第4話 わたしのせいのう



 航空兵機『飛翼機オルシデロス』とは、揚力やら空力やらを用いて宙を舞う戦闘用機材である。……まあ要するに、わたしの前世で言うところの『飛行機』だ。

 わたしの駆る『機甲鎧エメトクレイル』に比べて調達コストはきわめて軽く、その速力を活かして迅速かつ大規模な展開が可能。空を飛べるという明確な強みを持ち、攻撃やら輸送やらで多方面に活躍している……らしい。


 ……のだが、戦闘兵機としての有用性に関しては、当たり前だがわたしたちエメトクレイルに(コストパフォーマンスを除いて)かなうはずもない。雑魚ザコもいいところだ。

 とはいえしかし、その展開速度と対地攻撃能力は馬鹿にできない。ひとたび制空権を奪われてしまえば、地上部隊だけで奴らを撃退するのは困難だろう。



 制空権を奪われたということは、わが方の飛翼機オルシデロス部隊は壊滅寸前というわけで。

 そんな危険空域に殴り込みの出来る戦力ということで、わたしに白羽の矢が立ったというわけだ。……まったく、我が身ながら白羽の矢が刺さりすぎだと思う。




 そんなわけでわたしは、これから制空権の確保に向けて動かなきゃならないわけだが……当然ながらわたしが振るう力は、飛翼機オルシデロスなんかではない。

 重量的にも、形状的にも、飛べる形には全く見えない……航空力学に喧嘩を売っているとしか思えない巨大ヒト型戦闘兵機、エメトクレイルである。


 どうやらこの世界には、わたしがかつて生きた世界とは異なるエネルギー資源が存在しているらしい。

 エメトクレイルをはじめとする各種機械を動かす動力源は、石油内燃機関や核動力とも異なるようで、わたしのような素人が見た限りではどんなものなのか予想もつかない。

 更には、謎だらけの動力機関のもたらすエネルギーを使った『浮遊装置』なんてものもあるのだから……もはやわけがわからない。考えるだけ無駄だ、もはや『そういうものなのだ』と、強引に納得するしかない。


 とにかく、巨大なヒト型兵機エメトクレイルは謎動力で動いていて、一部のエメトクレイルは謎装置によって浮遊する、と。そういうことだ。



 重力や空気抵抗の軛を無視し、まるで宙を泳ぐように自在に翔びまわるエメトクレイルに、急な転回も静止もできない飛翼機オルシデロスごときが敵うはずもない。

 対地目標に対して、高みからほぼ一方的に撃ち下ろすことが出来るのだろうが……戦略的に実用的なのはそこまでか、せいぜいが同じ飛翼機オルシデロスを相手取る程度だろう。

 空中に立ち止まっての狙い澄ました砲撃なんて出来やしないし、真横に跳んでの回避も出来ない。揚力頼みの機体に重武装は難しいし、装甲を分厚くすることも困難。それが飛翼機オルシデロスというものなのだ。


 そんな存在が、わたしたちのような空戦型エメトクレイルと相対したら。

 まず攻撃を当てることが困難、また攻撃の機会も極めて少なく、当てたところで有効打とはなり難い、しかも一発でも喰らえば致命傷と、まぁとにかく『どうしようもない』だろう。




 つまりは、そもそも逆立ちしたって負けるわけがないわけで。


 そんなエメトクレイルが、不気味な程に統率の取れた挙動で迫ってくるともなれば……その威圧感というか圧力ともなれば、相当のものだったのだろう。




『状況を報告します。【サルヴス・ベータ】【サルヴス・ガンマ】敵性飛翼機オルシデロス郡と交戦状態。撃破多数、いずれの群体も被害はありません』


≪地上部隊への圧力は順調に減っています。そのまま続けなさい≫


『了解しました。EC【アルカトオス・サルヴス】1番エナから9番ネル、統率戦術フェイズD3『堰堤ランペルアウト』実行中です』



 わたしたちの後方、ギリギリ広域視覚に収まる距離で広く戦況を俯瞰するウェスペロス大佐から、作戦継続の指示が降る。他の基地司令がどうかは知らないが、ウェスペロス大佐は積極的に前線指揮を執ってくれるので、わたしとしてもありがたい。

 大好きな大佐どのと共に戦場を翔べるだけで、わたしのモチベーションも自然と高まる。わたしの操る9機の【アルカトオス・サルヴス】と、特務機体【N-9Ptノール・ネルファムト】が前衛を担っていれば、大佐どのが危険に晒されることも無い。



 そもそも「危険を避けるなら基地に閉じこもっていればいい」と言われるかもしれないが、これにはそれなりに深い理由がある。わたしたちの使用する通信魔法には、枷となる有効距離が存在するためだ。

