第23話 第7部 紛争編 10
ここまでのあらすじ
遂にスコルピオとワイバーンの連合チームはアレクニドの地下迷宮への出入り口がある洞窟に辿り着いた。
北側からの入り口に辿り着いたカスカベル隊からも連絡が入り、出入り口に爆薬を仕掛けて突入の準備を始めた。
出入り口ドアを爆破するとともに偵察と地下地図作成用のドローンを飛ばして地下迷宮に入り込ませ、支援班は付近の樹木を伐採して、負傷者後送用のヘリポートを作り始めた。
フォーメーションを組んでひとかたまりになって進む彩斗達。
アレクニドは通路の壁に沿って横穴を掘り、その中で待機して来ていきなり襲い掛かって来たり、地下広間の床下から跳ね上げ扉を開いて大挙して襲い掛かってきたりと壮絶な戦闘を繰り広げた。
少なからずの死傷者を出しながらも、チームの奮戦、リリーの勇猛で的確な指揮、加奈のエレファントガンとはなちゃんの探知能力、そして、ヲタ地雷の一斉爆破などで、ついにアレクニドを率いる教祖的な存在を追い詰めるが、その前には非武装の女子供老人達が一心に祈りを捧げていて中々攻撃する事が出来なかった。
リリーが降伏を呼び掛けるが教祖は全く応じる気配は無かった。
リリーと加奈が並んでエレファントガンの狙いをつけ、一瞬のスキを突いて祈りをささげる信者たちを次々と連れ出そうとするが教祖は夥しい酸を吐き信者もろとも彩斗達を焼き溶かそうとした。
以下本文
信者を巻き添えに銃撃戦をする訳にも行かず、足の踏み場もないほどいる信者を突切って接近戦に持ち込むのも無理がある。
敵方とは言え非武装の女子供老人を戦いに巻き込む訳には行かなかった。
「くそ、狂ってる…。」
真鈴が呟いた。
5人組の真ん中の中年の太った髭を生やした男が口を開いた。
「お前達勝ったと思うなよ。
これで終わりでは無いぞ。
この者達は狂ってなどいない、真理に目覚めかけた者達なのだ。」
リリーが後ろから部屋に入ってきたメンバーに小声で何か指図した。
指図された者は部屋の中を見て頷くと又出て行った。
「ほっほっほっ、お前らには糸を付けた者もいるぞ。
逃げる事は出来んぞ!
これで終わりだと思うな。
後悔させてやる。
まだまだ終わらんのだ!」
「この野郎!
おとなしく降伏しろ!」
リリーが叫んだ。
その横を他のメンバーが部屋に入って来た。
その後ろにずらりとメンバーや支援班、処理班が並んでいる。
「降伏?
降伏だと?
ほっほっほっふざけたことを!われらは負けておらん。
偉大な創始者は負ける事など無い!」
リリーが加奈に耳打ちをした。
加奈がリリーと共にエレファントガンを持ち上げて5人組に狙いを定めたが、どうしても射線を『信者』が邪魔をしている。
「お前ら掛かれ!」
リリーが叫ぶと同時に入ってきたメンバーが信者に飛びつき次々と部屋から外に引きずり出した。
「小癪な真似を!」
5人組の真ん中の男が叫ぶと頭の中で非常に不愉快な金属音が響き渡り苦痛のあまり武器を落として耳を押さえそうになった。
真鈴達も『信者』も外に引きずり出そうとしていたメンバー達一様に顔を苦痛に歪ませて動けなくなってしまった。
「この小癪な変節者がぁ!
むきぃいいいいいい!」
はなちゃんが叫び、頭の中の金切り音が遠のいていった。
「奴の小癪な念動を押さえているじゃの!
この隙にこの者達を連れだすじゃの!」
呆れた事に『信者』は祈りを再開し、メンバー達がわれに返り、じたばたと抵抗する『信者』を次々と部屋から連れ出して行く。
「おのれ!
俗悪ども!
わしの貴重な、創始者の特別な体液を受けよ!
