第3話 わたしというもの



 何度か述べたような気もするけど……現在このレッセーノ基地は、極めて危機的な状況にあるらしい。

 戦闘用の兵機各種はか細いながらも、少々特殊なツテを活用しての供給が続いているが……一方で各種人材はというと、供給の目処は立っていないという。



 自走砲や多脚戦車なんかの陸戦兵機は、幸いなことにそれなりの数がまだ生き残っている。しかしながら、戦局を変えうるゲームチェンジャーたる巨大ヒト型戦闘兵機『エメトクレイル』、それを満足に駆れる人員は減り続けるばかり。

 とくに空戦用機に至っては、もはやたったのいち部隊……わたしとウェスペロス大佐しか残されていない。だというのに『戦況の変化』やら何やらで、追加の人員が送られる気配は絶えて久しい。


 そして大佐はというと、この基地の舵取りやら中央との折衝やらお仕事が山積みであり、当たり前だがエメトクレイルばかり駆っているわけにはいかない御方である。

 そんなわけなので……まあつまるところ、気軽に空戦用機を動かそうと思えば、わたしが働くしかないというのが現状である。



 とはいうものの、実際わたしの『性能』ならびに『機能』を遺憾なく発揮することで、現状どうにかこうにか連邦国軍に抗うことが出来ている。取り扱いこそ少々難しいが、それだけのパフォーマンスをわたしは秘めているのだ。


 制御体パイロットのわたし一人で、自機含め総計10機のエメトクレイルを同時に制御する。それこそがわたし【N-9Ptノール・ネルファムト】に附与された『特殊機能』であり、わたしが大佐どのに拾ってもらえた理由そのものである。

 実際……わたしが居なければ、この基地を守り切ることは不可能だったであろう。空戦用機が9機も揃って稼働しているとなれば、抑止力としても充分な効果が期待できるのだ。



 わたしの身体には、主に通信機能や並列情報処理能力を高めるための調整が施されており、乗機【9Ptネルファムト】の補助を介して他エメトクレイルを遠隔同時制御することが可能。

 ……まあ、その代償として体表面に挿入口ソケット突起角アンテナが生えていたり、身体強度や身体運動性能なんかは控えめとなっているようだが、それでも生身の人間よりかはしぶといだろう。

 そもそも、わたしが白兵戦に持ち込まれるような事態ともなれば、その時点でこの基地はもうおしまいだろう。諦めるしかない。




≪……無人機スレイヴEC【アルカトオス・サルヴス】1番から9番、遠隔制御紋の定着を確認。……機体ステータス、全数値正常。異常なし≫


『状況確認を行います。特務制御体【N-9Ptノール・ネルファムト】ステータスアップデート。スレイヴ全機異常なし、確認しました。携行装備の具合はいかがでしょうか』


≪はっ。…………長銃ライフルならびに大盾スクトゥム、動作確認を完了しています。いずれの機体も、異常ありません≫


『確認しました。現時点をもって、動作確認フェイズを終了。当機はこれより第二次待機フェイズへと移行します。特務制御体【N-9Ptノール・ネルファムト】は、貴官らの協力に感謝、深く敬意を表します』


≪…………はっ。了解致しました≫




 わたしの操る機体の動作確認が完了し、整備責任者との通信が切れる。

 やはりというか……不自然なほど饒舌な機械音声は、聞く者にとっては相当に耳障りであるらしい。


 忌み嫌われている自覚はあるし、不快感を隠しきれない整備担当官の方々には毎度申し訳ないのだが、しかしこればっかりはどうしようもない。

 手指の動作がぎこちないわたしは、機体の整備なんか出来るはずがない。仮に出来たとしても、わたし一人で機体を整備することは不可能であるからして、どうしたって彼らの力添えを必要としてしまうのだ。



 わたしのECエメトクレイル9Ptネルファムト】は、帝国軍に広く普及している【アルカトオス】なんかとは異なり、かなり奇妙な形状と異様なコンセプトをもつ機体である。


 ヒト型を大きく逸脱した機体には、本来あって然るべき両腕は肩から存在していない。

 胴体ブロック側面から背部、大きく張り出した動力ユニットをぐるりと取り囲むように、当機の特徴である『受信子機ハンドル』のマウントベースがずらりと据え付けられている。


 今は僚機の頭部に組み付いているそれら受信子機は、わたしからの制御信号を組み付いたエメトクレイルへと流し込み、制御体パイロット無しでの戦闘機動を可能とする代物だ。

 とはいえ……受信子機ハンドルの全てを展開している現在、マウントベースには何も懸架されておらず、傍から見れば単に『両腕をもぎ取られた無様ぶざまなヒト型』でしかない。


 自衛能力に乏しいこの機体は、良くも悪くも『無人機スレイヴを操る』ことに特化している。最大9機のエメトクレイルを統率し、高度な連携を取らせ、わたし一人で包囲殲滅戦を仕掛けること得意である。

 いっぽう無人機スレイヴ無しで、この【9Ptネルファムト】単機で出来ることといえば……大腿部に集中搭載された推進器で全力後退しながら爪先つまさきの光学砲で追い払う、いわゆる『引き撃ち』くらいしか無い。


