第21話 わたしのみためは



 さて、わたしがひとりで制御している【パンタスマ】だけど……小型船レベルの体躯を誇るこの機体、もともとは4人くらいでの運用を想定していた代物であるらしい。

 本来の制御室……前世における軽自動車くらいの広さのそこには、座席がきちんと複数あった。また長期の作戦に臨むためだろう、仮眠用寝台とちょっとしたストレージや食糧保存庫も、4人分くらいの設備が備わっていたのだ。


 ……ほんとに、いったい【パンタスマ】とは何をする想定の機体だったんだろうな。

 今回みたいな長距離単独侵攻とか、あながち本来の用法なんじゃなかろうか。まぁ今回は【レギナ・ヴェスパ】と一緒だが。



 しかしながら、おそらく長距離侵攻用とおぼしき攻性特型戦術構造物コンバット・リグとて、部屋と呼ばれるものなんてあるわけが無い。せいぜいカーテン付きの狭苦しい仮眠用寝台が備わっているだけで、身支度を整えられる空間も設備もあるわけがない。

 その一方で、こちらはもともと帝国中央軍のお偉方がふんぞり返るために造られた(※諸説あり)浮遊巡航艦はというと……まあ全員が個室じゃないとしても、とりあえず『居室』と呼べる空間が設定されているらしい。


 つまり、まあ、何が言いたいのかというと……【パンタスマ】在住のわたしに、いきなり『身支度を整えろ』といわれましても、残念ながら限界があるわけです。

 というかそもそも、機体制御以外にするつもりも無かったし、なんなら【パンタスマ】から降りるつもりも無かったからな。



 ……だというのに。

 いや、実際わたしはほんとずーっと【パンタスマ】の中にいるつもりだったのに。


 なにがどうして、わたしはこうして戦闘服のままで、立食パーティー(と呼べなくもない大規模な炊き出し)会場に連れてこられているのだろうか。




「いやいやいや……ネルファムト特務大尉は、勝利の立役者だろうに。声が掛かって当然だ」


『否定します。そもそも『勝利』ではなく、奇襲によって敵勢力の気勢を一時的に削いだに過ぎません。残存戦力は健在であり、引き続き警戒を要する状況であると判断します』


「わかってるさ。とはいえ今日明日また来るわけじゃないだろう。それくらいの痛手は与えたさ」


『…………肯定します』



 わたしたちが連れてこられたのは、ほんの数時間前まで征伐軍に攻撃されていた基地の、格納庫のひとつ。彼らも決して少なくない被害を被っただろうに、こうして大尉たちに感謝の意を示してくれている。

 鳥獣の肉がゴロゴロ入ったラグーに、乳のソースが絡んだパスタ、瑞々しく鮮やかな葉もののサラダ、しっかり噛みごたえのあるパンなどなど……大鍋や大皿で供されるそれらは凝った盛り付けこそ無いながらも、この場に居る多くの人々を笑顔にしてくれている。



 ……レッセーノ基地とは異なり、周囲に集落があるこの基地は、どうやら住人たちとの関係性は良好のようだ。

 これだけの生鮮食品を取引できているということは、このあたりで活動している商人たちとの取引が、まだ行われているということにほかならない。


 無論、強制的に徴収している可能性も無くはないだろうが……降りる直前【パンタスマ】の感覚器で捉えた周囲の集落には、破壊や略奪の痕跡は見られなかった。

 それに……この基地の勝利を、わたしたち援軍の到来を、帝国への反逆を、心から喜んでいるように見受けられたのだ。



 末端で戦っている人たち以外にも、その地に根ざして生活をしている人たちにも、帝国が嫌いな人たちがいる。

 わたしたちが扇動したところが無くもない、多分に『博打ばくち』じみた反逆だけど……それを肯定し、いろんな形で応援してくれる人がいる。


 わたしたちが戦うことで、だれかが喜んでくれるなら、わたしたちが帝国のやつらを殺すことも、きっと間違いじゃない。

 まあ……大佐が喜んでくれさえすれば、べつにわたしは間違っていようと構わないんだけどな。




「こちらにおいででしたか! ネルファムト特務大尉殿!」


『…………はい。ノール・ネルファムト、命令待機中です』



 わたしというものに対して向けるにはそぐわない、晴れ晴れとした笑みを浮かべて話しかけてきたのは……わたしの記憶の中には無い顔であり、つまりはこの基地所属の人なのだろう。

 返ってきた合成音声には、ちょっとだけ戸惑いを見せたようだが、わたしの外観を目にしてなお笑顔を崩すことはない。


 ……よっぽど肝が据わっているのだろうか。なるほど確かに『武人』ぜんとした佇まいの人だ、こわいものや不気味なものを見るのに慣れているのかもしれない。




「……ご挨拶が遅れました。イードクア帝国西方軍改め、セーイアル解放軍フクツノー航空基地、司令補佐を拝命しております、ヘンケン・ナイゼー中佐であります」


「先程ぶりだな、ナイゼー中佐。……大変なときだろうに、改めて歓待感謝する。…………ほら、ネルファムト特務大尉」


『…………はい。トラレッタ領レッセーノ基地所属、特務制御体ノール・ネルファムトと申します。当個体は貴官らの寛大なる思慮に、深く感謝の意を表します』


「こちらこそ。……とはいえ、驚きましたな。我々の窮地を救ってくれたのが…………まさか、斯様に愛らしいお嬢さんだったとは」


『??????』


「だろう? まぁ見ての通り、ちょっとばかし『喋り』は苦手だが、真面目で気の利く『良い子』だ。レッセーノ基地司令の右腕だよ」


「……只者ではないと思っておりましたが、それ程の重要人物でありましたか。……レッセーノ基地司令は視野が広く、寛大なお方で居られる。なんと感謝を申し上げればよいか」



