第2話 第4部 人間編 1

ここまでのあらすじ


人殺しをする質の悪い悪鬼だと思っていた明石景行と言う男が殺したのは…悪逆非道な子供殺しだった。

彩斗、四郎、真鈴、はなちゃんはその真相を探るべく男のマンションに侵入しパソコンのデータを収集する事にした。




以下本文


真鈴が改めてサーチミラーを覗き込んだ。


「確かにテーブルの上に監視カメラみたいなのがこっちに向いて置いてあるよ。」

「まずいな、それきっと防犯見守りカメラだよ。

 俺も買おうと思って調べたけど、いい奴だと動体感知や赤外線機能があってスマホに連動してるんだ。

 何か異常を検知するとスマホに連絡が入るな。」


俺が小声で言うと真鈴が爪を噛んだ。


「壊せば明石のスマホに通知が行くと言う事か…どうする?」


はなちゃんが真鈴を見上げた。


「明石は1里くらいは離れているぞ。」

「1里…直線距離で4キロか、明石がカメラが壊されたのに気が付いてもここに来るのに車でも15分は掛かると思うわ。」

「うむ、それなら迷う暇はないぞ。

 はなちゃん、そのカメラを壊せるか?」

「マンションの監視カメラよりもペラペラで柔らかいな、たやすい事だ。」

「では頼む。」

「うむ、任せろ」


はなちゃんがドア越しにカメラがある場所に手をかざした。


「もう大丈夫じゃの。

 他に視線は感じないの。」


真鈴がゆっくりとドアを開けた。

テーブルの上で白いボディの防犯監視カメラがひしゃげていた。


「ぐずぐずできないぞ、明石の部屋はこの先だ。」


監視カメラを壊してしまったから、もう侵入した事は隠せないので靴を履いたまま四郎を先頭に俺とはなちゃんを抱いた真鈴は明石の部屋の前に行く。

やはりドアを少しだけ開けて真鈴がサーチミラーを差し込んだ。


「見たところ何もないわ。」

「視線も感じないな。」


四郎はゆっくりとドアを開けた。


「待て!四郎!」


はなちゃんが小声で叫び、四郎は足を止めた。


「足元を見ろ。

 何かがあるぞ。」


四郎が足元を見て、むぅ、と唸った。


「四郎、どうしたの?」

「彩斗、マグライトを貸せ。」


俺がマグライトを渡すと四郎は足元を照らした。


俺と真鈴が目を凝らして照らした所を見ても良く判らなかった。

四郎がマグライトを動かすと、四郎の靴の少し先、ほんの微かに線状にきらりと光るものがあった。

超極細のピアノ線が床から10センチほどの高さに張られていた。

四郎がピアノ線に沿ってライトを動かすとピアノ線は壁の警報機に繋がっていた。


「あぶない…これに引っかかると凄い警報音が鳴り響くよ。

 大騒ぎになるな。」

「気をつけて通れよ。

 はなちゃんありがとう、われも気が付かなんだ。」

「巧妙な罠じゃの。

 む!明石は気が付いたようだ、こちらに向かってくるぞ!」

「1里先でしょ?車でもまだ15分くらいは…」

「真鈴、車などより速いぞ!

 ずっと速い!

 しかも殆ど真っすぐに近づいてきておる!

 物凄い殺意を持って近づいてきておるぞ!」


はなちゃんの切迫した声に俺も真鈴も、四郎でさえも顔から血の気が引いた。


「彩斗!急ごう!急げ!」


四郎はピアノ線をまたいでパソコンの電源をつけた。


「彩斗だけ来い!足元に気をつけろ!

 真鈴とはなちゃんは他の部屋を調べて何か情報を探り出せ!

 罠に気をつけろ!

 メモリを吸い上げたらさっさとここを出るぞ!

 出るのが遅れるとここで一戦交える事になる!

 明石は地下の市蔵より数倍強い奴だぞ!

