第5話 わたしのおもうこと
実際のところ、こと防衛関連に関して言うならば、わたしの果たしている役割は決して小さくないと自負している。
とはいえ……まあ当然のことではあるが、全部が全部わたしが出張らなければならないような事態、というわけでは無い。
空戦型はわたしたち以外滅んでいるものの、陸戦型エメトクレイル部隊はまだ幾らか健在であるし、自走砲や多脚戦車を主軸とした機動陸戦部隊だって稼働している。
もちろん、そちらとて全くの無傷というわけじゃない。塹壕や防衛陣地を築いて粘り強く堪えてはいるものの、じわじわと擦り減らされているのは確かである。
このままでは遠からず地上部隊も壊滅してしまうことだろう……と、当初はわたしもそう危惧していた。
しかしながら、こと戦闘兵機の補充に関しては、幸いなことに心配は要らなさそうである。
優秀な人員配備もままならない劣勢の辺境基地で、なぜそんな余裕ぶっていられるのか。
まあわたしもびっくりしたのだが……というのもこの世界、謎動力機関だけに飽き足らず、なんと『魔法』なる技術まで存在しているらしい。
……比喩ではなく、そのものずばり『魔法』だ。なにせ扱う本人がそう言っていたのだから間違いない。
「ホイで最後に…………エー、多脚戦車が12、と。……コレでゼンブ大丈夫ネ? ちゃーんと確認するヨ、後でのクレームは受け付けナイネ」
「言われるまでもありません。こちらの注文通り、確認しました。……相変わらず、便利なものです」
「カカカ! ご評価賜り誠に恐悦至極ヨ。ワタシはコレでメシ食てるからネ。今後もヨロシく、ご
「えぇ、頼りにしていますとも」
レッセーノ基地の敷地からそれなりに離れ、とはいえ最前線まではいかないここは、周囲にコレといって建造物のない開放的な不整地。……強いて特徴を述べるならば、エメトクレイルが隠れられそうなサイズの巨岩がゴロゴロしているくらいだろうか。
このあたりは我らが帝国軍陸上部隊によって安全が確保され、主にレッセーノ基地と最前線とを繋ぐ輸送路が敷かれている。
陸上部隊の生命線ということもあり、そこかしこに周辺警戒用の魔道具が睨みを利かせているようだ。
そんな場所で怪しげな取引を行っていたのは、レッセーノ基地総司令である陰険メガネ……もといウェスペロス大佐と、少々以上に異様な外見的特徴をもつ(おそらくは)少女。
小柄かつ概ねヒトに近い体型ながら、アンバランスなほどに発達した両腕と太い尾には鱗を備え、側頭部からは一対の
まったく……謎動力機関に、謎の魔法に、謎の知的種族ときたものだ。本当にこの世界は予想外の事象ばかり、到底飽きることは無さそうである。
取引を重ねた今でこそ慣れたものだが……この『竜人商人』を初めて見たときは、柄にもなく混乱したものだ。
ましてやその竜人商人が『物質転送魔法』とやらを行使し、装甲車輌やら多脚戦車やらをポンポンと呼び寄せて見せるのだから、始末に負えない。
細かな手順や制約なんかはさすがに知らないが、帝国内陸部の軍需拠点から、各種兵機やら補給物資やらを取り寄せることが出来るのだという。……なるほど確かに、兵站の常識を覆す驚異的な『魔法』といえる。
ここまで来たら驚きを通り越して、もはや思考停止の域だろう。思考能力を強化されたわたしが思考停止するレベルのビックリ現象である。
とはいえこの……報酬額の記入された小切手をニマニマ眺めている異形の少女が、レッセーノ基地の補給に多大なる貢献をしているのは、事実である。
彼女自身は軍属ではなく、あくまでも『善意で協力してくれている第三者』とのことであり、毎度毎度それなりの額の小切手を渡しているようなのだが……とはいえ、補給部隊を大々的に動かすよりかは安上がりなのだろう。
大佐にとっても、補給部隊が到着するのを待つ必要も無いし、金さえ払えば必要なものを
大佐のお客様ということは、すなわちわたしにとってもVIPである。くれぐれも粗相の無いようにしなければ。
…………と、気合を入れていたのだが。
その、超ぶいあいぴーであらせられる竜人少女が、今まさに現在進行形で、なにやらわたしを凝視している気がするのだが。
えーっと……もしかしてわたし、なにかやっちゃいましたか?
