第10話お見舞い

 見慣れない家が建ち並ぶ住宅地を瀬名は歩いていく。何をどうしたらここまで大きくなるのだろうかと思わせる程の建物や、どう考えてもいらないだろうと思わ据える装飾の目立つ家など、瀬名はまるで異国に来たかのような気分だった。

 

(確か月凪さんの家は…)


 記憶を頼りに瀬名は道を進んでいく。その片手にはゼリーやらポカリやらが入ったレジ袋。沙綾香への贈り物だ。

 ここ最近の寒暖差で沙綾香は風邪を引いてしまったらしい。そのままズルズル引きずってこの状況になったようだ。

 せめて顔だけでもとダメ元で聞いてみたら以外にもOKされたので瀬名は今こうして沙綾香の家へと向かっている。


 そうこうしているうちに沙綾香の家が見えてきた。白が映える外装は周りの家とは違い、シンプルな外装だ。

 玄関までは大きな門があり、横にはインターホンらしきものが付いている。瀬名は恐る恐る押してみた。


「…」


 十数秒待ってみるも、中からの反応は無い。誰かしらが出てくると身構えていた瀬名にとっては拍子抜けだった。

 しばらく待っていると、瀬名のポケットの中でスマホが揺れた。


『鍵開いてるから入ってきて』


 沙綾香からのメッセージを見て門に手をかけると、思ったよりも軽い力で開いた。

 中に入って門を閉め、玄関へと向かう。未だにうるさく鳴っている心臓の鼓動を必死に抑えながら瀬名は扉を開けた。


 扉の先は落ち着いた空間が広がっていた。暖色の照明。添えられた観葉植物。敷き詰められた石畳。瀬名が住んでいるマンションとは全く違う内装に瀬名は踏み入るのを躊躇した。

 ここで立ち止まっていても仕方ないと瀬名は靴を揃えて足を踏み入れる。

 瀬名のものの他には靴が一つしか無く、どうやら沙綾香だけしかいないようだった。両親は共働きということらしい。


(えっと、月凪さんの部屋は…)


 メッセージを遡って瀬名は階段を登る。沙綾香の部屋は二階だ。

 階段を一段登るたびに瀬名の心の迷いが彼を惑わしてくる。本当にこのまま行っていいのか?初めて異性の部屋で変な事をしてしまわないだろうか?変な匂いとかしてないだろうか?彼の脳内は不安で埋め尽くされる。

 しかし、ここまで来て引き返してしまっては無駄足になってしまう。お見舞いを許可してくれた沙綾香にも申し訳ない。瀬名は深呼吸をして頭を整理する。

 階段を登り終えた瀬名は突き当りの部屋へと向かった。



 扉の前に来た瀬名は再び深呼吸をする。未だに頭の中で主張を続けてくる不安を息と共に吐き出した。

 瀬名は意を決してコンコン、と扉を叩いた。


「月凪さん、日向です」


「どうぞ」


 少しかすれた声が部屋の奥から聞こえてきた。瀬名はゆっくりと扉を開く。

 沙綾香の部屋は案外女の子らしい部屋だった。綺麗に整えられた机や家具。ホコリ一つ見当たらないあたり、手入れが行き渡っているということだろう。

 彼女が寝ているベッドにはぬいぐるみ達が並べられている。いつもクールな雰囲気の彼女を見ている瀬名からしたら少し以外だった。


「…そんなにジロジロ見られると恥ずかしい」


「あっ、す、すいません…少し以外だったので。これ、ゼリーとか買ってきました。よかったらどうぞ」


「わざわざありがと…けほっ」


 咳き込む沙綾香の様子を見るに、まだ風邪が抜けきっていないらしい。瀬名の瞳には普段よりも彼女がか弱く映る。


「体調、大丈夫ですか?一週間も休んでましたけど…」


「思ったより風邪が長引いちゃってさ。…最近の寒暖差にやられたのかも」


 瀬名は今朝の奏斗との会話を思い出す。寒暖差にやられてしまったのは沙綾香も同じだったらしい。不登校になったのではないということが彼女の口から確認できて瀬名は胸をなでおろした。


「…私が来なくて心配した?」


「まぁ、多少は」


 沙綾香からの意地の悪い質問に瀬名はできるだけ表情を取り繕いながら答える。その様子を見た沙綾香はどこか不満足げな表情を取る。


「ふーん…そっか。心配してくれてありがと」


 言葉では感謝しているものの、表情にはどこかツンとしたものが残っていた。

 そういえば、と瀬名はバックからノートを取り出す。


「これ、ここ最近の授業をまとめたノートです。良ければどうぞ」


「え…これって…」


 沙綾香はペラペラとノートをめくる。ページの端から端までここ最近の授業の内容がびっしりとまとめられていた。


「すごい…これ、日向くんが?」


「はい。少し読みにくいかもしれませんけど」


「そんなこと無いよ。わざわざありがとう」


 沙綾香がにっこりと笑う。なかなかお目にかかれない彼女の笑顔は瀬名の仮面を破壊するには十分過ぎる威力を持っていた。瀬名は不意に放たれたその笑顔に思わず目を逸らしてしまった。


「…日向くん?どうかした?」


 瀬名の様子を不思議に思ったのか、沙綾香は怪訝そうな表情を浮かべた。瀬名は彼女に目を合わせる事無く答える。


「いや、何でも無いです。気にしないでください」


「…?」


 沙綾香が首をかしげたその時だった。


ぐうぅ〜


「…」


「…」


 部屋中に鳴り響くほどのその音は瀬名から発せられたものではない。瀬名は沙綾香へと視線を向ける。彼女は顔を真っ赤にしながらうつむいて答えた。


「いや、その、めんどくさくてここ何日かあんまり食べて無くて…」


 絞り出すような声量で沙綾香は言葉を紡いでいく。羞恥心が抑えきれていないようで、これまたらしくない様子だった。瀬名はまるで困っている小動物を見ているような、小さい子が頑張っているのを見ているかのような不思議な感覚に襲われる。

 

「…なんか言ってよ」


「あぁ、すいません。なんか可愛いなって」


「へっ!?か、可愛い…」


 『可愛い』という言葉に反応して沙綾香は何度も繰り返す。経験豊富かと思われた彼女には以外にも直接的なその表現がクリティカルヒットしたらしかった。

 そんな沙綾香のことなど気にせずに瀬名は続ける。


「今日は夜も冷えるでしょうし…おかゆとか食べれますか?」


「え…瀬名くん作ってくれるの?」


「キッチンをお貸ししていただけるなら」


 瀬名はゼリーやポカリを買う際におかゆの材料も買っていた。もとよりこうなる

プランも瀬名の中では計算済みだ。


「キッチンなら好きに使っていいよ。今家に私しかいないから」


「ありがとうございます。少しお借りしますね」


 異性に手料理を振る舞うということで瀬名の腕にも一層力が入る。瀬名は気合を入れながら部屋を出た。

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