幸運に預かれ!」
5人組の真ん中の男以外の者達の口から液体がほとばしり出た。
液体が掛かった『信者』や俺達のメンバーが悲鳴と白煙を上げて転がった。
酸だ、あの蜘蛛の化け物の酸を消防ホースの様に辺り構わず吐き出し始めた。
呆れた事にすぐ隣の子供が酸を浴びて悲鳴を上げて転がり周っているのに酸を浴びていない子供達が祈りを続けている。
「くそ!早く!助けられるだけ運び出せ!」
リリーが5人組に狙いを定めながら叫んだ。
俺達も手近にいる子供たちの腕を引っ張り外に連れ出そうとした。
「おっほっほっ!
わしは終わらぬ!
創始者はまだ終わらぬ!
お前たち!
後悔するぞ!」
加奈が慎重にエレファントガンを構えて狙っている。
酸を吐きだす者達の口も溶け出して体も溶けつつあった。
「加奈、後ろに本体がいるよ。」
加奈と共にエレファントガンを構えたリリーが囁いた。
「コピー、見えるよリリー、目が光ってる。」
「奴を止めるには撃つしか無いね、これ以上殺させないよ、準備良いかい?」
「加奈、コピー。
終わらせてやるよ。」
酸を浴びて人垣が崩れた隙間からリリーと加奈がエレファントガンをほぼ同時に撃った。
エレファントガンから放たれた特殊弾が真ん中の男の顔の両側すぐ横を飛んで行き、後ろに控えた本体に命中した。
真ん中の男の顔が衝撃波で引き千切れた。
男の背後から物凄い呻き声が聞こえて黒いカーテンと思っていたものが激しく動き出した。
それはカーテンなどではなく、今までの蜘蛛の化け物の数倍は大きい、恐らくこの部屋から出る事さえ難しいと思える巨大な化け物だった。
あの五人組はこの化け物と合体した『生きた防弾チョッキ』だった。
加奈とリリーがシンクロして奇妙な舞いをして反動を逃がし、再度射撃姿勢をとると又発砲して、化け物の頭と思われる部分を粉々に吹き飛ばした。
化け物は断末魔の声を上げて動かなくなったが、その腹から夥しい酸があふれ出して演壇を溶かしながら床に流れ出て前の方にいた信者を溶かし焼きながらこちらに広がって来た。
「救出!
助けられるだけ助けろ!
死なせるな!」
リリーが叫んで手近にいた赤ん坊を抱えた母親の腕を掴んで外に連れ出した。
俺達も必死に暴れたり逃げようとする『信者』を捕まえて外に連れ出そうとするが、演壇から流れ出す酸がどんどん『信者』を飲み込み、焼き、溶かしていった。
「ジンコ!あぶない!
もう無理だよ!」
真鈴の声を振り切ってジンコがまだ両手を上げて祈る6歳くらいの男の子の手を掴んだ。
掴んだ手を振り切ろうとする男の子を引きずってジンコがこちらに走って来た。
すぐ後ろを酸の海が迫って来ていた。
ジンコが死体に躓いた
俺達は手を伸ばして倒れたジンコの服を掴んで引きづりながら部屋から逃げ出した。
何とか酸の海から逃げだした俺達はジンコを見た。
ジンコは無事だったが手を握っていた男の子は…下半身が溶けて消え去り絶命していた。
上半身だけになった男の子の遺体は至福の表情を浮かべながらもうつろな目でジンコを見上げていた。
ジンコはじっと男の子の顔を見つめ、男の子の手を離せずにいた。
明石がゆっくりとジンコの手を握り、一本一本指を男の子の手から引き剥がした。
ジンコがしばらく無表情で男の子の遺体を見つめていた。
そして、泣きながら激しく嘔吐した。
あの強大な化け物を倒した俺達だが心が冷たく張りつめたままだった。
泣きながら嘔吐するジンコをただ見つめる事しか出来なかった。
周りでは敵の掃討がほぼ済んでいて、メンバーが倒れている者の生死を確かめていた。
敵や、まだ回収されない味方の体があちこちに転がっていた。
はなちゃんは白目を剥いて気絶していた。
戦闘、いや、戦争は終わったが俺達はまだまだやる事が沢山あった。
俺達はリリーに頼まれて生き残った信者の見張りをした。
あの創始者と名乗る化け物を始末してからは信者たちは放心状態になり、これと言った抵抗もせずに広場の片隅に集められてうつろな目をして座っていた。