 基地から直接通信でやり取りできる距離ならまだしも、最前線にまで足を伸ばすとなれば、通信圏内に指揮機能を持って来なければならない。また広域レーダーやデータリンクなんかも存在しないらしく、前線での情報収集は多分に視覚頼りとなる。その上で通信魔法はほぼほぼ音声しか飛ばせないため、戦況が正しく伝わるかは観測手の匙加減なのだという。


 そんな不安定な状況を、そもそも他人を信用しないウェスペロス大佐が甘んじて受け入れるわけもない。

 直接自機で戦況を観察できるように、また戦力を最大限有効活用するためにと、視覚機能と通信機能に最大限の改修を施した専用機【アルカトオス・インペラトル】を自ら駆り、このように前線指揮を務めてくださっている。


 基地司令が直掩も付けずに前線に出てくるなど、本来ならば当然褒められたことじゃないのだろうが……なにせ直掩を務められる人員も、代わりに前線指揮を任せられる人員も、われらがレッセーノ基地には存在しない。

 基本的に他人を信用しない大佐だものな。彼のお眼鏡にかなう人員が配されるのは、いったいいつになることか。



 ともあれ、そんな大佐がわざわざ下してくれた命令である。望まれる仕事を全うすべく、わたしとしても全力で取り組む次第である。

 広く薄く展開した【アルカトオス】で、広範囲に圧力を掛けながら、ゆっくりじっくりと戦線を押し返す。

 当然、敵飛翼機オルシデロス部隊からは機関砲の雨霰が降り注ぐが、はっきりいって無駄な足掻きだろう。エメトクレイルを撃ち落とすには、全くもって力不足だ。


 そもそも【アルカトオス】は、空戦型エメトクレイルの中でも耐久性能に重きを置いた機体である。ただでさえ頑丈な機体に大盾スクトゥムを担がせているのだから、そのしぶとさは並じゃない。

 ましてやそれには搭乗者が乗っておらず、恐れることも取り乱すことも無い。後方上空で俯瞰するわたし【N-9Pt】の意のままに、3機がまるでひとつの生き物のように、冷徹に敵を撃ち落としていく。

 愚直に向かってくる飛翼機オルシデロスは勿論のこと、たとえ複雑な戦闘機動を取る敵性エメトクレイルであろうと、小回りの利く【アルカトオス】の敵ではない。3機掛かりで持久戦を仕掛ければ擦り潰せる。逃げる先を潰す統率射撃はお手のものだ。


 あとはを、敵がいなくなるまで繰り返せばいい。

 敵が【アルカトオス】をぶち抜ける大砲なんかを担ぎ出してこない限り、わたしに敵うものなど居やしない。




 唯一、難点があるとすれば……搭載する弾薬や推進剤とて無限ではないので、侵攻には致命的に向いていないという点だろう。

 基地設備の無い前線で、わたし【N-9Pt】や『スレイヴ』たちへ適切な補給を施すことは、極めて困難と言わざるを得ない。レッセーノ基地へと帰還が叶う範囲内でしか、わたし【N-9Pt】は戦うことが出来ないのだ。


 もちろん帰還を考慮にいれなければ、今の倍近くは攻撃半径を延ばせるのだろう。……ウェスペロス大佐が『やれ』と言わない限り、そんな無謀なことはやりたくないが。

 わたしはまだまだ大佐の役に立ちたいし、恩返しだって出来ていないし……もっともっと、たくさん大佐に使ってほしいのだ。




『状況を報告します。敵性航空戦力の脅威度低下、戦術要求値への到達を確認しました。パターンC−1N、指示を願います』


≪上出来です。対空攻撃を継続、そのまま圧を掛け続けなさい。対地攻撃の必要はありません。……地上部隊にも働いて貰わなくては≫


『了解しました。統率戦術フェイズD3『堰堤ランペルアウト』、空対空戦闘を継続します』



 それにしても……ここまで来れば、あとはのんびりと構えていればいいだけ。とてもラクなお仕事である。

 地上部隊にとっては厄介な相手なのだろうが、所詮は飛翼機オルシデロスである。どれだけ群れようと、わたしの相手ではない。

 頼みの綱のエメトクレイル、貴重な空戦型追加配備分も、つい先日わたしがこの手で叩き落としたばかりだ。


 わたしたち【N-9Ptノール・ネルファムト】が睨みを利かせておけば、敵軍が攻め上がってくる可能性は極めて低い。

 現在わたしが『堰堤ランペルアウト』を構築している戦闘空域、このあたりがわたしの軍勢の行動半径といえるわけで、つまりはここまでがわたしの守備範囲というわけだ。



 わたしが、この【N-9Ptノール・ネルファムト】が健在である限り、決してレッセーノ基地をやらせはしない。

 大佐の守る基地を守ることこそ、わたしが存在している理由なのだ。



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