第7話 わたしのちすじ
えーっと……あれ、おかしいな。
ここはどこ、わたしはいったい。なにがどうしてこんなことになったんだっけ。
古いながらもしっかりとした造りのレッセーノ基地ではなく、急造仮設であろう建物のなかの埃っぽい一室。
前線近くの防衛陣地、その指揮所に併設された何らかの倉庫と思しきこの場にて……わたしは現在、両手首と両足首をロープで縛られ、複数人の男の人が言い争う様を見せつけられている。
……なんだろ、これ。えー、ほんとどうしてこうなった。
おちつけ、ノール・ネルファムト。おちついて、これまでの行動を振り返ってみよう。きっとそこにヒントがあるはずだ。
えー……待ちに待った(?)追加人員の皆様だが、結局のところ彼らは早々に前線へと送られることになった。
大佐は性根を叩き直したがっていたようだが、だってそんなことができる教官も、あと時間も足りないということで、渋面を浮かべながらも諦めたようだ。
そんなわけで、追加人員たる懲罰部隊の皆様を輸送車輌に詰め直して、あと併せて補給物資も積み込んで、これから前線に築かれた拠点へと移送を行うとのこと。
そしてわたしは、そんな車列と戦闘機材の列を空中から護衛するおシゴトを命ぜられ、直掩無人機小隊【サルヴス・アルファ】の3機を引き連れて警戒を行っていた。
道中はこれといって何も起こることはなく、敵性航空戦力がこちらの領域を侵すこともなく、平穏そのものの行程であった。
最前線のほうも……どうやら現在撃ち合いは下火であるようで、いつもよりかは銃砲撃の音も少なかったような印象も受けていた。
そんなわけなので……いわゆる『油断』とか、あるいは『慢心』とか、そういうのがあったのかもしれないが。
補給車輌部隊の到着と人員の追加を拠点責任者に報告し、ついでとばかりに
なんか……いきなり肩をがっちり掴まれて、口を押さえられて、手首と足首を縛られて、この倉庫へと運び込まれたわけでして。
そうして、わたしを縛ってこの倉庫部屋へと運び込んだひとたち――今回運ばれてきた懲罰部隊の一員、たしか全員『婦女暴行』の注意書きが添えられていた人たち――の言い分を聞かされていたところに、また別の懲罰部隊員――こちらは『命令違反』の注意書きの人たち――が合流し……そこからなんか、言い争い始めてしまったわけで。
うーん……落ち着いて振り返ってみても、やっぱりよくわからない。
わたしを縛った懲罰部隊員の言い分も、まあ一部は理解できるものだったけど……その他の部分がな、まったくもって理解できなかった。
だって、わたしは
ニンゲンではないモノが、人間と繁殖行為を行ったところで、いったいどんな成果が得られるというのだろうか。
確かにわたしは、一般的に『魔力』と呼ばれるリソースを潤沢に備えている個人ではある。……まぁわたしが
わたしが普段、
ふつうの搭乗者が、自機だけの制御に専念している一方で、わたしは合計10機分の制御魔法を同時に行使しているわけだ。単純計算で、普通の人の10倍くらいは『魔力』を備えているということなのだろう。
今のわたしを形作る元となった、今は亡き少女……その両親とでもいうべき存在、精子と卵子の提供元は、それぞれ高位の魔力保有者であったらしい。
わたしに限らず、わたしと同様に『なにか』されて、人間でなくなった特務制御体たち……その素体となった少女の身体もまた、当然のように優秀な魔力保有者の素質を秘めているらしく。
その優秀な素質を『次代に継承させる』ということは、確かに広義でいえば『帝国に優秀な人材を提供する』ということに繫がるのだろう。
なるほど、確かに理屈は通っているように思える。……尤も、わたしの身体に『次代に継承させる』ための機能が残っていれば、という話ではあるのだろうが。
……ともあれ、ここは敵地も近い前線拠点である。敵襲や侵入者を即座に察知できるよう、警戒要員はそれなりに多く配されている。
皆がみんなピリピリしているところで、ただごとじゃない言い争いなんかしている声が漏れ聞こえたら……そりゃまあ、早急に対処人員が飛んでくるわけで。