 急げ!」


真鈴は四郎の言葉に頷いてスマホを取り出しはなちゃんを抱いてキッチンに向かった。

俺はピアノ線を避けて足を上げ、四郎が見守るパソコンの前に行った。


「彩斗、パソコンが立ち上がったら教えろ時間がもったいない。」


四郎はそう言うと部屋の中、チェストやクローゼットの中を探り始めた。

俺はパソコンの起動プロセスが進むのをじれったく見ていた。

四郎がクローゼットの壁を触り違和感を感じたようで壁を押したり横にずらしたりし始めた。


「おお!やはり明石は事に備えているぞ!」


四郎の声に振り向くとクローゼットの壁がずれて、奥の空間に数振りの日本刀や手槍、長弓、狩猟用の散弾銃、スコープ付きのライフルが収まっていた。


正式に許可を受けた散弾銃やライフルならばこんな保管をしている筈はない。

いざと言う時にすぐに使えるように置いてある。

狩猟やクレー射撃の為ではなく何かが入り込んだ時に備えての物だ。

俺は念の為に映像を残しておこうとスマホを取り出した時、パソコンの起動が完了した。


「四郎!立ち上がったよ!

 パスワードを打ち込んで!

 俺は念の為そこを写真に撮るよ!」

「わかった!」


俺と四郎は場所を入れ替わった。

俺が武器をスマホで撮影していると『彩斗!はいれたぞ!』とパスワードを打ち込んだ四郎の声が聞こえた。

俺はスマホをポケットに入れてUSBメモリを引っ張り出してパソコンの前に座った。

四郎のパスワードが通り、パソコンを動作できる画面になっていた。

俺はパソコンのファイルを呼び出して目当ての映像データを探し始めた。


「彩斗、急がんとまずいぞ、あとどれくらいかかる?」

「今、最近取り入れたファイルを探してる。

 見つけたらすぐに吸い上げるよ。

 何分かで終わるはず。」


俺はパソコンの中のファイルを探しながら答えた。

それを聞いた四郎はピアノ線に注意しながら廊下に出た。


「はなちゃん!

 明石はどのあたりまで来ている?」

「奴は速い!もう半里以内に来ておるぞ!

 おお!凄い殺気じゃ!

 奴の殺気で近くの悪鬼や死霊の姿を覆い隠されているぞ!」


はなちゃんの声は俺にも聞こえた。

まるで近代兵器のレーダーをジャミングするような事を明石はしているのか…周囲を殺意で押しつぶしながら、半里、もう明石は2キロ以内に近づいている。


「彩斗!急げ!」


四郎の声に返事をしようとした時に映像ファイルを見つけた。

おれはUSBメモリをパソコンに差し込んで吸い上げる操作を始めた。


「四郎!データを見つけた!

 今吸い上げてるよ!

 1分位で完了だ!」

「そうか!急げ!

 クローゼットの中を元通りに戻すぞ!

 もう写したか?」

「クローゼットは写した!閉じて良いよ!」


四郎が再び部屋に戻りクローゼットの隠し扉を閉めた。


「しかし、何で明石は速いんだろ?

 やっぱり鷲とか鷹とかに…」


俺はデータを吸い上げる進捗を知らせるバーから目を離さずに言った。


「いや、明石が鷲や鷹に変化出来るなら、あの時われは捕まって引き裂かれていたぞ。

 われが姿をくらませた時に明石の無念の念が辺りに満ちていたから奴は空は飛べんはずだ。」

「そうか、ならなんで早いのか…もしやバイクでも盗んで…終わった!

 四郎!データの吸い上げ完了だよ!」


俺はUSBメモリをパソコンから抜いてポケットにしまい、パソコンをシャットダウンした。


「よし!引き上げるぞ!

 彩斗、ピアノ線に注意しろよ!」


四郎が廊下に出た。


「真鈴!はなちゃん!引き上げるぞ!玄関まで来い!急げ!」

「四郎!

 明石は近いぞ!

 もう、この建物が見えるところまでは来てるの!」

「急げ!皆、急げ!」


俺が玄関に行くと、四郎、真鈴、はなちゃんが待っていた。


「彩斗、情報になりそうなものは全部スマホで撮って置いたわ!」

「よし、忘れ物は無いな?

 ずらかるぞ!」


四郎はドアの覗き窓に目を当てて廊下の様子を窺い、慎重にドアを開けて部屋を出た。


「はなちゃん、全員出たら部屋のカギを元通りに閉めてくれ。

 そして、われらが通った後の監視カメラの方向も直して欲しい、出来るか?」

「お安い御用だ!…おお!…おおお!」


はなちゃんが白目を剥いて顔をかくかくと動かした。

驚く時もそんな顔をするんだな。


「どうしたのはなちゃん?」

「明石の殺気でこの辺りが包み込まれておる。

 こんなのは初めてじゃぞ!

