第35話 第8部 発覚編 11
ここまでのあらすじ
死霊屋敷に戻った彩斗は、一人で朝のクロスカントリーコースを走って来て、丘の上から死霊屋敷周辺を見た。
死霊屋敷と頑強なガレージを効果的に援護する配置で建てられつつある明石一家の家、喜朗おじと加奈の家、そしてプールを眺めた。
ちょっとした集落に、そして要塞群になりつつある死霊屋敷を見て、彩斗はあの晩四郎を復活させてから今までのジェットコースターのような日々を振り返り感慨にふけった。
そして皆で午前のハイキングに出かけた。
悪鬼となった圭子の射撃の腕はまた数段上がり、彩斗達は頼もしさを感じた。
明日はクラのお見舞いに出かける事になっている。
何故か皆改まった服を着ていて、特に加奈が気合が入ったワンピースを着ていて周りから冷やかされていた。
勿論、彩斗達ワイバーンメンバーは既に加奈がクラに心惹かれているのは充分に判っていたのだが。
リリーがポルシェターボで迎えに来た。
スカイラインGTRはアレクニドの残党の襲撃で壊れて修理に出しているそうだ。
以下本文
幸いにも曇り空は晴れて来てところどころ青い空が顔を出している。
ドライブには絶好な天気になりそうだった。
俺達はお見舞いの花やお菓子を乗せたそれぞれの車に乗って神奈川の保養所に出かけた。
小田原の海を見下ろす緩やかな山の中腹に高級そうな介護付き有料老人ホームや孤児院があり、その山頂に病院と保養所があった。
この山の施設はまるまる岩井テレサの組織が運営していて、山の入り口に立ち並ぶ高級そうな別荘も警備のための者達が詰めていると聞いて、俺達は改めて岩井テレサの組織の凄さを思い知った。
穏やかな見た目にも関わらず、ここは山が丸ごと要塞になっているのだ。
別荘地にあるゲートを抜けて道幅が広く緩やかに曲がりくねった道路を上って行くと、クラが収容されている落ち着いた感じの保養所に辿り着いた。
高級マンションのコンシェルジュの様な所で来訪を告げると海を見下ろせる保養所の庭に通され、テラスで待つ事になった。
飲み物とお菓子を出され、テラス席に座って俺達は海を眺めた。
「ひゃ~。
凄い所ね~。」
「本当、用事が無くてもドライブでここに寄りたい気分ね。」
「やはり岩井テレサの組織は凄いな。」
やがて職員の清楚な感じを受ける上品な制服を着た若い女性がやって来た。
「ワイバーンの皆さまですか?
蔵前さんはいま、セラピーを受けていています。
もう少ししたらセラピーを施す者から蔵前さんの容体について説明があるそうですので少々お待ちください。」
「はい、判りました…あ…。」
俺達は職員の若い女性の顔に見覚えがある事に気が付いた。
「あなたは…あの…。」
真鈴の言葉が止まった。
そう、この職員の若い女性はあの新宿でスケベな男を毒牙にかけていたつがいの悪鬼に囚われて釣り餌で釣り針にされていた女性だった。
「…あの時は…命を助けていただいて……ありがとうございました。」
若い女性が俺達に丁寧に頭を下げた。
「…加奈さん…あなたの事も後から教えていただきました。
あなたもご家族を殺されたとの事で…私と同じ境遇だと知って…でも、命を助けていただいて、感謝しています。」
加奈はじっと押し黙って女性を見つめていた。
そしてゆっくりと立ち上がり、女性に歩み寄ると静かに手を伸ばして女性の体を抱きしめた。
「私こそ、一歩間違えていたらあなたを殺していたと思うよ。
ごめんなさい。
生きていて良かった…。」
そっと女性の手が加奈に回された。
「私こそ…こんな…ありがとう…。」
俺達は加奈と静かに抱きしめあう女性を見つめていた。
あの晩土砂降りの雨の駐車場で現場を見ていた真鈴とジンコの涙腺は既に緩んでいた。
喜朗おじは既に涙が駄々洩れになってた。
「まだ仕事があります。
もしも後で時間が有ったら…。」
「うん、私もあなたと話したい。
待ってる。」
「ありがとう。
それでは失礼します。
命を助けてくれてありがとう。」
若い女性は加奈から手を放して笑顔でお辞儀をすると去って行った。
「加奈、あの子、立ち直ったようで良かったね。」
「加奈の優しさがあの子を救ったのよ。」
じっと若い女性の後ろ姿を見送る加奈の肩に手を当てて真鈴とジンコが涙声で言い、加奈は黙って頷き3人で抱き合った。
リリーが若い女性を見送りながら言った。
「あの子は幸運な一例だと思うわ…殺されなかったし、立ち直れた。
私達は無差別にただ殺す訳じゃ無いのよ。
悪鬼、別物になっても、別物にそそのかされて悪事を働いてしまった人間達も救える限りは救いたいと言うのが岩井テレサの考えなのよ。
始めは私は少し生ぬるいんじゃないかと思っていたけど、今は岩井テレサに大賛成よ。
それに、助けた人や別物たちが私達の力になってくれるんだからね。
人間と別物でも共存共栄を目指す事が出来ると言う事を証明してくれるわ。」
「リリー、それでは、あの樹海の地下にいた人間達も…。」
四郎が尋ねた。
「そうよ四郎、あの時あの地下にいた人達もここで洗脳解除や社会復帰のリハビリをしているわ。
あの人達が元に戻るのにはまだまだ長い道のりになりそうだけどね。」
テラス席の外れに上等なスーツを着た背が高い白人男性が顔を出してこちらに歩いてきた。
「あの人がセラピーだったのね!」
リリーは驚いた声を上げた。
「あの人は岩井テレサの組織の3つの連隊の一つの指揮を執っている人よ。
その他にも重要な役割を兼任してるけど…。
私も100年振りに会うわ…。」
いきなり四郎が席を蹴って立ちあがった。
じっと歩いて来る白人男性を見つめていた四郎の目から涙が溢れた。
「え?
どうしたの四郎?」
「四郎、知り合い?」
「四郎大丈夫か?」
俺達は四郎を見て不思議そうに尋ね、リリーは笑顔で四郎を見つめていた。
四郎が叫びながら歩いて来る白人男性の方に走って行った。
「あああああああ!
ポール様!
ポール様!
ポール様ぁ~!」
白人男性は直ぐ近くに来た四郎をいきなり殴り倒した。
俺達はあまりの展開に固まってしまった。
そして白人男性が流暢な日本語で四郎を罵倒した。
「マイケル!このオッチョコチョイがぁ!
間違って私の棺に入ってしまっただろう!
全くどうしようもない奴だ!」
そして白人男性は、ポールは、四郎の悪鬼退治の師匠であるポールは笑顔になって四郎の手を取って立ち上がらせるとしっかりと抱きしめた。
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