域がまるごと反旗を翻したのだから……まぁ帝国のみなさまにおかれましては、まことにご愁傷さまである。
事実、更に西方の海岸線には、ここよりも更に大規模な軍事拠点が待ち構えている。このフクツノー航空基地は、セーイアル地方の比較的入口に位置しているらしく、近辺に複数ある軍事拠点のひとつに過ぎないという。
旧セーイアル国のほとんど全域を傘下に収めているだけに、解放軍全体の保有戦力も、それなりのものであるらしい。
軍事拠点がいくつもあるとか……長いこと孤立無援だったレッセーノ基地としては、羨ましい限りだ。
とはいえ、浮遊巡航艦四隻にもおよぶ全力編成を迎え討つとなると……今回は海沿い拠点からの援軍が間に合うか微妙なところだったらしく、このままではかなりの損耗を強いられるところだったという。
そんなところに現れたのが、南方戦線から駆けつけたわたしたち【ヴェスパ】部隊。あれよあれよという間に敵艦をぽこじゃか墜とし、戦闘の早期終結ならびに被害抑制に大きく貢献したという。
実際、セーイアル解放軍の隙を突いた征伐軍の奇襲は、なかなか本気度が高かったらしかった。
もしフクツノー航空基地が征伐軍の手に落ちた場合、解放軍の本拠点である沿岸基地は喉元に刃を突きつけられる形となるわけで。
そんなやばいところを助けてもらった、ということになるわけで。
だとすると、この好感度の高さも頷ける…………の、かも……しれな……うぅーん……?
「あなたが……! お会いできて光栄です! ネルファムト特務大尉!」
「は、はう、はえ、はい」
「先の戦闘ではお力添え、ありがとうございました!」
「えっと、あの…………はあ」
「ネルファムト特務大尉! お身体の方は大丈夫ですか!?」
「ひゃえ、ふゆ」
「顔色が……直ちに水をお持ちします!」
「えっ? あの、えっと、えっ?」
「あの艦の制御を一人で担っていると聞きました。なんという技量、感服しました!」
「か、かんゎ、しょえ、ぷあ」
「なるほど、浮遊艦を二隻も手中に収めるとは……さすがは南方戦線のウェスペロス大佐だ」
「あっ、あの、ぱんた……ふね、ちが、」
「しかし、こんな小さな娘が戦いに駆り出され、しかも声を喪う程にまで……おのれイードクア帝国め! もはや我慢ならん!」
「えと、こえ、ゎ、あの、」
「噂だが……帝国の奴ら、幼子を攫っては洗脳して工作員に仕立て上げているとか……」
「ちが、あっと、えっと、わたっ、わた」
自前の毛皮を纏った兵士が、角の生えた兵士が、
レッセーノ基地では見られなかった光景、多種多様の人種が当たり前のように共存しているここでは……なるほど、わたしの見た目の突飛さも、幾分か霞んでしまうのかもしれない。
大尉どののように、スマートに受け答えができればよかったのだが、残念ながらわたしにそんなのは不可能だ。だからこそ『補助機構』を装備しているのだが、いまは大尉どのから言外に『使うな』の
そもそもが、ウェスペロス大佐からも『極力使うな』と言われているのだ。先程までは情報共有の重要性から使用の判断を下したが……大尉どのは、この場では使わないほうが良いと判断したのだろう。
いやしかし…………もとよりわたしは『おしゃべり』が苦手な特務制御体だ。現在は『補助機構』を装備したことで対応能力は上がっているが、装備したところで意識的には変わらない。というかそもそも使用を禁じられては、どうしようもない。
生まれ(かわっ)てからこれまで、大佐以外とほぼほぼ言葉をかわすことなく生きてきた自覚はあるし……最近やっと改善しようと思い立って、でもまだまだテオドシアさんと練習しているレベルなのである。
それをいきなり、ぜんぜん知らない人だらけの場所で大勢に取り囲まれては……頼みの綱の『補助機構』を禁止されては、やはり
しかし……幸いなのは、わたしに言葉をあびせてくるひとたちの表情に、わたしに対する嫌悪感とか忌避感とか、そういったものが見られないこと。