 う、うん。そう。そうです、そう。大佐のおかげだから、いっぱい感謝してください。

 ふー…………びっくりしたな。ちょっと『ありえない』評価を受けたせいか、思考中枢あたまが混乱してたみたいだ。


 まあまあ、落ち着いて考えてみたらがお世辞だってわかるよな。なるほどなるほど、そうであるのなら確かにしっくり来るものな。

 なにせ彼らは助けられた側、そしてわたしたちは助けた側である。助けられた側が助けた側にお世辞やおべっかを並べて、より良い関係を築いてもらおうとアレコレ画策するのは、なにも不思議なことじゃない。なんならこの炊き出し自体がなのだろう。


 彼らにとって、わたしたち【ヴェスパ】部隊の戦力は、とても頼りになる存在なのだろう。良好な関係を築き、可能であれば今後も力を借りたいと、そう考えるはずだ。

 であれば、己が意見を曲げるくらい……白を黒ということくらい、どうということはないのだろう。やはり肝が据わっておられる。


 なるほどたしかに、人間離れしたわたしの外観を目にして顔色を変えないのは、ちょっとだけど感心したし……お世辞とはいえ褒めてくれたのも、けっして嫌な気分じゃなかった。

 けれども、そういった打算のもとでの考えなのだとしたら……いや、どんな手段を用いても役割をまっとうしようというのは、やっぱり尊敬すべき振る舞いなのだろう。


 なにより、彼は大佐を『立派なお方だ』と褒めてくれた。

 ならば彼は善であり、わたしにとっても敬意を表すべき存在である。




「…………っと。あまりするのは良く無いですな。慌ただしくて申し訳ないが、そろそろ……」


「いやいや。大変なときだろうに、感謝する。……基地司令殿にも、計らいに感謝すると伝えてくれ」


「は、必ずや。……ネルファムト特務大尉殿も、ウチの若いのが失礼するかもしれんが……迷惑だったら言ってやってくれ」


『…………?? ……了解しました』


「ははっ。大人気だいにんきじゃないか」


『…………??? ……発言の意図が理解できかねます』



 意味ありげな表情を残して立ち去ったナイゼー中佐と、含みのある笑みを浮かべてこちらを見やるシュローモ大尉と……あといったいどういうことなのか、大尉と似たような笑顔でわたしを見てくる、【ヴェスパ】一番隊のみなさん。

 にやにやというほど悪意は感じられないけど、歓待されて喜んでいるのとも何か違う。わたしの直感が『危険では無い』ことは告げているけど、そも『不明』というのはそれだけで警戒すべき事象である。


 うーん……やはりこの場でわかっていないのは、どうやらわたしだけみたいだ。

 うちの若いのが失礼する、わたしが失礼される、そして大尉が発した『だいにんき』という音。……ひとつ浮かんだ解が無いわけじゃないが、だってそれはわたしにとっては『有り得ない』事象である。


 ……そうとも。こんな機械音声で、ぎで、角が生やされて、不気味なヒトモドキが、誰かから純粋な好意を寄せられるはずがないのだ。





「このあたり……セーイアル地方はな、古来から交通の要衝として栄えてきた」


『…………はい』


「当然、地元の人間だけでなく……特務大尉の知る中じゃ、例の『シャウヤ』とかな。様々な人種が当然のように、市中を行き交っていたわけだ」


『………………あの、それが――』


「その中にはな? 耳の長いヤツや、成人でも小柄なヤツや、肌の色が違うヤツや、左右の目の色が違うヤツや……ツノの生えたヤツ、尾が生えたヤツ、羽毛が生えたヤツ、そりゃもう大層愉快な有様だったそうだ」


『……………………』




 仮に。……仮にだが、大尉のいうとおり『外観を気にしない』風土柄だったとして。

 そんな土地に根ざした人々が、わたしたちのことを見るとすれば……シンプルに『フクツノー航空基地の窮地を救った』存在であると、そのように見えるのだろう。


 様々な外観の種族に慣れ親しんだ彼らにとっては……わたしのこの特異で不気味な姿さえ、単なる『個性』に過ぎない。

 悪名高い研究所製の強化人間だからと、ヒトでなくなった存在だからと、化物を見るような目を向けてくることも、無い。


 ……そんなことが、あり得るのだろうか。

 だって、わたしは……わたしが、そんな。



「税貨の納めどき、というやつだな。……ホラ、お客さんが並んでるぞ? 観念するんだな」


「…………そん、っ、…………わた、し、なんか……でも、」


「現実を見ろ。お前はこうして、感謝されて、興味を持たれ……好かれているんだ」


「………………ゃ、……ュまぅぅ、」




 わたしというものは、何一つとして変わっていないのに。

 わたしは相変わらず、改造人間『特務制御体』のままなのに。


 わたしは、わたしに対して向けられている『感情』について……生まれて初めて、真っ直ぐに向き合ったことで。


 ……ちょっとだけ、ほんとに、ほんのちょっとだけ、世界の色が変わった気がしたのだった。



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