第36話 第8部 発覚編 13

ここまでのあらすじ


彩斗達はポール・レナードから自己紹介を受け、四郎を蘇らせてくれた事の礼を言われた。


そして蔵前の今の状況についての説明を受け、今後の蔵前との接し方について教えてもらう。


蔵前は自分の責任では無い事は、不可抗力でこういう事態になったと受け入れつつある。

 腫れ物に触るような態度をとると逆効果でいつも通りの態度で接して欲しいと。

 普通にこき使っても良いと言った。


そして、蔵前があの糸の事を話したら、最後まで話を聞いてやり、素直に同意してやって、大変だったが不可抗力で仕方ない事だと笑顔で答えてやって欲しいと言われた。


さりげなく蔵前の心に寄り添ってくれれば良い事だと。

蔵前はまだまだ心の奥底で自分を責め続けている。

今の蔵前には仲間が必要だが、まだ蔵前自身が、また大切な仲間を無くしてしまうかと怯えている。

無理強いはせずに蔵前が行く場所はあると伝えてくれれば助かるとポールは言った。


だが、決めるのはあくまでも蔵前自身だ。

蔵前が新しく一歩を踏み出せるかどうかを決めるのは…クラ自身だけなんだよ。


とポールは締めくくった。



以下本文


そしてポールは立ち上がり、四郎にまたな、と言って立ち去った。

暫くして俺達はナース姿の職員に導かれてクラの部屋に向かった。


俺達はドアを開ける前に少し迷ってしまった。


「どうして挨拶すれば良いかな…。」


俺はお見舞いの入った紙袋を持って悩み、小声で呟いた。


「う~ん…いつも通り、クラがいた時と同じで行こうよ!」


加奈がそう言い放つといきなりドアを開けて中に飛び込んだ。


「クラ~!

 久し振り~!」


俺達は加奈につられてクラに挨拶しながら部屋に入った。

個室の大きな窓の前に立って海を見つめていたクラが振り向いた。

クラの顔が一瞬驚いて固まり、そして顔を歪めて涙を流した。


「…あああ!

 みんな御免なさい!

 御免なさい~!」


加奈がクラに駆け寄り肩を叩いた。


「そうよ~!大変だったけどさ~!

 まぁ、大変だったけど、クラの責任じゃないから謝らないでよ~!」


加奈の朗らかで能天気な声につられて俺達も口々にクラに声を掛けた。

そして泣き続けるクラの肩を抱いてベッド横の椅子に座らせ、俺達は他の椅子やベッドに腰かけた。


「もう、過去の事は言いっこ無し!

 今日はクラにいろんなお見舞い持って来たよ~!

 どうせここじゃあまり美味しいものは食べられなかったんじゃないの~?

 ほらほら、開けて見なよ~!

 四郎が行きつけの花屋さんで気分が良くなる花を選んでもらって持って来たからね~!

 美味しいお菓子も沢山持って来たし!

 それとほら!

 じゃじゃ~ん!『ひだまり』の制服が新しくなったんだよ~!

 チェキ持って来たから壁のどこかに貼ってよ~!」


加奈は『ひだまり』の新しい制服姿で色々なポーズを撮った自分の写真を何枚も出してクラのベッドの枕もとに画鋲で貼り出した。

食いつき気味にはしゃぐ加奈を呆気に取られて見ていたクラの顔はやがてほころんだ。


「ちょっと加奈さん、画鋲だと穴が開くから…。」


そう言うとクラはベッド横の物入れから紙テープを取り出して加奈の写真を壁にとめ始めた。


加奈のパワープレイで俺達もクラも雰囲気が和らいだ。


そして俺達は色々と世間話に花を咲かせた。

保養所の暮らしはどうだとか食事はどんな具合だとかセラピーをしているポールは実は四郎の師匠で凄い人だとか色々と話し込み、クラの表情もすっかりほぐれた。


先ほど加奈が命を助けた職員の若い女が入って来た。


「蔵前さん、お食事はどこで取りますか?」


若い女性を見るクラの顔が少しだけ赤くなったのを俺は見逃さなかった。

若い女性はクラのベッドの枕もとに張り付けられた加奈の写真を見て少し顔を俯けた。


「あ…恋人さんなんですか?」


若い女性が小声で尋ねた。


「い、いや、仲間です!