「………………?」
「……フム。…………フムフム。……ナルホド」
「………………??」
取引現場の周辺警戒要員として配されているわたしは、立場でいうとブッチギリで底辺である。大佐どののお客人相手に、許可なく口を開くことは許されない。
疑問を感じながらも、しかし心当たりは(あんまり)無いのだから、わたしにはどうすることも出来ないだろう。いちおう『大佐が同席を指示した』という大義名分はあるので、わたしが大っぴらに怒られることはないだろうけど……それでも、やっぱり謎が残る。
実際これまでも、この『取引』に居合わせたことは何度かあるわけなのだ。今回こうして凝視されている理由が、残念ながらわからない。
これまでと今回とで異なるような点、といっても……帝国の情勢や基地のことについて、わたしはそこまで詳しいわけじゃない。わたしの動きは大佐が指示してくれているし、それに全て従っていれば問題ないのだから。
「…………私の部下に何か用ですか? テオドシア女史」
「ホウ、部下。…………ナルホド、部下ネ?」
「…………えぇ。私の右腕にして、忠実な部下です。……何か問題でも?」
「部下というコトは……
「無論です。唯一無二、代替不可能な技能を備えた、替えの利かない部下ですとも」
「ふゥーん…………?」
なおも何か言いたげに、わたしの顔をジロジロと見てくる竜人少女……もとい、テオドシアさん。
眉根を寄せて顔をしかめ、疑うような視線をチラチラと大佐に送っているところを見ると、どうやら大佐の発言を信じていない様子。
まあ、ほかでもない陰険メガネ大佐だもんな。彼が素直に他人を評価するなんて、なるほどたしかに信じ難いだろう。
「…………あのっ、わたし――」
「ッ、黙りなさい、九番」
「ほぉ? いいネ、イイネ。エスペは黙てるヨ、ワタシはアナタの声が聞きたいネ。……でないと転送魔法、今後の協力を考えるヨ」
「何を……」
大佐には怒られるだろうけど、わたしだって言いたいことがある。このまま転送魔法を使って貰えなくなってしまえば、この基地が更なる苦境に立たされるだろうことは間違いないだろう。
……まぁ、わたしが口出ししたのが原因だと言われれば、まったくもってその通りなのだが。
とにかく、今後ともこの基地の補給を引き受けて貰うためにも、また勘違いされがちな大佐の印象を改めるためにも、言うべきことを言わなければならない。
「わたしは、たいさ、は……わたし、よくしてくれる、よ?」
「…………言わされている……ワケでは、無さそうデス……ネ?」
「……うん。……ごはん、たべれる、し……わたし、やりたいこと、やれれて……させて、くれる。……たいさ、だいじ、くれてる……ます」
「ほォ…………この『性悪メガネ』が、ネェ?」
「…………ッ!」
「うん。……たいさ、あいそー、わるい、から……きらわれてる、けど」
「でしょうネ」
「うん。けど……わたし、『だいじ』に、あつかってる、もらてる、ので……だいじょぶ、です」
「…………そうデスか」
幼年児のように辿々しく、聞き取りづらいことこの上ないだろう訴えだったが……テオドシアさんは機嫌を損ねたり顔をしかめたりすることなく、わたしの言葉を真っ直ぐ聞いてくれた。
どうやら大佐に対する悪印象は、多少とはいえ払拭されただろうし、転送魔法をストップすることも無いと思う。
たぶんわたしはこの後、大佐にお叱りを受けるのだろうが……そうだ。どうせお叱りされるのなら、盛大に言いたいことを言ってやろう。
「……あのっ、こんごとも……たいさ、たすけ、を、おねがいし――」
「いい加減黙りなさい、九番。……少し自由を与えすぎましたか」
