第23話 わたしのはんだん
さて、個人的に気になっているセーイアル解放軍の規模なのだが、これがまた『なかなか』なものであるようだった。
先の奇襲を反省してか、つい先ほど沿岸部の本拠点より増援部隊が着任。
守備戦力としては、先刻までのおよそ五割増。ううむ、これはなかなかに気合が入っているようにみえる。
聞くところによると……そもそも先の奇襲を受けて危険な状況にあったのには、近隣属州の心象を伺う必要があってのことだったとか。
これまでのように帝国に恭順を示すのか、それともセーイアル地方同様に反旗を翻すのか。双方の意見が真っ向から対立し、その属州は領内が不穏な雰囲気になっていたとのことで。
そんな『ちょっとでも刺激を加えたら爆発しそうな状態』のすぐ隣で、沿岸拠点が大規模な部隊を動かすとなったら……そのお隣さんが「仲間欲しさに圧力を掛けに来たのでは」「我々も続くべきだ」「いや帝国への忠誠心を見せるときだ」となる
だからこそ、お隣さんが横からいきなりぶん殴ってくる可能性があったからこそ、沿岸拠点も軽率に戦力を動かせなかったのだといい……その葛藤がもとで、フクツノー航空基地は危機に陥ってしまったということらしい。
そんな折に、わたしたち【ヴェスパ】部隊が征伐軍を蹴散らしたことで、沿岸拠点はもちろん例のお隣さんも覚悟を決めたようで、帝国を離反する立場を示してくれたと。
援軍を出してもらうことは難しくとも、とりあえず『横から殴られる』ことは避けられるだろう。沿岸拠点の司令部はそう判断して、安心して援軍を動かすことができたのだと。到着した増援部隊のえらいひとは、そう言ってくれたのだが。
ついで、というには重要すぎる情報を……あわせて持ってきてくれたのだった。
「えっ? …………えっ?」
「……予想外に早いな。何処からか漏れたか?」
「っ、もれた、って……あ、あのっ、」
「ん? ……あぁいや、恐らくは味方からじゃ無いだろう。俺達の行軍を目撃した帝国軍が――」
「そ、そうじゃ、なく、て! あの、たいさが!」
セーイアル解放軍の規模は、その兵力や設備もさることながら、人材においても優秀な者が揃っているらしい。
この世界においては常識はずれともいえる、地平線の向こう側に届かんばかりの超長距離通信。詳しいことはわからないが、そんな稀少な秘術の使い手がいるらしく。
そんな強力な情報筋によって、セーイアル解放軍の沿岸拠点に届いた速報……その内容こそ『帝都より部隊が南進』『砲艦含む浮遊艦隊』『新型艦の姿あり』というものだったという。
ただの浮遊艦隊であったのなら、人員や物資の輸送の可能性もあっただろう。浮遊艦は飛翼機よりも鈍足ではあるが、一度に運べる量は桁違いなのだ。
しかしながら、編成に砲艦――純粋に攻撃能力のみを附与された艦――が組み込まれているとなれば、その編隊はほぼ間違いなく攻撃部隊となる。
砲艦の攻撃性能は、主に大型目標、あるいは固定目標に対して向けられるものである。もちろん近接防御用の砲塔群はあるだろうが、輸送物資の護衛として考えるには少々以上に物騒な代物だ。
そこに加えて、ここにきて『新型艦の姿あり』の報告。これまでも偵察任務をこなしてきたのだろう、セーイアルの方々をもってして、なお『見たこと無い』と評する艦である。……嫌な予感しかしない。
『――具申します。当個体ノール・ネルファムトおよび
「いや、それは…………あぁ、そうか。……まぁアイツなら凌いで見せるとは思うが……心配なんだな? ユーラのことが」
『肯定します。当個体ノール・ネルファムトは……ユーハドーラ・ウェスペロス大佐の喪失を、何よりも危惧しています。要因は全て、無条件で、最優先にて、徹底的に排されなければなりません』
「…………【レギナ・ヴェスパ】は、動かせるようになるまで、まだ少々掛かる。……まぁ、それすら待てないって顔だな」
『申し訳ございません』
「叶うことなら自分だけでも、今すぐにでも出ていきたい。……そんな顔だな」
『申し訳ございません』