新たに無傷の作業着姿の処理班が大勢入って来て敵味方の戦死者の収容や負傷者の後送、そして壁の部屋を隅々まで調べていた。
ベッドが並んでいる部屋から細い通路が伸びているのを見つけ、戦闘メンバー2人が先頭で後を処理班が続き探索に入って行った。
その他にもいくつかの通路が見つかり、次々と探索をしている。
あの創始者がいたホールの演壇の裏にも出入口がある事を視認したが、酸の海に阻まれて探索が出来なかった。
この地下の全貌はまだ掴めなかった。
スコルピオの戦闘メンバーがやって来て改めて信者たちが武器等隠し持っていないかを調べ、支援班が酸でやけどした者などの傷の処置をした。
あの時ホールには100人近くの信者たちがいたが無事に身柄を確保した信者は30人に満たなかった。
残りはあの酸の海に溶けて沈んでいた。
リリーがやって来た。
「ワイバーンは全員無事?」
「ああ、リリー、でもジンコは…いや、俺達もかなり精神的なショックを受けているよ。
戦闘の激しさと違う意味でね。」
俺が答えるとリリーも顔を曇らせた。
「そうね、まさかこういう人達が…子供達までいるとは…それとね、やはりまだ把握していない出入口があってそこから湧いてきたアレクニドの奴らが警察を蹴散らしたわ。」
「え…。」
「待機してたタランテラが急行して戦ったけど、かなり手強い奴らでね、制圧には成功したけど強い奴を何匹か取り逃がしてしまったわ。
どうやら、奴らが1軍だったようだわ。
他にも警察の監視線の外にも出入口があった事が見つかってね、何匹が逃れ出たか判らないのよ。」
「…。」
「横田の無人機が奴らが出てくるのを見つけたんだけど、そう多くは無いようだわ。
もっとも追跡をしようとした途端に無人機が堕とされたからその後の足取りは判らないけど。
警察でもかなりの被害が出たようね、大虐殺と言って良いほど死人が出たそうよ、すぐに私達に連絡しなきゃいけないのに何とか自分達でけりを付けようとして待機してる警察の特殊部隊を先に送って余計に被害が増えたわ、彼らは別物、悪鬼相手の戦闘なんか未経験なのに…馬鹿な奴らが変な縄張り意識を持つとこうなるのよ。
馬鹿な上官がいると兵隊は無駄死にしてしまうわ…。
私達にすぐ連絡をすれば早くタランテラを送ったのに…。
今政府は、自衛隊まで狩り出して国会議事堂や首相官邸などを固めてるわね。
自分自身の身を守る事に関してはとても熱心な奴らだから。
今の政治家連中なんて大元はあの女子供老人を盾にした創始者と名乗るあほ野郎と大差ないわよ、全く…。」
「自己保身は奴らの本能だからな、自分が安全なら国民なんて畑でとれるかそこいら辺りから勝手に涌いて来るとでも思っているのだろうな。
しかし、なるほど、強い奴らはそっちにいたのか…。」
「そうね景行、ここは数こそ大勢だったけど、それほど…と思ったわよ。
…もっとも私達も苦戦して被害も多かったけど…私の直感的にはやっぱり最強の奴らじゃ無かったわ。
あの創始者とか言うバカも勝ち目は無い事を知っていてここを固めるより、一矢報いようと最強の奴らを別に置いていたのかもね。
何を狙っていたかわまだ判らない、調査中よ。
しかし、負けいくさの巻き添えにされる方はたまったものじゃ無いわ。」
「戦争の醜い側面を見せつけられたな…この信者たちと言い…。」
「そうね、四郎。
あなたは実際の戦争を間近に見た事無いもんね。
胸糞悪い事がてんこ盛りよ。
こんな人たちを盾にするなんて…奴の死骸にもっと弾をぶち込みたい気分よ。
もうすぐ処理班がやって来てこの人達を連れ出すからしっかり監視していてね。
じゃ。
…今回の戦いは…まさに戦争だった。」
リリーはそう言い残すとあれやこれや周りの者に指示を出しながら歩いて行った。
四郎だけでなく俺や真鈴やジンコ、加奈やはなちゃんでさえ実際の戦争に身を置いた事は無いだろう。
戦争…まさに何もかもを巻き込み破壊して何十年も消えない傷跡を残す最悪の災害だ。
俺達は今日、戦争をした。
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