「フフフ……なら、エスペが先に態度を改めるヨ。……言うにコト欠いて『九番』呼びは、ワタシも我慢ならナイネ」
「…………何故そこまで
「ソウネ。……アナタが嫌われてるようなら、ワタシがコノ子を買い取ろう思てただけヨ。ワタシタチは白い髪の子、とても大好きネ」
「なら、キッパリと諦めなさい。……私としても、九番を手放すつもりは毛頭ありません」
「カカカ! ……惚れたコが粗末な扱いされるは、腹が立って仕方ナイヨ。まー
「許される訳が無いでしょう」
「冗談。冗談ヨ。……ノールに免じて、今後もキチンと取引スルネ。安心ヨ」
「………………まぁ、良いでしょう。私としても、貴女の恨みを買うのは……得策とは言い難い」
どうにかこうにか、両者の関係は無事に改善されたようで、わたしとしても嬉しい限りだ。
今後もこの基地を守るためには、テオドシアさんの転送魔法が絶対に必要だろう。大佐が嫌われて愛想尽かされることの無いよう、可能な限り印象良くしておいてほしいところだ。
レッセーノ基地内の……帝国軍における大佐の印象は、はっきりいって手遅れだろう。もうどうしようもない。おしまいである。
しかしながら、純粋な帝国人ではなく、有志の協力者たる外部の者ならば、まだ助かる余地はあるかもしれない。
もちろん、わたしは怒られる。本来であれば許可無く意見を述べることなど許されない立場であろうし、そもそも人間でなくなってしまったわたしの言葉など、聞き入れられる可能性は非常に低い。
しかしながら……わたしの大好きな大佐のいいところを、少しでも多くのひとに知ってもらうことが出来るのなら、それはとてもすてきなことだと思う。
わたしが怒られるだけで、大佐を好きなひとを増やせるかもしれないのだ。挑戦する価値はあるだろう。
「……サテ、ソレではワタシは早々に引き籠もるとするヨ。万が一でも戦火に巻き込まれるは御免こうむる、戦争は大嫌いネ」
「全く……我が軍から散々毟っておいて、よく言う。
「カカカ! ……それはナイ、絶対にシナイネ。ワタシタチが戦う、チカラを振るう、ソレは大地が、空が、風が大変なコトなるヨ。ワタシタチに利はナイ、面倒で苦くて危険、ソレは他の『シャウヤ』も共通の認識ネ。……戦うはオマエタチ
「…………まぁ、良いでしょう。協力に感謝します」
「ウムウム。カネ払いの良い客は嬉しいヨ。今後ともヨロシくネ」
角と尾をもつ竜人商人の少女は、それはそれはいい笑顔を振りまきながら、まるで朝の散歩のように悠々と歩き出す。
最前線までは幾らか距離があるとはいえ、剣呑な雰囲気の漂う軍事基地であるからして、彼女の言動はまったくもって場違いに見えるのだが……まあ、それがテオドシアさんなのだろう。
ヒトとは異なる種族であれば、その感覚や常識も当然異なるものだろう。
……ヒトではなくなったわたしも、やがてヒトらしい感覚や常識を無くしていくのだろうか。
もしくは……もう既に、無くしてしまっているのだろうか。
「さて…………貴官が余計な口を挟んだお陰で、当初よりも大幅に押しています。……原因は、貴官です。理解していますね?」
「はい」
「宜しい。……私は先に戻ります。貴官は当初の予定通り、【
「はい」
「…………それが終わったら、基地へ帰還、待機。……理解しましたか? ……ノール」
「…………! …………はいっ!」
たとえわたしが、どうなっていようとも。
ヒトらしさを失った、人外の化け物でも。
大佐がいてくれるなら。大佐の役に立てるなら。
……わたしは、それだけで満足だ。
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