昨日の歓迎会のおかげもあってか、セーイアル解放軍と【ヴェスパ】部隊員の間で、意気投合した者も少なくないという。
増援部隊の到着による戦況安定と相俟って、付近の市街地へと出掛けている者らも……これまた少なくないのだという。
浮遊巡航艦【レギナ・ヴェスパ】は、いわば『動く拠点』だ。艦そのものの運航のみにとどまらず、通信の管理やら機材の整備やら食事の準備やら、相当の人員を必要とする。
人員に『欠け』がある状態では、満足に動かすことは出来ない。人材が貴重なレッセーノ基地としては、置いていくことなど出来やしないだろう。
また……空戦用エメトクレイル【アルカトオス】は元々、超長距離の行軍は想定されていない。
フクツノー領からトラレッタ領までは、浮遊巡航艦で数日の距離である。航続距離の限界を完全に超えているし、仮に飛べたとしても『中の人』が
機体だけなら、わたしの【パンタスマ】貨物室に積むことはできるが……糧食も飲用水も、最低限しか積んでいない。人員の生命を維持するには、ちょっと以上に厳しいだろう。
つまるところ、即座に動けるのは……レッセーノ基地に駆けつけられるのは、わたしと【パンタスマ】だけだ。
「まぁ、なんだ。俺は止めたが…………俺は『大尉』で、貴官は『特務大尉』。振るえる裁量に差はあれど……命令権で言えば、同格だ」
『…………それ、は――』
「貴官の、ノールの好きにするが良い。ただし判断の全責任は、自分自身で負うこと。……ここは何とか纏めておく、行ってこい」
「………………はいっ!」
大尉や【レギナ・ヴェスパ】や、一番隊のみなさんの力を借りることはできないが……彼らのことを恨むわけにはいかない。むしろわたしのほうが、本来の作戦を途中で投げ出しているのだ。
とはいえしかし、だって『新型艦含む浮遊艦隊』である。その規模もまだハッキリしておらず、であれば大佐たち残留戦力で勝てるかどうか、不明なのだ。
長い付き合いだからか、ジーク大尉は大佐のことをずいぶんと信頼しているようだが……敵の勢力が不明な以上、絶対に安心だとは言えないはずなのに。
だからといって、いますぐ部隊を引き上げるのも、それは間違っているのだろう。そもそもこの遠征は大佐からの指示だし、セーイアル解放軍とのコネクションを繋ぐことも重要なことなのだ。
それを無視して中途半端でレッセーノに帰って、しかも敵は大佐がバッチリ倒してました……なんてことになったら、目も当てられない。
敵は居らず、帰還は無駄足、セーイアル解放軍からの印象もマイナスになるかもしれない。そうなれば大佐に「あなたたちには失望しました」とか言われてしまう。
本来の任務を、投げ出すわけにはいかない。
しかしわたしの願いは、そんな理屈で押し留められるようなものじゃない。
百に及ぶ人員によって動かされる浮遊艦艇とは違い、わたし独りだけで動かせるのが、この【パンタスマ】の優れている点だ。
補給は後回しにされていたが、そもそもそんなに消耗しているわけでもない。付近に作業中の人員も居ないので、すぐにでも飛び立てる。
貨物室内の
なによりも『速さ』を必要とする現状、少しでも重量を減らすべきだろう。貨物室内の【アルカトオス・サルヴス】全機を外へと搬出し、あわせて
これまで随伴機として操っていた無人機小隊【サルヴス・アルファ】を解散、
わたしは元々、自機にくわえて最大9機のエメトクレイル(ないしはそれに類する機材)の並列制御を行い、単独で軍勢を形づくるための存在だ。
それぞれが機材1機を制御するに足る性能をもつ9つの
わたしと、わたしが扱うことを前提として組み上げられた、異形の特務機体【
もはやこの子は、わたしにとって『半身』ともいえる、無くてはならない存在だ。わたしの望みを叶える力を貸してくれて……求めるものを、与えてくれる存在だ。
契約は、
……だから、もっと。もっとたくさん、
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