 地下で一緒に戦った仲間達なんです。

 食事はあとでカフェテリアに行きますから。」


クラが少し慌て気味で答えて若い女性は部屋を退出した。

他の皆は世間話のおしゃべりをしていてクラと若い女性の微妙な会話をあまり聞いてない様だった。

加奈も窓の外の海の風景を見て真鈴やジンコやはなちゃんと笑顔で話していた。

だが、今はリア充真っ盛りで12回と4分の1野郎に昇格した俺の目は誤魔化せなかったのだ。

この2人は出来てる…いや、まだまだ出来ていないが出来つつある…お互いに異性として意識している。

これは間違いないよ!

女性経験12回と4分の1の俺は言うから間違いないね!

俺は加奈の心配をした。

これでは加奈が悲しいピエロになるかも知れない。

加奈は幼いころから激しい訓練を重ねて友達も出来なかったと喜朗おじが言っていた。

人間関係、ましてや異性との付き合いは殆ど経験が無いのではないか…ちょっとした駆け引きも知らずにぐいぐい突き進む加奈に俺は不憫な物を感じた。

こんなに可愛いのに何も知らない悲しい乙女。

それが加奈だった。

クラにも好みはあるだろう。

恐らくクラはぐいぐい押して来る加奈よりも控えめで大人しく優しそうな女性に惹かれるのだろう。


「ところでクラはこれからどうするんだ?

 何か決めているのかい?」


明石が尋ねた。


「いえ、希望すればもうここをいつ出ても良いのですが…まだこれから何をすれば…決まりません。」

「そうか…まあ、気持ちが決まるまでここにいれば良いさ。

 それくらいの貢献をクラはしたんだからな。

 もしも気が向いたら…うちに来いよ。」

「そうよ!クラならいつでも大歓迎だよ!」

「新しい『ひだまり』の2階には広い部屋もあるからな!

 かなりゆったりして豪華な造りにしたんだ!

 なんなら今建てている俺と加奈の家に空いている部屋が有るからそこに住んでも良いんだぞ!」


俺達は口々に言ったが、クラはあいまいな笑顔で答える事はしなかった。


俺達は暫くクラとおしゃべりをした。

そろそろ昼食の時間と言う事も有り、俺達はこの辺りで退散する事にした。

部屋を出て行く時、俺は最後に残ってクラに持って来た紙袋を開けた。

中にはワイバーンのジッポーライターと胸にワイバーンの刺繍が入ったポロシャツ、そして胸と袖にワイバーンワッペンが付いて背中に敵味方識別用にWYVERNと記した布を引き出せるジャケットを置いた。


