第3話 第4部 人間編 2

ここまでのあらすじ。


異変を感じてやって来た明石景行に四郎が左腕を斬り落とされ、はなちゃんは体に重大な損傷を追ったが、なんとか見逃してくれたようだった。

彩斗達はマンションに戻り、四郎の腕は何とか元にくっつきそうではなちゃんは彩斗がプラモデルの要領で体の損傷を治していたが…。




以下本文



「ところで四郎、腕は完全についたの?」

「大丈夫だ。見るか?」


四郎がスウェットの袖をめくると見事に腕が付いていた。

ただ、細い赤い線が一筋、斬られた部分に走っていた。」


「へぇ、凄いね。

 一直線だ。」


真鈴もコーヒーカップを持ってダイニングにやって来た。


「ほら、彩斗と四郎にコーヒーだよ。

 あら、四郎の腕の赤い線、凄いね。

 奇麗に一直線についてる。」

「うむ、これだけ見ても明石は非常な使い手だな。

 普通人間の腕、ましてや常人より数段強いわれの腕を、大太刀でなく少し小さめの打ち刀で斬るとしたら骨や腱に当たってどうしても刀身がぶれるのだが、明石は難なく一直線に切り落としている。」

「なるほど、明石は強いんだな~。」

「うむ、何とか明石とは友好的に居たいものだな。

 今のところ理不尽に人を貪るような事は無いだろうと思うしな。」

「らりらり~」

「お、はなちゃんが何か言ってるぞ。」

「あ、いやいや、寝言だと思うよ。

 俺が治してる間に寝たみたいだよ。」

「そうかそうか、治りそうで何よりだ。」


四郎と真鈴はコーヒーを持ってリビングでソファに腰を下ろした。


「彩斗、手がいるようなら言ってよね。

 そのシンナーの匂いが消えたら四郎が夕食作るってさ。」

「ああ、判った。」


俺は胸を撫で下ろしてはなちゃんの修理を進めた。

俺は傷口の補強とパテ埋めがほぼ終わり、パテの硬化時間の間、コーヒーを飲みながら椅子の背もたれに体を預けた。

もしも、はなちゃんがシンナー中毒者になって深夜の部屋の隅や廊下でしゃがんでビニール袋に入れているシンナーを吸っていたらなんて考えると恐ろしくなった。


「らりらり~らりらり~」


はなちゃんはだらしなく緩んだ感じの顔をゆっくりと左右に振って小声で歌っていた。

そんなはなちゃんを見ながらコーヒーを飲んでいる俺は心の中でやばいやばいやばいやばい真鈴にばれたらどうしよう~と思っていた。


「きゃああああああ~!」


四郎とコーヒーを飲みながらYouTubeを見ていた真鈴が急に立ち上がった。

やばい!はなちゃんをシンナー漬けにしたことがばれたと思った俺はとにかく逃げようとした。


「思い出した~!

 明石景行!あれ!明石掃部助全登の息子よ!」


俺ははなちゃんがシンナーでらりっている事に気付かれずに安心しながら真鈴に尋ねた。


「え?そうなの?そんなに凄いの?」

「あったり前でしょ!

 明石景行は明石全登の息子で関が原にも大坂冬の陣にも夏の陣にも参戦してるのよ!

 関ヶ原の時は宇喜多家配下の明石全登の鉄砲隊が東軍を散々打ち負かしたけどその時鉄砲隊の指揮官の1人が明石景行なのよ!

 関が原では既に2千石拝領しているから何十人かの鉄砲足軽を指揮していた筈よ!

 大坂の陣では明石全登、景行、景行の子供の宣行と親子3代で出陣してるのよ!

 しかも景行は大坂の陣を生き延びているし、いつどこかは判らないけど悪鬼と体液交換をして悪鬼となって素性を隠しながら今まで生き延びていても全くおかしくないわ!

 明石景行は、もしも本当にあの明石が明石景行だったら歴史の生き証人よ!

 大坂の陣で真田幸村や後藤又兵衛、毛利勝永なんかを見て話してるかも知れないわよ!

 淀の方の悪口をみんなで言いあったり、秀頼が実際どんなだったか知ってるかも知れないし他にも塙 団右衛門とか…あんな目立ちたがり屋どうでも良いけど、とにかくすごい人なのかも!

 きゃあ~!きゃあ~!

 本当にそうだったらあの巧みな戦術も腑に落ちるわよ!

 幾多の大合戦を戦った武将なんだからね!

 きゃあああああああ!」


真鈴はそこまで一気にしゃべりまくり両手を膝について荒く息を切らせていた。


「ねえ、彩斗。」


急に真鈴が血走った目でこちらを見た。


「え?え?何かな真鈴…」


一瞬はなちゃんの異変を見破られたかと思い俺はギクッとして真鈴を見つめた。


「…なに?…真鈴…」

「…明石景行さぁ…色紙持って行ったら…サインしてくれるかな?」


 どうやら真鈴は本気で色紙を持って行くつもりのようだ。

俺が今まで見た中で、と言っても四郎を含めて3体きりだが、その中で文句無しに最強の悪鬼である明石に、しかしまだどういう人格か良く判らないし、味方してくれるかもわからない悪鬼なのだ。


その悪鬼が色紙とマジックを渡されて、『闘魂』とか『押忍』とか『家康死ね』とかでっかく書いてから自分の名を書き入れて、そして真鈴の名前を聞いて色紙の右下に『真鈴さん江』なんて書いて日付け迄書いて、握手して、顔を赤くした真鈴が頑張ってくださいとかあほな事抜かして、極め付きはスマホで一緒に笑顔で並んで自撮りとか…そんなことある訳無いだろうがぁ!この…ミーハー歴女がぁああああ!と俺は怒鳴りたかったが、血走った目で俺を見ている真鈴を見て言葉を飲み込んだ。

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