 ……つまり、まあ、なんというか……運用次第では強力かもしれないが、口が裂けても『つよい』とは言えない機体なのだ。



 そんなわたし【N-9Ptノール・ネルファムト】は、コンセプトからして運用が難しい……いや、面倒といえるパッケージだ。

 制御下に置いた無人機とて、当然弾薬や推進剤は消費するし、損傷が無くても定期的な点検整備を必要とする。つまりは充分な性能を発揮するためには、充分なバックアップが受けられる拠点の存在が必須と言えるわけで、一方で長距離侵攻能力はとても高いとは言い難い。

 機体にも周りにもコストが掛かるし、かといってそのコストを支払わなければ充分な性能を発揮できない。単独での戦闘能力は非常に低く、ぶっちゃけ『ザコ』といって差し支えない。

 単機で戦況をひっくり返す能力を授かった姉妹たち……彼女らの機体を羨んだ数は、十や二十では収まらない。



 なので……そんなわたしを拾ってくれて、効果的に運用してくれているウェスペロス大佐には、本当に感謝しかない。

 彼に見出してもらえなかったら、現在のような運用を確立できていなかったら、それこそ失敗作として『処分』されていてもおかしくなかった。


 わたしの扱いに関しては、大佐の右に出るものは居ないだろう。これまでの成果がそう告げているし、この基地にそれを疑う者は居ないだろう。

 大佐の言うことをすべて聞き、確実に指示を全うし、わたしの性能を最大限に発揮することこそが、わたしの唯一無二の存在意義なのだ。





≪――――九番、聞こえていますか? 応答なさい≫


『回答を行います。特務制御体【N-9Ptノール・ネルファムト】、現在第二次待機中です』


≪現時刻を以て第二次待機態勢を解除。喜びなさい、貴官の大好きな『仕事』の時間です≫


≪っ!? お待ち下さいウェスペロス大佐! 彼女は……ノールはまだ、動作確認が完了したばかりで――≫


≪完了しているのでしょう? 何処に問題があるというのです? ……【N-9Ptノール・ネルファムト】、戦闘準備。特務制御体の務めを果たしなさい≫


『了解しました。特務制御体【N-9Ptノール・ネルファムト】、第二次待機状態を解除。第一次戦闘態勢へ移行します』


≪宜しい。…………全く、整備班ごときが……余計な手間を掛けさせないで頂きたい≫


≪…………申し訳、ございません≫




 機体の調整を終えた直後、大佐から直々に出撃指示が下される。バッチリちょうどのタイミング、やはり大佐の采配は無駄が無い。

 この基地の航空戦力は限られているので、わたしが適任となる任務はけっこう多い。この状況を好転させるためには、わたしをより効率よく使うことが求められるだろう。

 敵戦力を削ったり、威力偵察を行ったり、圧力を掛けたり、友軍部隊を守ったり。やっぱり足が速くて、それでいて小回りが利くエメトクレイルだからこそ、役立てることは多い。

 ましてや、わたしの『機能』ならば、複数機を一糸乱れず統率することが可能なのだ。揚力頼みの航空機……もとい飛翼機オルシデロスの部隊なんかでは、こうも便利に動けまい。



 追って機体制御器に届けられた指示書によると……今回のオシゴトは、敵軍の航空戦力の排除と制空権の確保。つまりは、前線を張っている地上部隊の頭上をクリアにするオシゴトだ。

 とはいえ、敵方の空戦型エメトクレイル部隊には、先刻痛手を与えたばかり。こちらを警戒してか姿を見せておらず、今回の目標となるのは飛翼機オルシデロスによる攻撃部隊とのこと。

 やはり、配備された直後を叩けたのは大きかったようだ。大佐の慧眼には恐れ入る。


 わが軍の置かれた状況は、依然として厳しいものだが……こんな状況になっても、わがレッセーノ基地所属の地上部隊は精強である。

 その身を呈して敵軍の進行を食い止めている彼らの頑張りに報いるためにも、わたしにできることをする。つまりは……鬱陶しい敵性飛翼機オルシデロスを、早急に除去しなければならない。




『状況報告を行います。EC【アルカトオス・サルヴス】1番エナから9番ネル、全機遠隔魔紋接続を確立しました。特務戦略パッケージ【N-9Ptノール・ネルファムト】統率戦術フェイズD3『堰堤ランペルアウト』、作戦行動を開始します』


≪宜しい。直ちに出撃なさい≫


『了解しました』




 両腕の無い異形の機体と、異様な雰囲気と『被りもの』を纏った、総勢10機の異質なエメトクレイル達。

 粛々と飛び立っていくそれらは、わたしにとってはとっても心躍る光景なのだが……しかし多くの基地関係者にとっては顔を顰めてしまうほどには、不気味で気色悪い一団のようだ。


 ……だとしても、それがどうしたというのだ。わたしが周りからどう見られているのかなんて、とっくの昔に知っている。今さら傷ついたりなんて、するわけがない。

 便利な『操り人形』であるわたしと、そんなわたしの心強い『操り人形』たちは……今日も今日とて『ご主人さま』のため、存在意義を果たすべく邁進するのだった。


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