第6話 わたしのたちば
このレッセーノ基地において、特に基地内部の業務なんかに関しては、慢性的かつ絶望的に人手不足であるらしい。
そのため管理やら認可やらの業務は、そのほとんどがウェスペロス大佐の預かりとなっているわけだし、兵站やら補給やらは概ねテオドシアさんのお世話になっているという。
中には「生命線を部外者に握らせるのはどうなんだ」などと言うお偉方が居たりもしたらしいが……そこは大佐が「クソアホ中央が補給渋るのがそもそもの原因だろうがボケカス(意訳)」「なら他に同等の費用で同等の成果が出せる選択肢出してみろやハゲ無能(意訳)」といった感じで淡々と諭したところ、みんな納得して大佐の方針を支持してくれるようになった。
さすが大佐だ、理路整然と説得できるのすごい。かっこいい。そんな様子をすぐ傍で眺められるとは、護衛任務ってめっちゃ役得じゃんね。
ともあれそんなわけで……現状としてはほぼほぼ大佐の独断によって、この基地の補給全般の段取りがなされている。
消耗品やら戦闘用機材やらのほうは、テオドシアさんがなんとかしてくれるにしても……どうやら『転送魔法』とて、生きているモノを取り寄せることは出来ないらしくて。
つまり、戦闘機材やら道具やらを扱う『人員』に関しては……こっちは、テオドシアさんの力を借りるのは不可能とのこと。
「ハァ…………今回も『ハズレ』ですか。……まったく、腹立たしい……上層部はレッセーノを、炭鉱か何かと勘違いしているようだ」
「たん、こー?」
「…………貴官も目を通してみますか? ノール。……此度の追加人員、その略歴一覧です」
「みていい、の? わたし」
「構いません。遠からず知れることですし……先んじて警戒出来れば、無用なトラブルを避けることにも繋がるでしょう」
「ありがと、たいさ」
そんなわけで『人員』の補充に関しては、ありきたりな手段を用いなければならないらしく。
そして、このレッセーノ基地で日頃より用いられている『ありきたりな手段』とは……トラックやトレーラーなんかの輸送車輌、もしくは
どうやら今回の追加人員は――大佐がガチギレ気味かつ執拗に要請し続けたこともあってか――迅速お届けの
つまりは、つい先程着陸した機体の中に、今わたしが見せてもらっているリストの方々がお乗りになられていたのだろう。
しかし…………あー、うん。大佐のご不満も
「命令無視、敵前逃亡、窃盗に恐喝に婦女暴行……懲りているのなら使いようはありますが、態度によっては……先ずは、性根を叩き直す必要があるかもしれません」
大佐がつらつらと上げてみせたのは、この度の追加人員の方々の略歴……つまりは『これまで何していたのか』といったことだ。
確かにこのリストを見せられれば、炭鉱か……あるいは(職業差別の意図は全く無いが)カニ
「空戦型エメトクレイルを扱える人材は派遣できない。……それは良いでしょう。優秀な人材だ、当人の意思も尊重されるべきですし……何より、当基地には貴官が存在します」
わ、大佐が頼ってくれてる。とてもうれしい。てれるぅ。
おまかせ下さい、ウェスペロス大佐。わたしと【
「…………練度の高いの兵士を派遣することも難しい、というのも……まぁ、良いでしょう。当基地以外にも苦境に立たされている戦線が存在する。それくらいのことは理解しています」
そうは言っても、その表情は歪んでいる。とてもじゃないがスッキリしていない、難しそうな顔。
納得したくないが納得せざるを得ない、どうしようもない局面をどうにかしないといけないときなんかに、大佐がよく浮かべている表情だ。
「しかし…………あの上層部と来たら。中央の無能共と来たら……ッ! 度重なる催促にも耳を貸さず! 人員供給を散々待たせた挙句に! やっと届いたかと思えば洩れなく全て軍規違反者と来た! ……本ッ当に……何処まで私を、私を
あーね、なるほどね。まあレッセーノ基地は辺境にして最前線ですので、
いやいや、そうはいっても最前線には変わりないわけで、ここをおざなりにすれば最悪国土を切り取られる可能性だってあるわけで、つまりは決して守りの手を緩めていいはずが無いと思うのだけど。
……大佐は『中央の無脳共』などとおカンムリだが、さすがにそんなこともわからない程に耄碌しているわけじゃないだろう。そう思いたい。
であるとするならば、本当に送れる人員が居ないとか。他の基地に送られた人員の仔細はさすがに知らないが、もしかすると何処もかしこも似たような状況という可能性もある。
つまりは……わが帝国軍は、非常によろしくない状況である、と。
「…………貴官に言ってみたところで、状況が改善することはありませんか。懲罰部隊とて帝国人です、国のため引き金を引くくらいは出来るでしょう。馬鹿と
「……ちゃんと、つかえば、ちゃんと、やくだつ。……です、か?」
「…………貴官に教養があるとは思いませんでした」
「えへ、えへへっ」
ほめられた。褒められた。大佐に褒めてもらった。そんな、そんなうれしくて、いいのだろうか。
こうして待機場所を変更してもらえて……【
しかもしかもそれだけじゃなく、大佐がわたしを褒めてくれたなんて。こんな嬉しくていいのだろうか。
つい先日、竜人商人のテオドシアさんに大佐の待遇改善を訴えてから、明らかに大佐のお傍に居させてもらえることが多くなった。
もしかすると、テオドシアさんにわたしが攫われないように見張っててくれてるのかもしれないが……そうだとしたらとても嬉しいし、違ったとしても実際大佐をずっと見てられるので、とても嬉しい。
わたしの毎日がこんなに嬉しいばっかりになったのは、テオドシアさんのおかげかもしれない。今度あったら『ありがとう』を伝えなければならないだろう。
それと……大佐がわたしを褒めてくれたのは、追加人員のひとが到着したからだ。そもそもレッセーノ基地に来てくれたこと自体がありがたいことなので、こちらも会ったら『ありがとう』を伝えたいな。
……なんて。
このときのわたしは、直近で記憶していたテオドシアさんの反応に引きずられて……わたしが普段、基地のひとから『どんな目で見られているのか』ということを、うっかり失念してしまっていた。
冷静に考えれば、わかることだ。懲罰部隊とて、軍規違反者とて、ごくごくふつうの帝国民であり、ふつうの
ニンゲンに似ていて、しかしニンゲンではない、ニンゲンの言葉のようなものを発する……金属細工に侵された、人外の化け物。
そんなものが『ヒトに感謝しよう』だなんて……おこがましいにも程があろうに。
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