「クラ、君がこれからも悪鬼討伐を続けるかどうかは問わないよ。

 でも俺達はもう勝手にクラを仲間と思っているんだ。

 君の居場所はずっと作って置くよ。

 それを決めるのは君だけど…どうかこれを持っていて欲しい。

 俺たちの友情の印に、持っていて欲しいんだ。」


クラはじっとベッドに広げた物を見つめていた。

俺はクラの肩を叩いて部屋を出た。

岩井テレサがテラスで待っていると聞いて俺達はまたテラスに行った。


岩井テレサがテラス席から立ち上がって丁寧に俺達にお辞儀をしてくれて、俺達は大いに恐縮した。


「ワイバーンの皆、今回は本当にご苦労様。

 そして、私達の読みが甘くて屋敷が襲撃を受けてしまい、本当に申し訳ありませんでした。」

「いえ、あれは仕方ないと思います。

 こちらこそ護衛の人達が頑張って戦ってくれたからおかげで助かりました。

 護衛の方達に感謝をしてご冥福をお祈りいたします。」


俺が代表で答えると岩井テレサが恐縮した。


「いえいえ、護衛の者達はとても奮戦したけれど圭子さんを守り切れなかった。

 これは私の読みが甘かったの一言よ。

 本当にごめんなさいね。」


圭子さんが笑顔で岩井テレサに言った。


「とんでもないわテレサさん、私は悪鬼になって新しい人生が開けた感じなの。

 それに護衛の人達が居なかったら司も忍も…あんた達お礼を言いなさい。」


圭子さんが司と忍の頭を下げさせて岩井テレサにお礼を言うように促した。


「テレサさん、ありがとう。」

「テレサさん、ありがとう。」

「ほほ、可愛い娘さん達ね!

 こちらこそ、ありがとう。」


笑顔になった岩井テレサと俺達は席に座った。

やがて俺達に冷たい飲み物が運ばれて来た。


「今回はあなた達ワイバーンが参加してくれなかったらもっともっと被害者が出たと思うわ。

 共同作戦でアレクニドの都内の拠点を襲撃した対立組織も看過できないほどの被害を受けたらしいしね。

 皮肉な事にこちらの犠牲が少なくなった分、勢力の均衡が随分こちらの方に有利になったの。」


明石が尋ねた。


「その対立組織の被害はどのくらいだったのですかな…。」

「襲撃に参加した者の半分以上が、62パーセントが死亡したと言う事よ。

 かなり無茶な急襲を掛けたと思うわ。

 これでしばらくはお互いに争いを起こす余裕は無くなったわね。」


「テレサさん、あの樹海の地下には洗脳された人達が沢山いたけど、他の拠点には…やはりいたんですか?」


ジンコが尋ねると岩井テレサは苦い顔をした。


「ジンコさん、やはりかなりの数の洗脳された非武装の信者がいたわ。

 非武装で無抵抗で祈りを捧げるだけの…女子供年寄りがいたわ…沢山ね。

 でも…対立する組織は…全部…殺したそうよ…皆殺しに…。」


岩井テレサの言葉に俺達は絶句した。


「酷い…。」


辛うじて真鈴が呟いて口を押えた。


「そうね、私達の組織があの組織と相容れる事が出来ないのがこれではっきりしたわ。

 やはりあの組織は…。

 私も修行不足で嫌悪感を隠す事が出来なかったから向こうにも伝わったと思うわ。」

「そんな奴らが人類を支配すると大変な事になるな…。」

「そうね四郎、私もそう思う。

 そしてね、対立組織の結果報告を聞いた日本政府の者もね…奴らは対立組織の機嫌を損ねないようにか、いいえ、本心ではそんな洗脳された被害者達の面倒を見るのは負担だと思っていたようで、それは仕方ない事ですな、と言って薄笑いを浮かべたのよ。」


俺達は皆ショックを受けた。

ゆくゆくは人類を支配して悪鬼の世の中を作ろうとしている勢力と政府の者がそういう事で意見が一致するなんて…まるで自国民が何人死のうが自分の思いが遂げれば良いと思っている狂った独裁者と50歩100歩じゃないか…。

俺は引き続き持っていて欲しいと言われた特別捜査官警視正の身分証を遠くに見える海に投げ捨てたくなった。

こんな非情な事を許す奴らに加担したくなくなってしまった。


「私は危うく席を蹴って退出して全面的な戦いの準備をしようとさえ、一瞬思ってしまったわ…対立組織と腐った人でなしが牛耳る政府を滅ぼしてやろうとね…でも、性急にそんな事をしても私達はあまりに無力だしね。