程なくして、わたしを縛って倉庫に運び込んだ数名と、彼らに食って掛かった数名と、そしてついでに縛られていたわたしは……施設保安担当の兵士によって、ほんの先ほど報告を行った拠点責任者の前へと連れてこられたわけです。
「この度は大変! 大変申し訳ございませんでした! ネルファムト特務大尉殿!」
「…………? あの、えっと……はい」
「特務大尉殿に対する無礼の数々、如何なる叱責も覚悟して居ります! 狼藉を企てたクズには、当方にて必ず『ケジメ』を付けさせます! 二度と特務大尉殿の視界に入れぬよう、当方が責任を持って『対処』を行います!」
「うー、うぅん…………うー?」
前線拠点の施設保安担当より、とても丁寧なお詫びを頂いたわたし。特務大尉という肩書は、肩書だけならばだいたいの帝国軍人よりも上であるので、気分を害さないように気を配るのは必然なのかもしれない。
しかしながら、わたしの目は誤魔化せない。確かに彼らはわたしに対して申し訳なく感じてくれているのだろうが……その奥底には、わたしのような『ヒトでない化け物』に対する恐怖や、嫌悪感のようなものが見え隠れしていたのだ。
まあ、今更なことだ。わたしがふつうの人から『どう見られているか』なんて、言われるまでもなく理解しているつもりだ。いちいち怒ったり、悲しんだりはしない。
そもそも、わたしはこの前線拠点の所属というわけではなく、レッセーノ基地に籍を置いている。ウェスペロス大佐の下こそがわたしの居るべき場所であって、そんな余所者が余所様の拠点の人員配置に影響を与えてしまうことは、ちょっと望ましくないだろう。
この拠点の力となるべく届けられた人員が、本来の役目を果たすことなく『けじめ』やら『対処』やらで異動させられてしまうのは……この拠点のためには、ならないと思う。
「……なので、わたし、きにせず…………えっと、たいさ、の、しじ……よてい、どおり、に…………はい」
「なんと…………何と、申し上げれば……」
「…………寛大な配慮、感謝する。ネルファムト特務大尉殿」
「いえ。……わたし、もど、て、おしごと、なので…………しつれ、します」
「承知した。貴官の協力、重ねて御礼申し上げる。……ウェスペロス大佐にも、よろしく伝えてくれ」
「あ、えっと、はい」
ちょっとしたトラブルこそあったものの、とりあえずわたしに与えられた『おシゴト』は、問題なく片付いた。懲罰部隊とてマトモな思考の人もいたようだし、人員不足の不安も多少は払拭されたことだろう。
前線の様子も確認できたことだし、あとは【サルヴス・アルファ】を伴い帰還するだけ。これといった戦闘も無く、機体の制動もほとんど掛けていないので、推進剤の消費も最小限で抑えられたはずだ。
最小限の支出で、最大限の成果を発揮すること。最高効率でもって事態に臨むこと。これが大佐のご機嫌が良くなる秘訣である。
無駄なリソースを浪費せず、使えるリソースを有効に活用する。色々と乏しいレッセーノ基地、そして色々と不足していそうな帝国軍がこの先も生き残るためには、その意識が必要なのだろう。
…………そういう意味では、優秀な素質を持つ人材を一人でも多く提供するというのは、大佐にとって喜ばしいことなのかもしれない。
最終的に、大佐がどういう指示を出すかはわからないけど……この身体にまだ『機能』が残されているのか、確認するだけしておいても、いいかもしれない。
基地に戻ったら、メディカルチェック担当のひとに聞いてみようか。
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※ノール・ネルファムトちゃんいわくの『ヒトではない化け物に対する恐怖や嫌悪』一例
「あんな幼子の身体に非道な処置を施すとは……中央の奴らに良心は無いのか(恐怖)」
「あんな健気な娘で欲望を満たそうなど、ヒトとして到底許せるものではあるまい(嫌悪)」
この子は他人の感情には敏感でも、その向く先に関しては全然まったく疎いみたいですね(しってた)
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