おそらく、わたしが『他のひとと向き合ってみよう』と意識して、顔を上げたからこそ認識できたことだろう。以前のわたしだったら、他者の感情を感じ取ろうなど考えもしなかった。
人間ではなくなった存在、忌むべき
そのことを、改めて認識してしまうのを避けようと……事実として突きつけられることを恐れるあまり、これまでのわたしは
帝国の研究者たちは論外として……もしかしたらこれまでにも、わたしのことを『不気味だ』と思わない人も、何人かは居たかもしれない。
しかしわたしは、恐らくは大多数の人が抱くであろう『不気味だ』の感想を直視したくないがために……わたしに向けられる感情から、目をそらし続けていた。
わたしという特務制御体には……まあ恐らくは自分の精神を保つためだろうけど、いつのまにかそんな習性が刻み込まれていたのだ。
レッセーノ基地で、これまでの日々に満足していたわたしには……ウェスペロス大佐さえいてくれればよかったわたしでは、到底気づくことができなかった。
大佐以外のひとと、正面から向き合ってみようなどと、考えることさえしなかっただろう。
わたしがただの人とは異なる、
「どうだ、ネルファムト特務大尉。貴官の働きに心を動かされた奴らだ、応えてやるといい」
「っ、…………わたし、は、そゆの……にがて、です、ので……」
「別に、何かを求めてるわけじゃない。ただそこに居て、声に耳を傾け、真っ直ぐに向き合って、笑顔のひとつでも見せ……る、のは難しいか? ……ならま、会釈でもくれてやれ。大抵の男はソレで満足する」
「ぴょっ、しょん、な、ん……です、か?」
「そんなもんだ。……人間関係なんてのは、貴官が思ってる以上に……単純なモンなんだよ」
「………………ふュ」
わたしがこれまで、かたくなに見ようとしなかった世界……わたしの周りの人たちの、感情とは。
姿形が独特だろうと、言葉に詰まってしまっていようと、個性的な容姿であろうと……それ
わたしに、なまじ前世の意識が残っていたがため……ヒトの形から逸脱した構造の生命体に対する忌避感が、根強く残っていたのだとしても。
どうやらそれは、少なくとも『この世界』では、それなりにありふれているものなのであろう。
額に角と、尻には尻尾が生えていようとも。
毛皮を纏って、三角耳が生えていようとも。
妙に小柄で、筋肉質で、全身が毛深くとも。
笹穂状の長耳をもち、妙に老化が遅くとも。
体表面に鱗のような鉱石組織を纏おうとも。
そして……金属質の角が生え、ところどころに
ふと、目線を巡らせると……まあさすがにわたしの思考を読んだわけじゃないだろうけど、大尉どのの『にやり』とした表情と、目線がぶつかる。
やはり大尉は、確信犯だったのだ。この地域の気風を、セーイアル地方の多様な雰囲気を、人々の懐の深さを知ったうえで、わたしをこの場へと引きずり出したのだ。
そしてそれは……元を辿れば、ウェスペロス大佐も承知の上のことなのだろう。
「…………じーく、たいい」
「何だ? オーネ特務大尉」
「…………わたし、かえった、ら……たいさ、お、れい……いっぱい、しますっ」
「あぁ、それが良い。そうしてやれ。ユーラもきっと
「………………ううー」
わたしにいのちを、ヒトとしての尊厳を与えてくれて、生きる意味を与えてくれた、大佐。
凝り固まっていたわたしの意識を解きほぐすため、遠い環境で新しい知見を得る段取りを整えてくれた、大佐。
大佐の本心は、実は違うのかもしれない。わたしが今さっき感じたことも、ただの勘違いなのかもしれない。……でも、それでもいい。
わたしにとって重要なのは、理屈や筋書きなんかじゃない。実際として、わたしの身に何が起こったか、ということだ。
理屈や筋書きをすっ飛ばして、事実として認識できること。…………うん。
やっぱりわたしは、大佐のことがだいすきみたいだ。
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