 それに戦いを起こしたら今回の何倍、何十倍もの悲劇を引き起こしてしまう。

 だからぐっと我慢したわ。

 奴らの組織も私達と同様に政府から警察の身分証などの恩恵を受けているわ。

 あなた達も警察の身分証だからと鵜呑みにして信用しないように気を付けてね。

 私達はぐっと我慢して奴らと暫くは同じ道を歩むしかないのよ。」


岩井テレサは穏やかに諭すように俺達に話したが、その手はぎゅっと握りしめられていた。


「今はそれどころじゃない事態が起きつつあるしね…月の事を知っている?」


あ!とジンコが声を上げた。


「月の自転速度が変化して今まで私達に見せなかった月の裏側が見えつつあると言うことですか?」


「そうよ、ジンコさんでしたね。

 あなたの事は、あなたが私に聞きたい事が沢山あるとリリーから聞いているわ。

 そう、あの神秘的な、まだまだ全然解明されていない、それでいて私達の地球に最も近い場所にいる天体の事よ。

 いったい何がきっかけになってこんな事が起きたのか、誰も判らないのよ。

 ただね、私達の襲撃支援の低軌道衛星が機能不全に陥って一つが大気圏に突入した事は覚えているわね?

 そして巻き添えで、これはほぼ巻き添えだと私は思うけどカスカベルの乗せたヘリコプターがエンジン不調になって不時着した事も知っていると思うけど、私達が解析したらねあの思念の塊が確かに低軌道衛星に向けて放射されたんだけど、その軌道を計算したら、その思念の先にあったのが月だったのよ。」

「え…。」

「え…。」

「え…。」


俺達はいささかスケールが大きすぎる事態を説明されて混乱しながらじっと岩井テレサを見つめた。


「あくまでこれは仮説の域を出ないけど…あのアレクニドが放射した思念が一つの、何らかのきっかけになったのかも知れないわ。

 思念の力と言う面では私達が知っている中でも最強クラスのあの教団の悪鬼が放った思念。

 あれから月はほんの少しずつ自転速度を変えていてね。

 このままだと後10年足らずで私達は月の裏側を全部見える状態になるわ…それが何の意味を持つのか、まださっぱり判らないけれど、私達は月に注目をして調査を続けるわ。」


かつて岩井テレサが月に人類と悪鬼の存在の謎を解く何かがあるかも知れないと言っていた事を俺は思い出した。


「あの教団の事はまだまだ調査中なんだけど、やはり何年も前に狂った犯罪を犯した狂信的な団体がルーツのようだわ。

 地下で奴らが所持していたアサルトライフル。

 あれはあの狂った教団で製造しようとしていたアサルトライフルと同じものだったわ。

 信者の一人がリーダーになり替わろうと、あの太った長髪の気持ち悪い男になり替わろうとして失敗してね、何人かの信者を連れて密かに新しく教団を作ったのよ。

 そして自分は創始者と名乗ってね、勧誘と洗脳の手段はあの狂った教団よりも一枚も二枚も上手だったようね。

 そして、創始者と名乗る奴はどういうきっかけか別物、悪鬼と体液交換をして別物になって無茶な合体を繰り返して強力な思念を手に入れたようだわ。

 地下の蜘蛛の化け物やワイバーンを襲撃したアリの化け物、四郎さんや明石さん、喜朗さんなら判ると思うけど、本来あそこまで変化できるようになるのは物凄い年月が必要なのよ。

 500年かかってもあそこまで変化できるのは中々、どころか殆ど居ないわ。

 しかもあの化け物たちは死んでも灰にならなかった。

 『若い者』だったのよね。

 そんな化け物を作り出したのはあの創始者と名乗る奴の思念の力かも知れないと思うわ。」

「奴らが何がきっかけか判らんが早急に事を起こして発覚が早かったから何とかなったと言う事か…。」

「そうね景行さん、奴らがもっと思慮深くて力を蓄えて機会を待っていたらどんな恐ろしい事態になったか…考えるだけで恐ろしいわ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る