 もう、殺気の中心も判らん!

 奴がどこにいるか判らんぞ!」

「急げ!急げ!」



中略



「ぐずぐずするな!行くぞ!

 彩斗、真鈴、催涙スプレーをすぐ抜けるようにしておけ!

 君らが子猫ナイフや小雀ナイフで太刀打ちできる相手じゃない!

 明石が目の前に現れたら躊躇わずにスプレーを噴射しろ!」


四郎はそう言うと階段を下りて行く。

はなちゃんは俺達が階段に入ると廊下の監視カメラの方向を直した。


「廊下のカメラは直しておいたぞ。

 …ん?…んん?…んんん?

 ちょっと待て!」


はなちゃんの声に俺たち全員がその場に止まった。

四郎が周囲に目を配りながらはなちゃんに押し殺した声で尋ねた。


「どうしたはなちゃん?」

「…明石が、奴が消えた。」

「え?」

「うそ。」


俺と真鈴が目を合わせた。



中略



「やれやれ、人気が無いのは幸いだが、奴にも有利だと言う事だな。

 思い切って悪鬼の姿で襲撃してくるかも知れない。

 われも人気が無いと言っても刀を大っぴらに持ち歩く訳にも行かんし…」


四郎は刀を腰から鞘ごと抜いて布に包んで両手に持った。


「もう少し人気があれば良いのだがな…はなちゃん、明石が今どこか判るか?」

「奴はどこか判らんの。

 わらわが舌を巻く位に気配を消しておるぞ。」


「ちっ、仕方が無いな。

 彩斗、真鈴、周りに注意しながらここを出るぞ。

 用心の為に直接車までは行かないで遠回りしよう。」

「そうだね。

 明石なら車のナンバーを覚えて俺のマンションの住所くらいは簡単に突き止められると思うよ。

 車に乗り込むところを見られたくない。」

「うむ、そうだな。

 場合によっては人気のある所を歩いて店に入って時間をおいても良いな。

 よし、何気無い風を装ってここを出るぞ。

 催涙スプレーは目立たぬように、しかしすぐ噴射できるように持っていてくれ。」


俺達は何気無い風を装いながらエントランスを歩いて行き、自動ドアを通り抜けた。

マンション前に人通りは無い。


「もう少しでも人がいれば奴も大っぴらに攻撃できないのだがな…」


四郎が呟いた。

無表情だが四郎は怖がっている。

俺は四郎が恐怖を押し殺して周りに気を配りながら歩くのを見て恐怖を覚えた。


エントランスを出て道路まで続く石畳の通路を歩いた。

俺達の前の道路を可愛らしい小さな豆芝の子犬がとことこと歩いてきた。

その愛くるしい姿に俺達は少しだけ緊張が解けた。


「あら、可愛い。

 お家から逃げちゃったのかな?」


真鈴が豆芝に軽く手を振った。

豆芝が目をキラキラとさせて舌を出し、とことこと俺達に近づいてきた。


「あ、こっち来た。」


突然、はなちゃんが真鈴の腕の中で豆芝に手を向けて叫んだ。


「こいつだ!

 こいつが明石だ!」


豆芝ははなちゃんが張った見えない壁にぶつかって、キャン!と鳴いて歩みを止めた。


「何をしておる!

 真鈴!彩斗!四郎!」


一瞬間、状況が判らずに俺達が固まった。

その瞬間にはなちゃんの念動力に足止めされた豆芝は見る見るうちに紀州犬位に秋田犬位にそして巨大な灰色狼位に変化して恐ろしい形相に変わり、牙を剥き出して見えない壁を突破しようと暴れ始めた。

奴が、明石が車より速くほぼ直線で近付いてきた理由が判った。

明石は犬の姿で車並み以上のスピードで道路や家の敷地を無視してほぼ真っ直ぐに最短距離を走ってきたのだ。


「ぐぅううう!

 なんて力じゃ!

 わらわの依り代が持たん!

 急げ!」


巨大化した犬の明石を食い止めているはなちゃんの体からメキメキと不気味な音が漏れ出た。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る